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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
137/140

128.君は、俺の

 その幼い容姿から発せられているとは思えないほど冷たく淡々とした声色で、彼女は手元のリストに記されている項目を読み上げた。


「ロールケージ、スポット増し……剛性は問題ないだろう」


 カーボン地が剥き出しの黒いボンネットは開けられたままだ。狭いエンジンルームの中に、2つのタービンに挟まれた心臓が収められている。


「チップBの制御も完成だ。微調整は本人に任せるか」


 彼女はボンネットを閉めた。


「グルヴェイグのドグミッションは言うまでもない。足回りも、気に入ってもらえるはずだ」


 一切の溝がないスリックタイヤと共に履かせられたマグネシウム合金の5本スポークホイールの奥には、排熱用の穴が無数に開いたカーボンセラミック製のベンチレーテッドディスクと、それを咥える大型のブレーキキャリパーが見える。世界最高のブレーキメーカーと謳われるベレロス社の技術の結晶だ。

 そしてそれを支えるサスペンションは、彼女のオリジナル。しなやかでレーシーな風味に仕立て上げた自信作だが、やはり味見は本人にしてもらわなければならない。


「……そろそろか」




 *




 結局、レイはこの世界を現実だと受け入れた。理由は簡単で、いつまで経っても夢から覚めないから。

 ソレント先生からはしばらくの間は経過観察と言われて、記憶が戻る気配がなかったら、場合によっては――――――


「ただいま、エルマ!」


 そんなことを考えていたら、レイが帰ってきた。


「おかえり。どうだった?」


「ちゃんと取れた。どうよ!」


 レイの手にはしっかり運転免許証が握られている。魔法性健忘の診断を受けたレイは、再び運転するために臨時適性検査を受ける必要があった。といっても心配はしてなかったけど。


「ふふっ、よかったね。もうご飯できてるから、早く食べよー!」




 パスタをくるくると巻きながら、レイは何か考えているような顔つきをしていた。


「どうしたの?」


「……チームはさ、俺が走れなかったら、俺と契約してる意味がないよな」


「意味、って……」


 それはたしかにそうだけど――そんなネガティブな言い方、レイらしくない。

 ヴェントはドライバーやメカニックを信頼してるし、クラッシュで今すぐにレースに出れない状態になったからって、無意味だとは絶対に思わない。


「免許は取り戻せたけど……俺には記憶がない。チームが買ってくれたはずのテクも経験も、今の俺にはない。それに、マシンだって――」


 その時、テーブルの上のMysticaが光った。シビくんからのメッセージだ。


『いま街に入ったところ。もうすぐ着きそう!』


 ヴェントのガレージまでは近い。私たちも今から出ればちょうどいい時間に着くだろう。


「レイ、行くよ!」


「え、何?どこに?」


 私はレイの手を引いて立った。のんびり昼食をとっている場合ではない。

 あれ(・・)がついに完成したんだ。


「見せたいものがあるの。ほら早く!」


「今?だって、パスタ伸びちゃうじゃん……!」


 レイもしぶしぶスニーカーを履いて、脱力したまま外に出た。


 私たちがヴェントのガレージに着いた時には、キャリアカーの鼻先が角を曲がろうとしていた。

 思った通り、時間ぴったり。

 正面から向かってきているせいで、荷台が見れないのがもどかしい。


「あれだよ、レイ」


「ふーん……何積んでんだ?」


 キャリアカーの運転席に座っているシビくんは私と目が合うほど近くに寄せてから、一度切り返して敷地内のスペースにゆっくりと停めて、キャビンから降りた。

 黒いカバーをかけられた車が、荷台の上に座っている。


 シビくんと私は、言葉を交わすよりも先にそのカバーを脱がせた。




「――――――!」


 銀色のレーシングカー。


 ボンネット、サイドスカート、エアロパーツ――ところどころにクリアのみが塗装された黒いカーボン地がはみ出ている。ボディーラインと一体化したダックテールもよく似合う。

 ドアやフェンダーに黒一色で刻まれたロゴの数々。スクーデリア・ヴェント、AMT、ボイドロープ、他にもたくさん。

 前と後ろのナンバープレート以外は、全てがレースのために存在しているように見える。


 あなたに一番似合う車。あなたが一番好きな車。

 前と比べてずいぶん変わったのに、あなたはそれを知ることもなく、ただ車を見つめている。


 そう、まさしくこれが――――――




「……フェアレディZ」




 ――――――あなたの、相棒。




「見せたいものっていうのは……」


「うん、これ。レイのマシンだよ!」


「お……俺の、マシン……?」


 一心不乱に見つめていたレイが、急に走り出してZのすぐ前まで近寄った。

 隅から隅まで眺めるようにZの周りをぐるぐる回り、また急に止まったかと思うと、何歩か後ずさりした。

 呼吸が乱れているのが背中から見てもわかる。


 上下している肩に、私はそっと手を乗せた。


「ふふっ……シェイクダウンしよ?」


 レイの表情は和らぎ、口元は笑みをこぼしている。

 その顔。Zに乗る直前にいつもする顔。ようやく、見れた。


「ああ、行こう!」




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