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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
132/140

124.Did Not Fulfill

 



 *




『おや、セクター1でイエローです。何かアクシデントが――』


『ああああ~!クラッシュだッ!赤いマシン、レイナーデ・ウィローがカスカータで大クラッシュ!ドライバーは大丈夫か!?』


『水しぶきで確認しづらいですが、かなりの衝撃のように見えました。無事でいてほしいですね……』


『セーフティーカー……いや、赤旗だ!赤旗でレース中断です!』


『この状況では無理もないでしょう。今、メディカルカーが駆けつけて行きましたが……』




 *




『ウラク、赤旗だ。赤旗。スローダウンして、デルタに従ってくれ』


「チッ、マジかよ……」


 ツイてねえ。今ここで赤旗が出ちまったら、レイに対して築いたアドバンテージはどうなるんだよ。

 いや、レースはあと4周だったはずだから、雨が死ぬほど降ればこのままレースは終わる可能性もあるな。


「……?」


 バックミラーにいつまで経ってもレイが映らない。赤旗ってそんなすぐに減速するもんだっけか?

 これでもし俺がペナってたりしたら最悪だ。


 何秒経ってもレイが映らない。


『クラッシュしたのはすぐ後ろのレイナーデだ。デブリは気にしなくていいから、ピットまでは慎重に頼む』


「あいつが……クラッシュしたのか」


 レイはスリックだったはずだ。無理もねえ。絶望的なグリップだろう。

 ってことは、あのスピードのまま全開でカスカータに突っ込んで――――――!


「……大丈夫なのか!?」


『まだ情報は入ってきてない』




 *




「えっ、嘘……レイ……?」


 テレメトリーのグラフが大きく崖を作った。オンボードカメラは真っ黒に暗転している。その直前に一瞬だけ映った映像を、私は受け入れられなかった。


『おや、セクター1でイエローです。何かアクシデントが――』


 いつもは特に聞いてもいない実況が、頭に響くように鮮明に聞こえる。

 セクター1。嫌だ。




『ああああ~!クラッシュだッ!赤いマシン、レイナーデ・ウィローがカスカータで大クラッシュ!ドライバーは大丈夫か!?』




 無線のスイッチを壊れるほど強く押してただ叫ぶ。


「――レイ!レイ!!大丈夫!?返事して、お願い!」




『水しぶきで確認しづらいですが、かなりの衝撃のように見えました。無事であってほしいですね……』


『セーフティーカー……いや、赤旗だ!赤旗でレース中断です!』




「ねえ、レイ!お願い……!返事してよ……!!レイ!!」


 雨で目の前が何も見えない。何も聞こえない。


「嫌だ、やだ……やだやだ!レイ!!ねえ、レイ!!」






 *






 ――――――激しく揺さぶられる衝撃と、強い痛みを感じた。


 目を開けた世界にはエンジン音も、スピードも、安心感も、何もなかった。

 今まで一体何をしていたのだろうか。どうして俺は、こんなところに独りで――――――


 ああ、そうだ。クラッシュしたんだ。早く脱出しなければ。


 酷く歪んだ半開きのドアを肘で外側に押すと、引っ掛かりが外れて開いた。

 身体に力が入らない。俺は倒れるようにして車の外に転がり出た。


 どうして心臓が暴れているのだろう。


 立ち上がり、振り返ってさっきまで自分が入れられていた箱を見た。




 なに、これ。




 赤い残骸。雨曝しの、奇妙に拉げた塊。その中に俺が――いや、俺と――――――


 俺と、君がいたんだ。


 なのに、今はもういない。


 いない。俺のせいで。




 ああ、また(・・)だ。また(・・)やった。


 一回目は君に無茶をさせた。だから君は死んだ。

 二回目は俺が無茶をした。だから、だから、だから、だから――――――


 あんなに好きだったのに。ずっと一緒に走るつもりだったのに。最低だ。結局、俺は変わらなかった。変われなかった。


 右手で残骸に触れる。もう元の形はほとんど残っていない。


 俺のせいでこうなった。俺なんかのためにこうなったんだ。

 こんなに可哀想で気の毒な話があっていいはずがないと、まともな神経をした人間なら誰もが思うだろう。


 全部、俺のせいだ。




「ああ……ああああああ……ああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」




 俺はまっすぐ立っていることもできなくなっていた。

 何も見えない。息苦しい。呼吸ができない。






『……忘れないで。あなたは、私の――――――』






 *




 *




 **********************




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