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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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32.私の夏休み

 





 *






 私は目が覚めると、1階のガレージへ階段を降りた。


 昨日はボディパネルが取り外されていたシェデムは、いつの間にか組み上げられて新品同様となっている。

 父はリフトから降ろすと、ふぅと一息ついた。


「やっと完成だ。あとはどこまで仕上がっているかテストするだけだな」


 確かエンジンはレイが組んで、サスペンションは父がいじったんだっけ?

 馴染みのないロータリーエンジンでさえ簡単そうにチューニングするレイの技術力は計り知れない。




「おはよう。今日はエルマも起きてたか」


 噂をすれば。

 今日はレイがいつもより早く店に来た。

 たぶん実走と聞いて楽しみにしてたのかな。


「おはよー」


「うおっ、もうシェデム組み上がってたか」


「ああ。今日中にテストしてお客に渡せたらベストだな」


 父は上着を着込むと、こう言った。


「まだ朝だし、走らせるわけにはいかねえ。俺は別の依頼でちょっと東の方に行ってくるから、それまではゆっくりしててくれ」


「はーい」


「了解」


 父が出かけて行ったので、店には私とレイの二人だけになった。

 暇なのでなんとなく聞いてみる。


「ねえレイ、一昨日のチューニングはなんであんなに簡単にできたの? ロータリーエンジンだったのに」


「違うのは内部構造だけだから、本体に手は加えず吸排気とターボだけいじったんだ」


 レイはちょっと嬉しそうに答えた。


「おっちゃんが帰ってくるまで、俺はシェデム見てようかな」


「じゃあ私はカウンターで店番やっとく」


 そう言って、レイはリフトから降ろされたシェデムを眺めに行った。




「……あ」


 不意にレイが呟く。


「どうしたの?」


「どっかで見たと思ってたけど……これ、フェリックのエアロじゃん」


「え、あのフェリック・モーターズ?」


 名前は聞いたことがある。

 確か、ロータリーエンジン専門のチューニングショップだっけ?


「親子二代で経営してる、老舗のロータリーチューナーだ。まさかこのシェデム、フェリックのエアロキットつけてたなんて」


「へーえ」




 しばらく世間話をしていたら、父がピックアップトラックに乗って帰ってきた。

 2台目のリフトに駐車すると、脱力して車から降りた。


「高架道路が事故で封鎖らしい」


「え、嘘!?」


 真っ先に反応したのはレイ。


「残念だが、公道テストは無理だな」


「そんな……」


 せっかくレイが組んだエンジンの走りをこの目で見たかったのに、ちょっと残念。

 でも、テストならわざわざ公道でやらなくても?


「ねえ、あの手(・・・)は使えないの?」


「ん、まあできないことはないがな……」


「どういうこと、おっちゃん?」


 エンジンだけなら、この店の中でテストする方法がある。

 今こそそれを試すべきだと思う。


「よし、わかった。レイは一回シェデムを動かして、リフトからどけてくれ」


「分かった」


 よいしょ、とレイが車を押して動かした。


「それで、どうすんの?」


「魔法を使うっきゃねえ。詠唱するから下がってな」


 父は詠唱(・・)を始めた。


「形を変えろ、機能を変えろ。整備は終わった。姿を現せ。

 “馬力計測装置(シャーシダイナモ)”」


 リフトのうちの1台がドロっと溶けたようにして地面に伸び、床に埋まって台座になった。

 そこから生えた横向きのローラーが、ちょうどタイヤの位置に4つ。


「り、リフトがシャーシダイナモに……!」


 レイは信じられないという目で茫然としていた。


「お前さんシャーシダイナモを知ってるのか。説明の必要がなくて助かるぜ」


 シャーシダイナモというのは4つのローラーにタイヤを乗せて走ることで、その場から動かずともエンジンを全開にできる、いわば車専用のランニングマシンみたいなものだ。

 これでエンジンの性能が分かる。


「え、どういう原理?」


「魔法だ」


「その詠唱っていうのは?」


 レイがあれこれ質問している。

 頭は良いのに、ちょっと世間知らずな部分もあるのはなんでだろう?


「魔法っていうのは、精神を集中させないと使えねえ。っても、こういうデカいもんを操るときにいちいち自力で集中してたら頭がぶっ飛んじまうだろ? だから詠唱があんのさ」


「なるほど……?」


「魔法と関連する詩みたいなものを読むと、それだけで人間の集中力は飛躍的にあがるらしい。だから、今回みたいな場合は詠唱が必要になるんだよ」


「……なんか分かった気がする」


「さて、シャーシダイナモでテストすんのは他でもないお前さんだからな。さあやるぞ」


 そうか、店の中は公道じゃないから免許を持っていなくても運転できる。

 レイは嬉しそうに車を動かした。




「よし、準備完了だ。エンジンかけてくれ」


 隣のレイがキーを捻る。


 シュルルルッ、ドゥオオオーン……。


 ロータリーの音がガレージの中で反響した。


「フル加速だ」


 父の指示を受けて、レイがアクセルを全開にする。


 ヴォオオオオアアアア、と猛々しく叫ぶエンジン音が、メーターの針を跳ね上げさせた。


 ピーッ! と音が鳴る。

 確かこの車は、シフトチェンジのタイミングを音で知らせてくれるんだっけ?


 ガチャッとシフトチェンジ。

 一瞬パワーを失ったタイヤは、再びエンジンが繋がって加速する。


 2速、3速……。

 あっという間に4速だ。

 レイによって手を入れられたロータリーエンジンの加速はとどまることを知らない。


 最終段、5速。

 そのエンジンが、最後まで吹け切ろうとしている――


「オーケー。止まってくれ」


 レイはアクセルを緩めてゆっくりとブレーキを踏み増していき、ロータリーエンジンは火を失った。


「結果は?」


「361馬力だ。よくやった」


「っしゃぁ!」


 自分でチューンしたエンジンの性能が分かるとき、いつもレイは本当に嬉しそう。


「エンジンは完璧だな。明日の朝一で公道テストしたら、すぐ配達行くぞ」




 レイの笑顔は、より速くなったシェデムの気持ちを代弁しているようだった。













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