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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
27/140

26.緊張を溶かして

 








 *3年後*









 ボフッ。


「うっ……」


 今日は俺の負けか。


 俺とウラクは朝早く起きたほうが相手を起こすというルールを決めて生活しているが、あいつに枕で殴られるのだけは嫌なので出来るだけ早く起き――


 ボフッ。


「わかった、わかったから。やめてくれ」


「さっさと起きろよ。今日テストだぞ」


「あっ、そうじゃん! すっかり忘れてた」


 待ちに待ったこの日。


 俺たちは今日、4年生へと進級する。

 4年生の初日には仮免許交付のためのテストが実施されるのだ。


「早く支度して朝ご飯食べないと」


「レイって寝坊が多い割には、目覚めは良いんだな」


「いいから早く!」


「はいはい」




 顔洗って、トイレ行って、着替えて……。


 テストの前にシミュレーターでもう一度練習しておきたい。


「んじゃ、朝飯食いに行こうぜ」


 思ったよりウラクの支度が早くて助かった。


 階段を降りて、2階の食堂へ向かう。

 すでに食堂の中では何人かの生徒が食べ始めていた。


 俺はポケットからカードキーを取り出し、ピッと当てて中へ入る。


 あれ?

 ウラクが入ってこない。


 その苦笑いのような表情を見て、俺は全てを察した。


「はぁ、さっさと部屋に戻って取ってこい」


「わりぃ。先に食べててくれ」


 そう言って、ウラクは階段を駆けあがっていった。


 あいつカードキー忘れ何回目だよ。

 失くしてないだけマシか。




 俺は食堂へ入り、トレーを受け取った。

 ここの食堂はバイキング形式で、食べる時間も自由だ。


 お腹は空いていたが、これからテストだと考えるといつもより食欲がないように感じる。


 俺はバターパンとジャム、それからスープを取ってテーブルに向かう。

 いつも俺たちが座るテーブルでは、すでにフィーノがパンを食べていた。


「ん、レイおはよう」


「おはようフィーノ。今朝はいつもより早いじゃん」


「テストだって考えてたら早く目が覚めちゃって。それよりウラクは?」


「またカードキー忘れて取りに行った」


「相変わらずだね」


 寮の部屋だけはカードキーじゃなく鍵で施錠する理由が分かった気がする。


 俺は「いただきます」と言ってパンにジャムを塗った。

 その手が、なぜか微かに震える。


 俺は緊張しているのか。


 こんなんじゃダメだ。


 たかが学校のテストぐらい、余裕でパスしないと……。




「ふぅ、やっと着いたぜ。なんだフィーノもいたのか」


 ウラクが帰ってきた。


「おはようウラク」


 フィーノはいつもと変わらない調子で挨拶する。

 緊張なんて無縁そうな、涼しい顔をして。


「あー、朝から走って腹減った。これからテストだし、食っとかねぇとな」


 ウラクはいつも通り、トレーにいろいろ盛ってきて食べ始めた。




 俺はパンを食べながら考える。


 テストって、どんなことをテストするのだろうか。

 去年から特に説明はなく、ただ実施するということだけが伝えられた。

 おそらくは実車に乗って、運転技術を見定められるはずだ。重要なことは授業で学んでいくはずだし、クラッチの繋ぎ方とかその程度か?


 色々なことを考えていたら、いつのまにかスープまで飲み終わっていた。


「ごちそうさま、シミュレーターやってくる」


 予習は念入りにやらないと。




 3階の端に位置する部屋は広いスペースがあって、そこには8台のレーシングシミュレーターが設置されている。


 レーシングシミュレーターというのは、簡単に言えば『極限までリアリティを追求したレースゲーム』だ。

 プレイするときに座るシートはシミュレーター内の車の動きに合わせて揺れるし、シフト操作やクラッチだって雑にやれば即エンストだ。


 この8台のシミュレーターはそれぞれ連動していて、単独走行のほかにレースで対戦なんかもできたりする。


 俺はカードキーをピッと当てて中に入った。


 8台あるシミュレーターのうち、3台は他の生徒に使われている。

 俺は4台目のシートに腰かけ、シートベルトを締めて起動した。


 隣の生徒とレースするメニューがあるが、今回は選ばない。

 それよりもまずテストの練習をしないと。


 車種は……V24型ヴィバームスVにしとこう。




 目の前の大画面に、ステアリングとメーターが映る。

 準備完了だ。


 まず、左足でクラッチペダルを踏みながらステアリングの付け根にあるキーを捻ってエンジンをかける。


 成功。

 2.6リッター直6ツインターボのエンジンは、画面の中でさえ生き生きと鼓動を刻む。


 そして右足でブレーキ、左足でクラッチを同時に踏みながら、左手でギアをニュートラルから1速へ。

 サイドブレーキを戻す。


 右足をアクセルに。

 一気に踏み込んで高回転まで煽り、ドン! というイメージでクラッチを素早く繋ぐ。


 一瞬のホイールスピンと共に、青い車体はスピードを得て加速していく。


 前方に1コーナーが迫る。


 右足を瞬時にアクセルから左にずらし、フルブレーキング。




「おーいレイ、勝負しようぜ!」


 うわ、もう来たか。

 とりあえずゼロ発進の感覚だけでも再確認できたしまあいいか。


 俺の隣にウラク、その隣にフィーノが座った。


「望むところだ。今日は負けないからな」






 *






 勝負に勝って上機嫌な俺は、荷物を持って実習場に向かっている。

 ウラクとフィーノも一緒だ。


「くっそ、あそこで俺がアンダーを出さなければ……」


「もうその話はいいから。今夜またやろう」


 9時に実習場集合としか伝えられなかったから、実習場のどこに行けばいいかわからない。

 実習場の入り口は1つしかないから何とかなるとは思うが。


 広い敷地を歩いてやっと着いた実習場の入り口では、サリーン先生が待っていた。


「あ、来た来た。これで全員ね」


 俺たちが最後だったのか。

 ウラクとフィーノの負け惜しみを聞いている場合ではなかった。


 とりあえず他の生徒たちに交じって、駐車場の隅に座る。


 みんなの前に立つサリーン先生の横には、カバーがかけられた1台の車があった。

 車種は特定できないが、おそらくスポーツカーだろうということがその低い車高から見てとれる。


「今から、予告通り仮免許交付のためのテストをします。で、その教習車なんだけど」


 といって、サリーン先生は隣の車を指さす。


「学校で使う教習車は何年かに一度、予算を使って買い替えられる。あんたたちはラッキーね、新車に一番乗りできるから」


 サリーン先生が車にかかるカバーを取った。


「うおっ、マジか」


 周りがざわつく。




 真新しいルクスのボディが、太陽に照らされて輝いている。




 ルクスというのは、スポーツ走行初心者の若者をターゲット層として数年前から販売されている低価格な軽量FRスポーツカーだ。

 シャープなヘッドランプを初めとする低重心でかっこいいデザインのボディには、2リッターの水平対向(ボクサー)エンジンが積まれている。

 そのパワーは約200馬力とそこまで速くはないが、誰でも楽しく運転できる新世代のスポーツカーとして注目を浴びている。


 ドライビングの基礎を学ぶにはぴったりのマシンだ。








「気に入ってもらえて何よりよ。それじゃあ、テストを始めます」











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