34.タイヤの限界を
2回目。
今度は俺が後攻だ。
ぱっと気持ちよく抜いてやる。
「レディー、GO!」
アクセルを踏んだ瞬間、軽快な加速が生まれる。
半年ほどこの学校でルクスを運転してきたが、扱いやすいうえに速い。
実習車に選ばれるのも納得だ。
前のウラクと、距離がだんだん縮まっていく。
S字を直線的に抜けたころには、俺とウラクの車はほぼ真横に並んでいた。
ラッキーだ。
真横に並んだら、後はコーナーへの進入でどれだけブレーキングを遅らせられるかの勝負になる。
イン側に陣取る俺は、勝ちを確信した。
さあ、最終コーナーが迫る。
どこまでアクセル全開のままいけるか?
ブレーキを相手より遅らせればいいのだから、真横のウラクが減速したのを見てブレーキを踏めばいい。
あるいは同時にブレーキしたとしても、インから小回りでコーナーを曲がれる俺の勝ちだ。
俺は隣を走るウラクの車を視界の端で確認しながら、足はいつでもブレーキを踏めるように準備していた。
どこまでいける?
まだ減速しない。
そろそろか?
え?
まだ!?
これ以上遅らせればスピンしてしまうリスクがある。
「くっ……」
俺は同時を狙ってブレーキを思いっきり踏んだが、時すでに遅し。
フルブレーキングと旋回を同時に受けたタイヤのグリップは限界を超え、車は姿勢を崩した。
俺よりわずかに早くブレーキングしたウラクはその隙を逃さず、アウトへ情けなく膨らんでいく俺を横目に旋回していった。
俺は必死になって立て直し加速するが、追いつけるはずもない。
ウラクを追いながら虚しくゴールした。
次こそは……。
3回目。
俺が先攻、ウラクが後攻。
どうやらテストは4回戦までやるらしい。
「レディー、GO!」
「っ!」
危ない、エンストするところだった。
気持ちが揺らいでいる。
ダメだダメだ、集中しろ。
わずかに詰められた距離を突き放そうと、俺は素早くシフトアップした。
今回は何としてでも抜かれるわけにはいかない。
バックミラーで注意深く確認しながらS字を通過。
最終コーナーまでの短い直線で、ウラクは一気に距離を詰めてきた。
俺はコースの中央に寄り、絶対に抜かれないようブロックラインをとった。
そして、慎重にブレーキ。
加速が鈍って抜かれるのも防ぐため、進入時に一回外へ振ってからインについた。
インをきっちり塞いだから、ここから抜く手段はないはずだ。
バックミラーから、ウラクが大きく外を回って加速してくるのが見えた。
外からスピードを乗せて、ホームストレートで抜かすつもりか。
俺はアウト側の縁石に乗りながら緩く立ち上がっていく。
ウラクは真後ろにぴったり張り付いている。
基本的に、同じ性能の車が2台で直線を走るときは、後ろの方が速い。
それは前の車の真後ろに隠れることで、空気抵抗が遮られるからだ。
このテクニックをスリップストリームと呼ぶ。
スリップストリームによって高速域でもどんどん加速していくウラクは、俺の真後ろから外れて横に並びかけている。
ゴールまであと少し。
耐えてくれ……!
ゴール。
ギリギリで勝てたが、危なかった。
もし俺が最終コーナーで少しでもミスってたら、あっけなく抜かされていただろう。
4回目。ラストだ。
俺が後攻でウラクが先攻。
今度こそ、勝って終わりたい。
「レディー、GO!」
スタート前に深呼吸したおかげか、クラッチはスムーズに繋がった。
2リッターのエンジンが気持ちよく吹け上がる。
上手くシフトアップも決まって、ロスなくS字を通過した。
だがそのとき、前のウラクが一瞬姿勢を乱したように見えた。
ほんの少しリアタイヤが滑っただけだったが、俺は見逃さなかった。
行ける。
最終コーナー前でインに並びかけた俺は、余裕を持ってわざとウラクより少し早めを狙ってブレーキングした。
下手に勝負しなくても、並走状態のままで加速していけば、イン側で最短距離を回れる俺のほうが前に出るはずだ。
だが、ウラクは減速しない。
「な……!」
思わず声が出る。
あいつ、今から減速したところで曲がり切れるはずがない。
ウラクはフルブレーキングして旋回するが、思った通りタイヤの限界を超え、スキール音とともに滑っていった。
しかし、その速度は衰えない。
それどころかインを小回りで回っていく俺以上のスピードで、アウト側からインに向かってエンジンを吹かしている。
あいつは、タイヤの限界を超えたままでコーナーを曲がり切ろうとしている。
スキール音が鳴りっぱなしだ。
まるでジェットコースターのレールに乗っているかの如く綺麗な軌道を描いたまま、ありえないスピードで加速していくウラクの車はアウトから俺を抜かしていった。
そうか、そういうことか。
俺の完敗だ。
一発勝負のテスト本番でドリフトを試すなんて度胸は、俺にはない。
だがウラクはそれを試し、見事にやってのけた。
後でいろいろ問い詰めたい。
俺はウラクの後ろでゴールした。
あいつ、どこであんなドリフトを……。




