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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
28/140

27.スタート、ストップ

 

「じゃあテストの順番を決めるので、くじを引きに来てください」


 サリーン先生が取り出した袋には紙切れがたくさん入っている。

 生徒たちはみんな、くじを引いた。


 俺は4。


 ウラクが15。


 フィーノが1。


「えぇっ、僕が最初!?」


「そんな日もあるさ。頑張れよ」


「う、うん……」


 サリーン先生は、「テスト順に並んでください」と指示を出した。


「1番はフィーノ君ね。じゃ、運転席に乗って。他のみんなはそこで座って見てて」


 フィーノは不安そうな表情のまま、ルクスの運転席に乗り込んだ。




 *




「ふぅ……」


「お疲れさん。どうだった?」


「わかんない。結果は後で出るって」


 それはそうか。

 先にテストした生徒がすぐに結果を教えてもらるなら、評価基準を聞ける後の生徒が有利になってしまう。


 俺もそろそろだ。

 緊張していても仕方がない。車について考えていよう。


「レイナーデ君、そろそろ準備して」


「は、はい!」


 もう順番か。

 俺は靴紐をしっかり結んで、一呼吸した。


 俺の目の前でルクスが止まり、中から生徒が降りてくる。


「はい、お疲れ様でした。じゃあレイナーデ君、運転席に乗って」


 俺はドアを開けて、ルクスのシートにゆっくりと腰を下ろす。

 シートポジションは大丈夫。ステアリングも問題なし。

 俺はシートベルトを締めた。


 となりの助手席にサリーン先生も乗った。


「それではテストを始めます。まず、エンジンをかけて」


 サイドブレーキがかかっていて、ギアはニュートラル。

 俺は左足でクラッチペダルをしっかり踏み、エンジンスタートスイッチを押した。


 水平対向(ボクサー)エンジンに、火が灯る。


 シュルルルンッ、ゴロゴロゴロ……。


 独特のドロドロしたアイドリング音が車内に響いている。


「OK。じゃあ、発進して」


 俺はクラッチを踏んだまま、ギアを1速に入れる。

 右足でアクセルを踏んで煽り、サイドブレーキを解除しながらクラッチから足を徐々に離す。


 ルクスのタイヤはゆっくりと回りだした。


「次は、80km/hまで全開加速」


 おおう、一気に飛ばすのか。


 俺はアクセルを限界まで踏み込んだ。

 軽快なエンジンの反応が、低重心の車体を加速させる。


 回転数がどんどん上がっていく。


 メーターの針は5000、6000、7000――


 7500。


 今だ。


 アクセルから右足を一瞬離し、入れ替わるように左足でクラッチを素早く奥まで踏み込む。

 同時に、すでにシフトノブを掴んでいる俺の左手は、ギアを2速に叩き込んだ。


 スピードメーターの針もどんどん上がっていき、ついに80を指した。


「0km/hまでフルブレーキング」


 先生の声が耳に入るころには、俺の右足がブレーキペダルで減速のタイミングを待ち構えていた。

 この車にはブレーキの強さがタイヤの限界を超えないように調整してくれるABSという機能がついている。

 俺は深いことを考えずに右足でブレーキを蹴りこんだ。


 タイヤからキュッ、と微かな音がして、ルクスのスピードは瞬く間に失われていく。


 ……そろそろだ。


 エンジンの回転数を見計らって、俺は左足で再びクラッチを踏んだ。

 タイミングを一瞬ずらして、右足のつま先でブレーキを踏んだまま、右足を90度ひねる。

 右足のかかとでアクセルをちょんとつつく。


 ヒール(アンド)トゥ。

 ブレーキングとブリッピングを同時に行うテクニックは、こう呼ばれている。

 3つのペダルを2本の脚で同時に踏まなければいけないため、かかと(ヒール)つま先(トゥ)を別々に使い分けるしかない。


 左手はギアを2速から1速へ。


 ブォオオンンン……と悲しげにパワーを失うエンジンの声が車内を満たした。


 ルクスはついに、停止する。


「お疲れ様。エンジンを切って終了よ」


 俺はギアをニュートラルに戻し、サイドブレーキを引いてエンジンを切った。


 終わった……。


 運転席のドアを開けて、地面に降りた。

 さっきまで車を運転してたせいか、地を支える自分の体が心もとなく感じる。


 俺はウラクとフィーノのところまで歩いて行った。






 *






「それでは、結果発表です」


 教室がざわつく。


 サリーン先生は両手をパチンと叩いて言った。


「なんと、全員合格! おめでとう!」


 よかった……。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。


 周りのあちこちから歓声が聞こえる。


「それじゃ、仮免許を配っていきます。今後のカードキーはこれになるから、今まで使っていたやつはこっちの袋に入れて」


 サリーン先生は席を回って、順番に仮免許を渡していく。


「はい」


 俺にも渡された。


 レイナーデ・ウィロー 4年生

 E級ライセンス(仮運転免許証)

 ラ・スルス自動車上級校


 仮免許にはしっかりと俺の名前が刻まれている。

 その文字列を何度も何度も目でなぞり、喜びを全身で感じた。




「今日の授業はこれで終わり。明日からいよいよ実習授業が始まるから、今日はゆっくり休んでおいてくださいね。以上!」






 *






「ごちそうさま。レイ、勝負しようぜ! 今朝のリベンジだ!」


「夜ご飯食べたばっかだし、食休みぐらいさせてくれよ……」


「はぁ、しょうがねえな。フィーノ、先にやってようぜ!」


「いいよ。今回は負けないよ!」


 そう言うと、2人は走っていった。

 あいつらには胃もたれとかそういう概念がないのか……?


 とりあえず俺は寮の部屋へ戻り、読書を始めた。

 近くにはウラクの服が散乱している。


 風呂までまだ時間はあるし、少しぐらい勝負してやるか。




「おーい、来たぞ」


「おっ、遅かったな。ちょうど今レースが終わったところだから、3人でやろうぜ」


「今朝に続いて2連勝してやる」


「そうはいかねえ」


 軽口を叩きながら、俺はシミュレーターのシートに座った。

 対戦エントリー……と。


 誰が一番速いか見せつけてやる。






 *






「あったかい……」


「レイ……俺はお前のことを一生恨んでやる」


「ごめんって。あれは不慮の事故だった」


「ほんとか?」


「シフトミスだ」


「やっぱ許さねえ」


 いくら最終コーナーで事故ったからって、風呂まで因縁を持ち込んでくるとは。

 結局レースは、事故った俺とウラクを差し置いてフィーノの一人勝ちだった。


「僕だって、あんな勝ち方には納得してないよ」


「だよなぁ? 全部レイのせいだ」


「うるさいな……」


「なあ、風呂あがったらもう1レースやろうぜ」


「いいね。今度は僕の実力で勝つから、覚悟してよ」


「俺はパス。今日はもう寝たい」


 夜更かしして明日の実習授業に支障をきたしたら困るし、夕食後に読んだ本の続きを読みたいし。


「こういうのを当て逃げって言うんだろうな」


「気を付けないとね」


 はぁ、放っておけばこいつらはいくらでも俺のことをイジれるな。


「俺はもう出るよ」


「もう出るのか? レイ、もうちょっと長風呂していこうぜ」


「僕も出ようかな」


「フィーノも出んのか。じゃ、俺も出る」




「いい湯だったな。俺らは1レースしてから寝るぜ」


「俺は先に寝てるよ。おやすみ」


「おう、おやすみな」





 俺は2人と別れて、階段を上っていった。











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