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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
32/140

30.俺の夏休み

 





 *






 それからすぐ、夏休みに入った。

 しばらくは自由に過ごせそうだ。


「お邪魔しまーす」


 働く気満々の俺は、おっちゃんの店に入って挨拶した。


「おおレイ、久しぶりだな。お前さんは今日から夏休みだっけか?」


「ちょうど今日から。だから1か月はここで働けるよ」


「おう、助かるぜ。でも勉強はしなくていいのか?」


「俺にとってはここで働くのが勉強みたいなもんだし」


 実際、ここでの経験がラ・スルス自動車上級校でも少なからず役立っているのは間違いない。


「ハハハ。その意気だ」




 俺は店の休憩室に荷物を置くと、さっきまで違和感を抱いていたことに気付いた。

 ガレージに戻って、周りを見渡す。


「あれ、ここ改築した?」


「お前さんがいない間に、ちょっとばかし店を広くしたぜ。夢とロマンが詰まった、リフト2台体制だ」


「すごい……! あれ、エルマは?」


 店に入ってから、エルマの姿が見当たらない。


「あぁ、たぶんまだ寝てるんだろうな。悪いけど起こしてやってくれねえか?」


「了解ー」




 俺は階段を上って、エルマの寝室をノックした。


『なにー?』


 ドア越しに声が聞こえる。


「おっちゃんが起きろってさ」


『あれ、レイじゃん! 久しぶりー。もう来てたの?』


「今日から夏休みだからね」


『私も!』


「じゃ、下で待ってるよ」


『はーい』




 階段を降りようとしたら、リフトに乗せられている車に気が付いた。

 ドアやボンネットが外されているので下から見上げただけではわからなかったが、その車の正体がわかって唖然とする。


「こ、これ……シェデム!?」


 2階から見下ろすエンジンルームには、しっかりとおにぎり(・・・・)が確認できた。


「パーツバラバラなのによく分かったな。そう、シェデムだ」


 シェデムというのは、この国の中でも特に人気があるスポーツカーの1台だ。

 もちろんそのスタイルも理由の1つだが、この車には唯一無二といっていい特徴がある。


 シェデムは、ロータリーエンジン搭載車なのだ。


 普通の自動車はレシプロエンジンと呼ばれるエンジンを搭載している。

 これはシリンダーの中をピストンが往復運動し、クランクシャフトを回すという仕組みで動いている。

 つまり、往復運動を回転運動に変換している。


 だが、ロータリーエンジンはローターという三角形の部品(おにぎり)が回ることでパワーを得ている。

 レシプロエンジンと違って最初から回転運動を生み出すため、小さい排気量でも大きなパワーを得られるわけだ。

 また、レシプロエンジンと比較して部品点数が少なかったり、省スペースだったりという利点もある。


 このロータリーエンジンは滑らかなフィーリングで高回転まで吹けあがるとして、一部の車好きから熱狂的な支持を得ている。




 この世界にも、やはりロータリーエンジンは存在する。

 それを知ったときは嬉しかった。


「あれ、おっちゃん何かあった? 浮かない顔して」


「実はな……ロータリーエンジンは苦手なんだ」


 あぁ、そういうことか。

 ロータリーエンジンは一般的なレシプロエンジンと構造が異なるから、今までのノウハウが通用しにくいのかもしれない。


「じゃあ俺が仕上げとこうか?」


「お前さんにできるのか?」


「ロータリーエンジンについてはそこそこ詳しいと自負してるよ」


「助かるぜ。依頼はパワーアップと足固めだ。サスはこっちでやっとくから、エンジンは頼むぞ。できるだけ安く、目標は350馬力」


「了解!」


 この店も、3年前と比べてだいぶ変わったな。

 昔は修理の依頼がメインだったが、今や完全にチューニングショップとしてこの地域で名を馳せている。

 俺としては楽しい仕事がたくさん入ってきて嬉しい限りだ。


 さて、このシェデムをどう仕上げようか。


 ここの店に依頼してくるお客はみんな自由気ままな人で、予算と理想図だけ伝えてあとはこっちに任せっきりだ。

 そして依頼を受けたおっちゃんも、俺に予算だけ伝えて「センスの見せ所だな」とか言って作業を俺に全委託する。

 押し付けられた俺は予算内で店にあるパーツを勝手に組みこんで、完成を伝えて一丁上がり。

 もちろん車を自由に改造できるのは嬉しいが、さすがに職務放棄がすぎないか?


 まあいいか。

 シェデムはたしか、純正で270馬力あったはず。

 それを350馬力まで……。


 とりあえず吸排気周りを整えて、無理のない範囲でブーストアップ。

 よし、今回はこれで行こう。


 そうと決まれば作業開始だ。


 俺は倉庫へいろいろ部品を取りに行った。


「おはよう~」


 上からエルマが起きてきた。


「レイ、今回はどんなチューニングにするの?」


「初めてのロータリーだから、ブーストアップ中心でまとめるつもり」


「頑張ってね」


 俺は倉庫の奥から排気管(マフラー)を抱え、交換作業に取り掛かった。


 マフラーを取り換えると排気効率が良くなり、高回転域での吹けが良くなる。

 また、マフラーの交換によって音がスポーティーになるという効果も期待できる。


 排気を変えたら次は吸気系だ。

 エンジンは人間と同じく、空気を吸って吐いてエネルギーを生み出している。

 その空気の通り道に手を加えることで、手軽にパワーアップが狙えるわけだ。


 エアクリーナーを交換しよう。


 これは何かというと、エンジンに吸入する空気からゴミや粉塵を取り除くフィルターのようなものだ。

 このパーツを目の粗いものに交換すると吸気効率が上がるが、同時に粉塵を吸い込んでエンジンにダメージを与えてしまうリスクが高くなる。


 ここは下手にいじらず、純正形状のままフィルター部分だけ交換するか。




 さて吸排気系が一通り決まったところで、いよいよターボに手を加えるときだ。

 今回のテーマはブーストアップ350馬力仕様なので、純正タービンのままブーストコントローラーで調節しよう。


 ターボというのはエンジンに吸入する空気を圧縮して、より多くの空気を取り込むための機構だ。

 これが無尽蔵に作動し続けるとエンジンが耐えられないので、一定のレベルに抑えこむ必要がある。

 それを制御してくれるのがブーストコントローラーというパーツだ。

 これはセンサーとバルブで、空気を圧縮する圧力(過給圧という)をコントロールしてくれる。


 配線の取り回しが少々めんどくさいが、どうにか取り付けられた。


 あとは、ECUの書き換えで終わりかな。

 エンジンの点火タイミングや空燃比など、重要なデータの制御を司っているのがECUという小さいコンピューターだ。

 これのデータを書き換えて最適化することで、本来の性能が発揮される。

 幸いこの店には長年のノウハウに基づくデータがいろいろあるので、手探りで書き換えなくてもどうにかなる。




 よぉーし、終わった……。


「おっちゃん、完成したよ!」


「おう、お疲れさん。明日は店が休みだから、明後日実走と行こうじゃないか。今日はもう上がりでいいぜ」


「サンキュ」


「俺も明後日までにサスを仕上げとかないとな」


 そう言って、おっちゃんは作業に戻った。











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