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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
30/140

28.慎重に、かつ速く

 





 *






「そーれっ!」


 ボフッ。


「痛ってぇ……もうちょいマシな起こし方ないのか」


 俺は久々に早起きできた喜びを、そのまま枕に乗せてウラクにぶつけた。

 早朝テンションとでも言うのだろうか?


「早くサーキット行こう、もう走ってる生徒何人かいるんだし」


「ん? なんでヘルメット持ってんだ……そうだ、今日はタイムアタックか」


「時間が惜しいから先に行ってるぞ」


「は? お前、朝飯は?」


「とっくに食べた。じゃ」


「……」


 今日は夏休み前の、1学期最後のテストだ。

 実習場のサーキットをひとりずつ走って、そのタイムを競うタイムアタックテストが実施される。

 生徒は初めてサーキットを限界まで攻めるとともに、学校側にとっては生徒がこれまで学んだことを活かしきれているかの判断材料にもなる。


 当日の朝から授業開始時刻までは先生の監督下でサーキットが開放され、本番まで練習走行が可能なことは以前から言われていた。




「ふぅ、やっと着いた……」


 実習場の入り口では、サリーン先生が待っていた。


「レイナーデ君、おはよう」


「おはようございます」


「練習走行しに来たのね?」


「はい」


 先生は「どうぞ」と言って、俺に黒いキーを渡してくれた。

 実習車であるルクスの電子キーだ。


「6号車を使って」


「ありがとうございます」


 俺は礼を言うと、ピットのガレージ内に止めてあるグレーのルクスを見つけた。

 サイドには6のステッカー。


 俺はヘルメットをかぶってグローブをはめると、手元のキーで解錠した。


 運転席ドアを開けて、ゆっくり座る。


「……よし」


 実習場のサーキットを走るのは初めてだ。

 普段はサーキット横にある正方形のフリースペースを使って実習授業を行っている。

 だが、座学でサーキットについて一通り解説してもらったし、5年生の走りを何度もみたから大丈夫だろう。


 俺は左手をセンターコンソールへ伸ばし、エンジンスタートスイッチを押した。


 シュルルルンッ、ゴロゴロゴロ……。


 独特の軽快なアイドリングが鳴りだした。


 行こう。


 クラッチを繋いで1速へ。

 タイヤがゆっくりと回りだした。


 ルクスの鼻先がピットレーンに出る。

 左を見て、右を見て……OK。


 俺はステアリングを左に切り、アクセルを徐々に踏んでピットレーンへと出た。


 コース上では、すでに何台かの実習車が走っている。

 俺が6号車だから、5台か?


 俺はウィンカーをつけて、ピットアウトした。


 とりあえずテスト本番までに、ブレーキングポイントぐらいは覚えたい。


 この実習場サーキットは2000mとちょっとのショートコースだが、コーナーのバリエーションに富んでいるので、良いタイムを出すには相当な技術が要求される。


 ピットレーンからホームストレートへ合流して、1コーナー。

 緩く減速しながら大きく左へと回っていく。


 再び加速した先に、2コーナー。

 ここはいわゆるヘアピンと呼ばれる左の急カーブだ。

 レースでは絶好のオーバーテイクポイントになるだろう。


 2コーナーの脱出速度が重要になる、3コーナー。

 ここは右の高速コーナー。

 いかに減速せず回れるかがカギとなる。


 その先で左に曲がる4コーナーはほぼ直角だが、アウト側の道幅が広いので速度は高めだ。


 そして右の5コーナー。

 ここは内側に緩いバンクがついている。

 曲率はそこそこ高い。


 5コーナーを立ち上がっていくと、高速S字カーブが待ち構えている。

 ここはどれだけ直線的にクリアできるかがタイムに直結する。


 そして、左ヘアピンの最終コーナー。

 先生によれば、ここで5年生は数々の名勝負を繰り広げたらしい。


 ホームストレートに戻ってきて、1周。


 ブレーキングポイントはだいたいわかった。


 あとは、どこまで詰められるか……!






 *






「では、ルールを説明します」


 サリーン先生はピットレーンで、生徒たちにテストについて説明し始めた。


「グリッドに停止してある状態で、シグナルが消えたらスタート。そこから一周して、再びフィニッシュラインを越えるまでのタイムを競います。チャンスは1回きりよ」


 1回きりか。

 下手に攻められないが、慎重になりすぎては良いタイムが出ない。


 いや、落ち着け。

 俺ならできる。


「順番は、悪いけどこっちのほうで決めさせてもらいました。レイナーデ君、1番手よ。準備して!」


「あ、はい」


 俺!?

 なんで……。




 俺はヘルメットをかぶってグローブをはめ、グリッドに止めてあるルクスのドアを開けた。

 運転席にゆっくりと腰を下ろす。


「準備出来たら言ってね。カウントを始めます」


 とサリーン先生。


 シートベルトを締めて、エンジンスタート。


 シュルルルンッ、ゴロゴロゴロ……。


 かかった。


 運転席側の窓から手を出し、準備完了の合図を出す。

 目の前のゲートにぶら下がる5つのシグナルが点灯した。


 俺はクラッチを踏んだまま、アクセルを吹かしてエンジンの回転数を調節する。




 シグナルが消えていく。

 5、4、3、2、1――


 ブラックアウト。




 スッと素早くクラッチを繋ぐ。

 ルクスは急加速し、タイヤからスキール音が響いた。


 スキール音は少しして収まり、俺の目線は真っ直ぐ1コーナーへと向けられる。


 アクセルを緩めながら左足で軽く触る程度にブレーキを踏み、リアを流す。

 ハンドルをわずかに切り、イン側へ。

 縁石をかすめ、徐々に再びアクセルを開けていく。


 この先は2コーナーまで直線が続く。

 そのために、できるだけ速度を乗せられるラインで1コーナーをパス。


 フォオオオォォォォン、と軽快なエンジン音が心地良い。


 そして、ストレートが終わる。


 2コーナー。

 それまでアクセルを全開にしていた右足を、ギリギリのところでブレーキに踏みかえる。

 ガッと蹴りこむような強い減速。

 左足はすでにクラッチペダルの上で待機している。

 ヒール&トウ。


 シフトダウンしながら、減速によって十分に荷重が乗った前輪を左へと向ける。

 大きな円を描くように、外側から内側へ鋭く切りこんだ。

 タイヤは縁石をかすめ、加速しながら再び外側へ。

 なめらかな線をなぞるようにして、2コーナーを立ち上がっていく。


 縁石に乗ったタイヤの振動が、ステアリングを通して手に届く。

 これだ、この感覚……!


 3コーナー。ここはノーブレーキ。

 旋回中に、コーナーの()を作ってはいけない。

 ()ではなく、()をなぞる。


 3コーナーが終わると、切り返してすぐ4コーナー。

 ちょっと減速して、早めに立ち上がっていく。

 ラインが外側にふくらんでいるが、道幅が広いのでこうしたほうが効率よく加速できる。


 短い直線の後、5コーナー。

 目いっぱい外側に振って、インに飛び込む。

 直線的に脱出。


 加速して、高速S字。

 一瞬のブレーキで僅かに減速する。

 左に振って、右の縁石を大胆にカット。タイヤが跳ねて駆動力(トラクション)をほんの少し失う。

 だが、できるだけ直線的に走り抜けたい。

 続く右の縁石もギリギリまでカットし、脱出。


 最終コーナー。ここはしっかり減速。

 ゆーっくりと回っていって、ホームストレートを目指しまっすぐに加速。


 よし。

 上手くスピードが乗った。


 そのまま……ゴール。




 やった。

 かなりいいタイムだったのではないか?


 とりあえず、減速して降りよう。




「お疲れ様! いい走りでした。結果は後で教えるから、みんなのところに戻って見てて」


 俺はサリーン先生の指示に従い、待機していた場所に戻った。


「おつかれ。なかなか良かったぜ」


 ウラクとハイタッチ。


「僕も負けられないね」


 フィーノとハイタッチ。




 最初にテストが終わったので気が楽だ。

 あとは、みんなの走りを眺めていよう。







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