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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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23.魔法使いのレンチ

 

 あー、へとへとだ。お腹も空いたし。

 早く弁当食べたい……。


 幾度となく車内でそう願っていたら、いつのまにかガレージに着いていた。


 エルマが「おかえりー」と手を振っている。

 おっちゃんはギアをバックに入れ、狭いガレージ内に一発で駐車した。


 エルマが助手席の窓から、俺の顔を珍しそうに覗き込む。


「あれ、生きてたんだ。てっきり気絶でもしてるかと」


 たぶん、おっちゃんの走りについていけないとでも思っていたのだろう。

 だが俺は仮にも元レーサーだ。

 その程度でへばっているようじゃ生きていけない。


「まさか。ちゃんと役に立てたと思うよ」


 と口では言うが、実際のところ元レーサーじゃなければとっくに気絶してたと思う。

 公道は恐ろしい場所だと思い知った。




 *




「「いただきます」」


 今日の弁当はサンドイッチだった。

 このガレージで朝から夕方まで手伝っているので母さんから弁当をもらってきているのだが、なにかとサンドイッチが多い。

 作業の片手間にでも食べられるし助かるが、さすがにたまには米もほしい。

 今更そんなことを嘆いてもしょうがないが。


 にしても、昼食場所となっている店の休憩室は車のパーツやミニカーのショーケース、ポスターであふれかえっている。

 360度周りを見渡せば何かしらの車が目に入るのだから、これ以上に心が休まる場所はない。

 休憩室に設置されているソファー(頭を打って寝かせられていた場所)よりも、周りのコレクションを見ているほうがリラックスできる。


 エルマは隣で黙々とカップラーメンのようなものを食べている。


 おっちゃんは、俺がプラグを見ている隙にちゃちゃっと昼食を済ませたらしい。

 食後すぐなのに、よくあんな走りができるな……。

 やはり本職のチューナーはただものではない。


「ごちそうさま」


 サンドイッチを食べ終わったので休憩室を出ようとしたら、エンジンの始動音が耳を刺した。


「おーい、そろそろ出るぞ」


 おっちゃんの声が聞こえてきた。

 もうエンジンの調整は終わったから、お客に車を返すのだろう。


「今行きます!」


 そう言って、俺は階段を駆け下りる。

 下ではおっちゃんが、ヴィバームスのトランクに荷物を積み込んでいた。


「何積んでるんですか?」


「頼まれてたパーツを届けに行くんだよ。その後で車も返せば、一石二鳥だろ」


 なんか反則のような気がしなくもなかったが、ひとまず俺は助手席に乗り込む。

 隣の運転席におっちゃんも乗ってきた。


「シートベルト締めたか? じゃ、行くぞ」




 *




 いくら高架道路が速度無制限とはいえ、その他の道路にはきっちりと制限速度が設定されている。

 おっちゃんの安全運転で行きついた先は中古車屋だった。


 敷地内の適当なスペースに車を停めて降りると、中古車屋の店主とみられる人物が店の中から出てきて迎えてくれた。


「ようジョン、久しぶりじゃないか」


「相変わらず元気そうだな、マーク」


「あんたもな」


 マークと呼ばれている店主は、おっちゃんと親しげに挨拶を交わした。


「そこの子供は誰だい?」


 マークさんが俺に気付いておっちゃんに聞く。


「おっと、紹介がまだだったな」


 おっちゃんは俺の方を振り返った。


「マーク、この子は月曜からウチの店を手伝いに来てるレイナーデくんだ」


 今度はマークさんの方を見る。


「レイ、彼は中古車を売ってるマーク・フォールドだ。ウチの店とは長い付き合いがある」


 なるほど。

 商売柄、常連の買い手がいてもおかしくはない。

 ましてや中古車屋ともなれば、頻繁にパーツが必要になるだろう。


 俺は「よろしくお願いします」と礼をする。


 マークさんも「よろしくな」と応えてくれた。


「んじゃ、さっそく頼まれてた品を渡すか」


 おっちゃんはそう言って、ヴィバームスのトランクからいろいろ取り出した。


「てか今までツッコまなかったけど、こんなヴィバームスどこで手に入れたんだ? 店に来た時もすげぇ音してたぜ」


 とマークさん。


「客の車だよ。今からついでに届けに行くつもりだ」


「またそうやって私用に使ってんのか。相変わらずだな」


「人聞き悪い言い方すんなよ。一石二鳥ってやつだ」


 そんな話をしながら二人は笑いあっていた。


「ほらよ、これで全部だ」


 おっちゃんが荷物を降ろし終え、ふぅと一息ついた。


「毎度ありがとよ。いつもの口座に振り込んどくぜ」


「おう。サンキューな」


「体気をつけろよ。もう若くねえんだぞ」


「わかってるって」


 そう言いながら、おっちゃんは車に乗り込んだ。

 俺も助手席に座る。


「車を渡したら、帰りは歩きになっちまうからな。いったんお前さんをガレージで降ろしてから、俺だけで届けてくる」


「了解です」




 それからしばらくして、ガレージに着いた。

 おっちゃんもいったん車を降りて、エンジンの点火プラグを交換してから届けに行くらしい。

 消耗品を交換してから受け渡すのは高いプロ意識の証だ。


 おっちゃんはボンネットを開けて、手に持つ工具を部品に当てる。


 ちょっと待って、その工具は合わないんじゃ――


 次の瞬間、目の前で起こったことを俺は見逃さなかった。

 おっちゃんの手に握られているレンチの形状が、ぐにゃりと形を変えたのだ。


 え?


 俺の頭では理解が追い付かない。


「い、今レンチが……」


「ん? ただの魔法……あぁそうか、今どきの子は知らないのか。学校でも習わないみたいだしな」


 魔法?

 俺の耳には確かにそう聞こえた。

 ただの魔法(・・・・・)


「え、魔法って……?」


「はぁ。車を早く届けなきゃいけないから、手短に説明するぜ」



 おっちゃんの説明を要約すると、こんな感じだ。


 この世界には、「魔法」というものが存在する。

 魔法というのは人間の生命エネルギーが実態を持ったものであり、魔法を使える人は魔法使いと呼ばれる。

 だが、魔法使いはあまり多くないらしい。

 人工の割合でいうと、10人に1人ぐらい。

 それゆえに魔法使いというのは職業として存在するわけではなく、ただ魔法が使える人間を指してそう呼ぶだけだ。


 魔法にはそれぞれ波長というものがある。

 その波長が何か物と共鳴した場合に限って、精神を集中するとその物を自由自在に操れる。

 おっちゃんの場合は工具と波長が共鳴するため、工具を変形させて使えるようになったらしい。

 つまり、魔法が使えるからといって何でも出来るようになるわけではないのだ。

 ただほんの少し生活が便利になるだけ。

 知識として知っておいて損はないが、知らなくても生きていける……というのがおっちゃんの説明だった。



 俺はこの世界に転生してから、ずっと思っていたことがある。

 元の世界とあまり変わらない、と。

 異世界と聞いて身構えていたが、ふたを外せばただ国や教育機関や政策が変わっているにすぎない。


 だが、それは間違っていた。


 この世界には、元の世界の知識でどうしても説明につかない「魔法」が存在する。

 だからこそ、異世界なのだろう。


 それが分かってちょっとすっきりした。



「それじゃ、行ってくる。留守番は頼んだぞ」


「了解です」「はーい」





 俺とエルマは、車を届けに行く魔法使いのおっちゃんを見送った。





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