124.Did Not Fulfill
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『おや、セクター1でイエローです。何かアクシデントが――』
『ああああ~!クラッシュだッ!赤いマシン、レイナーデ・ウィローがカスカータで大クラッシュ!ドライバーは大丈夫か!?』
『水しぶきで確認しづらいですが、かなりの衝撃のように見えました。無事でいてほしいですね……』
『セーフティーカー……いや、赤旗だ!赤旗でレース中断です!』
『この状況では無理もないでしょう。今、メディカルカーが駆けつけて行きましたが……』
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『ウラク、赤旗だ。赤旗。スローダウンして、デルタに従ってくれ』
「チッ、マジかよ……」
ツイてねえ。今ここで赤旗が出ちまったら、レイに対して築いたアドバンテージはどうなるんだよ。
いや、レースはあと4周だったはずだから、雨が死ぬほど降ればこのままレースは終わる可能性もあるな。
「……?」
バックミラーにいつまで経ってもレイが映らない。赤旗ってそんなすぐに減速するもんだっけか?
これでもし俺がペナってたりしたら最悪だ。
何秒経ってもレイが映らない。
『クラッシュしたのはすぐ後ろのレイナーデだ。デブリは気にしなくていいから、ピットまでは慎重に頼む』
「あいつが……クラッシュしたのか」
レイはスリックだったはずだ。無理もねえ。絶望的なグリップだろう。
ってことは、あのスピードのまま全開でカスカータに突っ込んで――――――!
「……大丈夫なのか!?」
『まだ情報は入ってきてない』
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「えっ、嘘……レイ……?」
テレメトリーのグラフが大きく崖を作った。オンボードカメラは真っ黒に暗転している。その直前に一瞬だけ映った映像を、私は受け入れられなかった。
『おや、セクター1でイエローです。何かアクシデントが――』
いつもは特に聞いてもいない実況が、頭に響くように鮮明に聞こえる。
セクター1。嫌だ。
『ああああ~!クラッシュだッ!赤いマシン、レイナーデ・ウィローがカスカータで大クラッシュ!ドライバーは大丈夫か!?』
無線のスイッチを壊れるほど強く押してただ叫ぶ。
「――レイ!レイ!!大丈夫!?返事して、お願い!」
『水しぶきで確認しづらいですが、かなりの衝撃のように見えました。無事であってほしいですね……』
『セーフティーカー……いや、赤旗だ!赤旗でレース中断です!』
「ねえ、レイ!お願い……!返事してよ……!!レイ!!」
雨で目の前が何も見えない。何も聞こえない。
「嫌だ、やだ……やだやだ!レイ!!ねえ、レイ!!」
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――――――激しく揺さぶられる衝撃と、強い痛みを感じた。
目を開けた世界にはエンジン音も、スピードも、安心感も、何もなかった。
今まで一体何をしていたのだろうか。どうして俺は、こんなところに独りで――――――
ああ、そうだ。クラッシュしたんだ。早く脱出しなければ。
酷く歪んだ半開きのドアを肘で外側に押すと、引っ掛かりが外れて開いた。
身体に力が入らない。俺は倒れるようにして車の外に転がり出た。
どうして心臓が暴れているのだろう。
立ち上がり、振り返ってさっきまで自分が入れられていた箱を見た。
なに、これ。
赤い残骸。雨曝しの、奇妙に拉げた塊。その中に俺が――いや、俺と――――――
俺と、君がいたんだ。
なのに、今はもういない。
いない。俺のせいで。
ああ、まただ。またやった。
一回目は君に無茶をさせた。だから君は死んだ。
二回目は俺が無茶をした。だから、だから、だから、だから――――――
あんなに好きだったのに。ずっと一緒に走るつもりだったのに。最低だ。結局、俺は変わらなかった。変われなかった。
右手で残骸に触れる。もう元の形はほとんど残っていない。
俺のせいでこうなった。俺なんかのためにこうなったんだ。
こんなに可哀想で気の毒な話があっていいはずがないと、まともな神経をした人間なら誰もが思うだろう。
全部、俺のせいだ。
「ああ……ああああああ……ああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」
俺はまっすぐ立っていることもできなくなっていた。
何も見えない。息苦しい。呼吸ができない。
『……忘れないで。あなたは、私の――――――』
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