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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
33/140

31.あいつの夏休み

 





 *






 ああ、暇になっちまった。


 俺は学校の実習場に向かって、のんびり歩く。

 相変わらず暑い日だけど、人が少ない夏休みの朝はすがすがしい。


 夏休みも学校に残る奴ってのは、少数派だよな。

 レイはバイトがあるって言ってたし、フィーノは旅行だっけか?

 ま、一人でもやることは探せばいっぱいあるけどな。こうやって学校を自由に散歩できるのもその1つだ。


 っても先生はいないし、なにより俺たち4年生はまだ仮免だからサーキットは走れねえ。

 でも何もしないよりはマシだから、5年生が走ってるところでも見に行こうってわけだ。




 まだ実習場は遠いのに、サーキットからはルクスのエンジン音が聞こえてくるな。

 さすが5年生、練習には抜かりなしってことか。




 サーキットでは、4台のルクスが走っている。

 俺はピットレーンでそれをボーっと眺めてると、不意に後ろから声を掛けられた。


「ん、ウラク。相変わらず暇そうだねぇ」


 振り返ると、アレイ先輩がヘルメットを抱えて立っていた。


「アレイか。練習しにきたのか?」


「もちろん。夏休みだからってのんびりしてらんないからさ。てか年上なのにタメ口か、別にいいけど」


「5年生はいいよな。暇さえありゃ走れるんだからよ」


「あんたも早くライセンス取っちゃえばいいのに」


「進級するまで無理って知ってるだろ」


 ひとしきり会話した後、アレイ先輩は実習車のルクスに乗ってコース上を走り始めた。


 アレイ・トロック、レーシングドライバー学科5年生。

 シミュレーターで一緒に走ることが多かったから、気づけば仲良くなってたな。

 最初のうちは全然かなわなかったが、後から聞いた話によると5年生のなかでも最速を争うほどの腕前らしい。

 本人は自称「女子生徒最速」を名乗っているが、伊達じゃねえ。




 あー、なんか腹減ったな。

 そういえば今日は朝起きてから何も食べてなかった。

 食堂でパンでも食ってくるか。




「うわ、がら空きだな……」


 夏休みの食堂はまるでいつもの朝が嘘のように、静かで落ち着いていた。

 そんな食堂の中でとりあえず腹は満たしたから、せっかくだし部屋の整理でもするか。




 俺は4階まで階段を上り、部屋のドアを開けようとして、


「……あ」


 重大なことを思い出した。


「鍵、あいつが持ってんじゃん」


 夏休み前の約束で、部屋の鍵はレイが管理するって決めちまった。

 あの時はどうせ部屋入らないしいいかと思ってたが、よくよく考えてみると、バイト漬けのレイに鍵持たせといたって意味ねえじゃんか。

 痛恨の判断ミスだ。


 俺は脱力してドアに寄りかか――


「うわっ!?」


 寄りかかったドアがそのまま開いて、俺は前に転んだ。


「痛ぇ……」


「あれ、ウラク! 大丈夫?」


 なんだよ、レイいたのかよ……。


「鍵、返せ」


「別にいいけど。ほい」


 俺はレイから投げられた部屋の鍵をしっかりキャッチした。

 これでもうあんなことは起こらずに済む。


「レイ、バイトはどうしたんだ?」


「今日は店が休みだから、暇になって学校来た」


「なるほどな。せっかくだし実習場行こうぜ」


「いいね」




 暑い日差しに刺されながら、実習場までの長い道のりを二人で歩いた。


「バイトって普段はどんなことしてんだ?」


「えーっと……昨日はシェデムのチューニングかな」


「へーえ、チューニングか」


「吸排気系と、ブーストアップ」


「いいな、羨ましいぜ」


「マフラーとか重いんだからな……お、実習場結構いっぱい走ってんだ」


「早くライセンス欲しいな」


「俺も」




 ピットレーンからサーキットを眺めている。

 ふと気付いた瞬間、メインストレートの終わりまで全力疾走していくルクスが通り過ぎてった。


「な、オーバースピードだ!」


「え? あ、あの車か」


 あの速度じゃ、1コーナーの減速が間に合わねえ。

 緩いカーブとはいえ、しっかりインについて回らないとアンダーが出るってことは生徒たちの間じゃ常識だ。

 あの5年生、一体何を……。


 ルクスの車体が、右に揺れる。

 1コーナーは左カーブだぞ、何やってんだ!?


 そして右から反動をつけて左に大きく振り返した。

 案の定リアが流れ、今にもスピンしそうだ。


「やっちまったな」


「いやウラク、あれはたぶん……」


 ――だが、ルクスは姿勢を崩さなかった。

 それどころかタイヤはコーナーと逆向きに曲がり、車はコースに対して角度をつけながら滑っていった。


 フォオオオォォォォン! とエンジンを吹かす音が聞こえる。

 全開!?


 タイヤからはキイイーーッというスキール音とともに、もうもうと白煙が上がる。


 そして、いとも簡単にルクスは1コーナーを抜けていった。


 マジか……。

 俺の隣で見ていたレイも、茫然と立ち尽くしている。


「レイ、今の見たか!?」


「まさかあんな完成度の高いドリフトを見せつけられるなんて……」


 ドリフト。

 車好きじゃなくてもその単語を知ってる奴は少なくないんじゃねえか。

 車を横滑りさせたままコーナーを抜けていく、誰もが憧れる運転テクニック。

 この目で見たのは初めてかも知れねえが、その迫力に思わず圧倒されちまった。


 かっけぇ……。


「俺もいつかあんなドリフトやってみてえな」


「なんか、俺のイメージだとウラクってドリフト上手そう」


「そうか?」


「コーナー突っ込みすぎってことは、そこからアクセル踏んでオーバーステア出せばドリフトじゃない? 今度練習してみなよ」


「ああ。っていうか、さっきのドライバー誰だ?」


「俺も気になる。ピットレーンで待ち伏せしてみる?」


「そうすっか」


 それから何周かして、華麗なドリフトを見せたルクスの実習車はピットに帰ってきた。

 運転席からドライバーが出てくる。


「なんだ、ウラクまだいたんだ」


「アレイ……!」


 なるほどな。

 最速を争うほどの腕なら、ドリフトぐらい朝飯前だろう。


「あ、レイくん。久しぶり」


「お久しぶりです」


 俺の隣にいるレイに気付いて、アレイ先輩は挨拶した。


「さっきのドリフト凄かったぜ。あんな曲芸みたいなことができるとは」


「簡単だよ。ガーって突っ込んだら、フェイントかけてアクセル吹かすだけ」


「俺もやってみてえな」


「あんたは事故りそうだからやめときなよ。レイくんならできるかもしんないけどね」


「そうですか?」


 そういえば、レイはあのドリフトを見て何を思ったんだろうな。


「なあ、レイはドリフトやってみたいって思ったことあるか?」


「いや、ないかな。グリップ一筋だし」


 なんとなく予想してた。


「なあアレイ、俺がライセンス取ったらドリフト教えてくれよ!」


「うーん。まあ、いいけど」


「よっしゃあ! 約束は守ってくれよ」



 俺もあんなドリフトができるようになったら、レイに見せつけてやるからな。











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