16.アルミ缶の杯
*1週間後*
「いよいよだな……」
「なに緊張してんだよ。絶対受かってるって」
「そう思ってて受かってないのが一番怖いんだよ」
「もっと気楽にいこうぜ」
試験の日と同じ電車に乗っている俺とウラクは、いうまでもなく合格発表を見るためにラ・スルス自動車上級校に向かっている。
1週間前の重々しい雰囲気とは違って、俺たちの間にはいつも通りの空気感があった。
それは二人とも絶対に受かってるという自信過剰な予測が生み出したものだが。
「ほら、降りるぞ」
目的の駅に着いた。
やはりこの世界の電車は速いので、時間感覚に慣れるまではもう少し時間がかかりそうだ。
駅を出てからラ・スルスへ歩いて向かう間にも、ウラクのマシンガントークは止まらない。
「楽しみだなぁ、俺ら来年から上級校生だぜ? しかも超エリート自動車校の」
「それは受かってから言えって」
「そういえばレイは寮入るのか?」
あ、すっかり忘れていた。
ラ・スルス自動車上級校はトップクラスの学校だから、各地から生徒が集う。
中には片道2時間以上かかる生徒もいるため、希望する生徒には無償で校内の学生寮が提供される。
寮に入ると朝食・夕食は寮の食堂で済ませられたり、ライセンス持ちの生徒は夜遅くまでサーキットを走れたりとメリットが多いため、ほとんどの生徒は寮生活するのだという。
寮に入る届出を出す期限は当分先だから忘れていたが、どうするか決めなければならない。
「ウラクはどうすんの?」
「俺は入るぜ。週末は帰る予定だから妹も大丈夫だろ」
「ふーん」
前世の兄貴も大学生活は最初の一年を除いて寮で過ごしていた。
気の合う仲間たちと寝食を共にできるのは最高に楽しいっていつも言ってたな……。
「んじゃ、俺も入ろうかな……って、まだ受かったかも分かんないのに何考えてんだ俺」
「だーかーら、俺たちは受かってんだよ」
「その自信はどこから湧いてくるんだ」
「レイ、お前受験前は自信満々だったのにどうした?」
「ウラクこそ――」
俺の声は、遠くから耳に飛び込んできたエンジン音にかき消された。
「ヤバっ、今日も走ってんのか」
「いいなぁ、ラ・スルスの5年生」
「早く合格発表見に行こうぜ!」
エンジン音によって刺激されたウラクは、早く見に行きたい一心で走り出していった。
仕方ないので俺も後を追うように走る。
はぁ、はぁ……。
息を切らしながらもどうにか追いついた。
「あ、やっと来たのかレイ。走らせちゃって悪かったな。まだ結構時間あった」
目の前を見上げると、合格者が書いてあると思われる大きな掲示板にはカーテンのようなものがかかっている。
時計の針は発表時間の5分ぐらい前を指していた。
「ウラク、てめぇ……」
と言いつつ、疲れ果てて殴る気力もない俺は座りこもうとしたが、地面にはもはやそのスペースすらなかった。
「相変わらず人多いな」
「そりゃぁ、あの名門校ラ・スルスだし。それよりまだ時間あるけどどうする?」
「休ませてくれ……」
「おう。んじゃ俺は飲み物買ってくる。何がいい?」
「なんでもいいけど炭酸はやめて」
「オッケー」
そう言うと、ウラクは走っていった。
何買ってくるつもりだろう……。
あいつのことだから、どうせ炭酸を買ってくるはずだ。
ウラクは無類の炭酸好きだが、走ったせいでまだ痛む俺の横っ腹に炭酸は相性が悪すぎる。
「ただいま。ほらよ」
ウラクが俺に渡した缶は、ウラクが大好きなエナジードリンクだった。
もちろん、炭酸。
「は?」
「ん? あぁ、ごめん。それ俺のだ」
そう言ってウラクは自分のと俺のを取り換えた。
絶対わざとだろ。
「まだ飲むなよ。合格祝いに乾杯するからな」
だから、合格したかはまだ――――――
「お集りの皆さん、大変お待たせ致しました」
アナウンスが響いた。
いよいよだ。
「本校、ラ・スルス自動車上級校を受験していただき、誠にありがとうございます」
「その7倍という倍率を勝ち抜き、見事合格を勝ち取った彼らの名前に拍手を送りましょう」
「こちらです!」
その声とともに、掲示板のカーテンが開いた。
周りからは歓声、拍手、泣き声、いろいろな声が飛び交う。
レーシングドライバー科と書かれた列の中にあるたくさんの名前の中から、2つを見つけた。
受験番号1532 レイナーデ・ウィロー
受験番号1194 ウラク・ダラーレ
ウラクも、同じく2つの名前を見つけて笑顔でこっちを見ていた。
俺は手を挙げ、ウラクも手を挙げ……
パン!!
という乾いた音とともに、俺たちはこれまでで一番のハイタッチを交わした。
「じゃ、宣言通りやるか」
「おう」
プシュッと栓を開けた俺たちは、勝利の宣言とともにアルミ缶の杯を交わす。
「「俺たちの合格に、乾杯!!」」
〈第二章 完〉




