33.騙した代償
*夏休み明け*
「絶対負けねえからな」
「俺だって」
俺はウラクを見て、堂々と宣戦布告した。
廊下に張り出された対戦表は、明日のテストで俺とウラクがペアになることを示している。
そのテストの内容が、1回目のオーバーテイクテストだった。
生徒が乗る実習車2台でサーキットを走り、後ろの車が前の車を追い抜くテスト。
レースをする以上、自分がどれだけ速くても前の車を抜かせなければ意味がない。
このテストでは速さだけではない、レースに通用する強さを養うのが目的だ。
そして、俺にとってはあいつと真っ向勝負できるいい機会。
向こうにとっても同じだろう。
それだけに、今回のテストは俺たちにとって大きな意味を持つことになる。
「テストは明日の午前に実施。いつも通り朝9時に実習場集合です」
先生から伝えられた概要によれば、テストはS字の手前からスタート。
勝負所である最終コーナーを抜け、ゴール。
先攻と後攻を入れ替えながら何度か繰り返し、最終的な勝敗は、結果を総合的に見て先生が決めるらしい。
燃えてきた。
*
「おはようございます」
「おはよう。4号車を使って」
「はい」
いつもテスト前の朝は実習場で練習できるので、今日も俺は朝早く起きて車を借りに来た。
本番まで余裕がない。
限られた時間をできるだけ有効に使うため、急いで4号車を探した。
「あった」
運転席に乗って、エンジンスタート。
コース上にはやはり数台の先客がいた。
だがそんなことを気にしている場合ではない。
俺はアクセルを踏んでピットロードの制限速度いっぱいまで加速すると、勢いよくコース上に合流した。
*
「はい、では順番を決めるのでくじを引きに来てください」
先生がそういうと、生徒たちは袋に密集した。
最初じゃなければなんでもいいや。
ウラクが1番を取ってこないように、俺は座ったまま祈っていた。
「取ってきたぜ」
「ん、何番?」
「2」
まあ、最初じゃないだけ良かったと思っておこう。
「みんなくじは引けましたか? 最初のペアと2番目のペアは車に乗ってください」
ということなので、俺とウラクは車に乗ってピットロードを出た。
1周ぐるっと回って、S字の前の5コーナーの近くで俺たちは待機している。
「レディー、GO!」
先生がスタートを切ると、最初のペアが勢いよく加速していった。
テストが終わると1周回って最後尾に着くらしい。
って、次は俺たちの番だ。
1回目は俺が先攻、ウラクが後攻。
とりあえず抜かれないことを目標に頑張ろう。
「レディー、GO!」
スッと素早くクラッチを繋いで、アクセルを踏み込んだ。
追い抜きを仕掛けてくるであろう最終コーナーの前に、可能な限り後ろのウラクを引き離しておきたい。
シフトアップ。
若干ロスがあったか。
S字を減速せずにクリア。
そして、最終コーナーが迫ってくる。
バックミラーには、ウラクの車が俺の真後ろに映った。
真後ろ?
最終コーナーは左にきつく曲がるヘアピン。
なのにイン側である左に寄らず、あいつは俺の真後ろにくっついている。
何をする気だ?
まさか、脱出速度を稼いでホームストレートで抜こうと……?
させるか。
俺はブロックするためにコースの中央から進入しようとしていたラインを変え、外側の右に向けて大きく車を振った。
その瞬間、バックミラーからあいつは消えた。
!?
ウラクの車はギリギリまでブレーキを遅らせてインに突っ込み、俺の真横でコーナーを曲がろうとしている。
やられた。
まんまと騙されたよ。
フェイントをかけて抜こうとしたウラクの車はブレーキを遅らせた代償として、失速しながらイン側を最短距離で曲がっている。
抜かれたら、抜き返せばいい。
ウラクの真横、アウト側で並走していた俺は、ステアリングを左にグッと切り込んでアクセルを踏み増した。
ウラクの車は加速していくにつれてアウト側へ膨らんでいく。
当然だ、減速を遅らせたのだから、曲がり切れないツケが生まれる。
俺の車のノーズは鋭く向きを変え、イン側を目指して加速した。
さっきとは立ち位置が逆になり、ウラクがアウトから、俺はインから加速していく構図となる。
はみ出しそうになりながら外側ギリギリを曲がっていくウラクに対して、俺の車は一直線にゴールをとらえて加速していく。
スピードが伸びる。
きっちりと曲がり終えてやっとアクセルを全開にできたウラクを軽々と追い越して、俺はそのままフィニッシュした。
イン側から抜くときは曲がりづらくなるので、必ず加速は鈍ってしまう。
だから自分を抜かしたあとアウト側に膨らんでいく相手を、今度は逆に加速しながらインを刺す。
こうして抜き返すテクニックを、クロスラインという。
とっさに使えてよかった。
ウラクのフェイントに引っかかったときは焦ったが、なんとかカバーできた。
今度はこっちの番だ。




