17.生きる伝説と走る伝説
「やっと来た……」
「悪い悪い、寝坊しちって」
やっとウラクが来た。
俺も昔はよく寝坊していたが、まさか俺以上の寝坊魔がいるとは。
月曜日だから寝てたい気持ちはわかるが。
「行こうぜ。俺らの記念すべき入学式だ」
電車に揺られている間にも、ウラクのマシンガントークは止まらない。
寝坊してきたんだから少しは自粛してくれ。
「俺らもついにラ・スルスに入学するのか……なんか実感湧かないな。でもこれからは誰かに挨拶するたびに『ラ・スルスの生徒です』ってドヤ顔できるぜ」
「もうちょっとマシなこと考えようよ。寮生活とか」
「そういえばレイ、結局のところ届出は出したのか?」
「出したよ」
「じゃ、よろしくな。ルームメイトさん」
「なんでお前のルームメイトだって確定してんだよ」
「そりゃまだわかんねえけど、どうせ自動的に組み合わせられるだろ」
提供される寮には部屋の数に限りがあり、不平等をなくすために二人一組で生活することがルールとなっている。そのルームメイトは寮使用の届け出に書くことで希望できるが、希望通りにいかない場合がほとんどだという。
だが俺とウラクは新入生のなかに知り合いがおらず、俺たちのことを知っているのも新入生のなかにはいないだろう。そうすると紙にはお互いの名前を書くしかなくなり、めでたく希望が通ってしまうというわけだ。
せっかくの寮生活に新たな出会いを期待していたが、それはまた別のチャンスがあるだろう。
「そろそろ着くよ」
「おう」
今回は俺のほうから促せた。
いつもあっという間に駅についていてウラクに言われてしまうので、だんだんこの世界の電車のスピードに慣れてきている自分がちょっと嬉しかった。
「この道を堂々と通学路として歩けるなんて感激だな。通学するのは月曜しかないけど」
俺もウラクに倣い、週末は帰ることにした。
弟や親もいるし、初心を忘れないためにもたまには故郷に帰らないといけない気がする。
というかウラク、お前は受験のときも堂々とこの道を歩いてただろ。
「着いたぜ。この前と比べてだいぶ人は少ないな」
「それでも多いけどね。ん、なんだこの集まり? まるでモーターショーみたいな……」
校門をくぐると舗装されているちょっとした運動場のような場所に出るのだが、そこの中心部に不自然に人が集まっている。
「真ん中になんかあんのか……?」
「行ってみようぜ」
人混みが囲っている真ん中には、予想どおり何かが飾られていることが見えた。
あれは……車?
1台の車が展示されていることが、人の隙間から確認できた。
「あ、ウラク!」
ウラクが人混みを強引に押し分けて進んでいった。
仕方なく後へ続く。
「うーわっ、マジかよ! おいレイ、これ見ろ!」
「え? これって……初代ヴィバームス?」
「ああ。しかも、当時のグランプリで常勝を誇った初代ヴィバームスVのレーシングカーじゃねえか」
「でも、なんでここに?」
「さあな、そこまではわかんねえ」
ヴィバームスといえば、この国のなかでも有名なスポーツカーだ。
およそ50年前に初代が発売されると高い価格にもかかわらず瞬く間に人気となり、その後のスポーツカーブームに大きな影響を巻き起こした。
その高性能ぶりはレースでも発揮され、専用開発された先進的なハイパワーエンジンは軽量コンパクトな他のレースカーをものともしなかった。
そしてレース活動休止までに立てた記録が、驚異の52勝。
初代ヴィバームスの存在は、車好きの中で伝説と化している。
その名車が今ここにあるのだ。
俺の目の前に。
数々のレースを勝ち抜いてきた堂々たる風格は、俺の心を虜にした。
時間が来ると、新入生は指示によって車を先頭側に並ばされた。
しばらくたつと、一人の老人がマイクをもって車の前に現れた。
「みなさん、おはようございます。本校ラ・スルス自動車上級校への入学を、心より歓迎いたします」
見た目で言えば70を超えている老人は、笑顔を見せて話し始める。
(あのじっちゃん、どっかで……)
(しっ。静かに)
ウラクが小声で喋るのを慌てて注意するが、俺にもどこか引っかかる部分はあった。
あの老人を全くの赤の他人だとは考えられないのだ。
「おっと、申し遅れましたね。私は本校の校長を務めています、ガトル・二ールソンです」
(えっ……?)
俺は息をのんだ。
周りがざわつく。
ガトル・ニールソンといえば、伝説のレーシングドライバーだ。
数々のレースで勝利をあげ、数えきれないほどの記録を作り、引退後も実況解説など様々な活動を行っている、あのガトル・ニールソン。
その存在は、まさに生きる伝説だ。
「ハッハッハ。私のことを知っている人も多いようですね」
周りが静かになった段階で、校長の話が再開する。
「この車も人だかりができるほどの人気でした。私にとっては、若い世代がレースの歴史を学んでくれる以上に嬉しいことはありません」
といって、展示されているヴィバームスのボディをなでる。
そうか、そういうことか。
あのヴィバームスは、校長の車なんだ。
ガトル・ニールソンは、初代ヴィバームスVのレースカーで連勝記録を作った第一人者だ。
だから、今ここに、生きる伝説と往年の名車が揃っているのだ。
こんなことってあるだろうか。
どちらか一方でも目にすれば、一生自慢の種になるほどの貴重な存在。
その両方が、目の前で新入生を歓迎してくれている。
ラ・スルス自動車上級校のレベルの高さを改めて思い知った。
「みなさんご存じの通り、この車は私が50年ほど前にサーキットを駆けた初代ヴィバームスVのレーシングカーです。せっかくですし、入学祝いと称して、エンジン音をお聞かせしましょう」
新入生から歓声が響いた。
こんな一生に一度あるかないかレベルの幸運だ。
俺も心して、全意識を耳に集中する。
キュイイイイン、とセルモーターの音がする。
一呼吸おいて――――――
ヴァァァアアアアアン!!
と旧車特有の荒々しいエンジン音が空気を揺るがした。
俺の耳を美しい爆音と快楽が襲う。50年前の名車には、今でも変わらない魂が灯っている。
こんな幸せがあるだろうか。
俺は喜びに打ち震えながら、名車を見つめていた。




