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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
129/140

121.車走って地固まる

 



 *アウト=ファーニュ・サーキット*




「雨、止まないなぁ……」


「止まないね……」


 鳴り止まない雨粒の音。昨日の豪雨に比べれば少しは弱まったが、今朝になっても依然として降り続いている。

 本来レースというのは雨でも開催されるものだが、流石に雨量が多すぎて路面の至る所に水たまりができていたので、金曜日の走行セッションは中止となった。安全上の問題だから仕方ない。


 ガレージの外から、併催されるクラス3のサポートレースに向けてエンジンを暖めているマシンの音が聞こえる。

 レースはこのままスタートするようだ。するとその後に控えているクラス2選手権の予選も予定通り行われるだろう。


「さっさと止んで、乾いてくんないかな……」


 雨の予選ではアタックをするタイミングを見極めるのが何より重要になる。路面のコンディションが刻一刻と変化している中で、先を読んでアタックに臨まなければならない。次の瞬間に今より路面が乾いているか濡れているかは誰にも分からないのだ。

 それを上手く味方につけられれば、誰でも上位を狙うチャンスがある。


 とはいえスピンやクラッシュのリスクが跳ね上がるので、晴れるに越したことはないが。

 エルマも同意見のようだった。


「せっかくターボ付けたのに、雨じゃ踏めなくてもったいないよね」


「ああ、全くだ」


 練習したとはいえ、まだターボに完全に慣れきった訳ではない。濡れた路面だとトラクションがいつ抜けるか不安で、なかなかスロットルを開けにくくなるだろう。


「……もう!晴れろ~!!」




 *




「晴れた……?」




 それから何分としないうちに雨はすっかり上がったばかりか、さっきのサポートレースによって路面もほぼドライの状態に近くなった。流石は山奥のサーキットだ。天候は気まぐれ。

 しかし、グリップにはあまり期待できないだろう。ここから更にマシンが走行を重ね、摩擦熱によってタイヤの表面が溶けてラバーが路面に乗ってからが本番だ。つまりはトラックエボリューション――路面の進化(・・・・・)がタイムを向上させる鍵となる。


 にしてもこの分だと、どれだけ晴れていたとしても雨用のセッティングのことを考えておかなければならなそうだが、ひとまずはエルマに任せておこう。


「そろそろ予選だね。準備しよっか」




 *




 アタックラップに備えて、バックストレートで左右に捩りタイヤに熱を入れる。


「フィーリングは問題ない。ターボも……機能してる」


 それを示すように、ダッシュボードの上の三連メーターの針がまた動いた。

 一番右のメーターは過給圧を指すブースト計に換装してある。スーパーチャージャーを装備していた時から使っていたものだが、ターボとなると同じメーターでも針の動き方が違う。俺の目には新鮮――もとい挙動不審に見えるが、これが正しい動き方だ。

 こいつが上の方まで振り切れた時に、ターボの真髄が発揮されるだろう。


『うん、良さそうだね。前と後ろはクリア。アタック入っていいよ!』


 シケインを抜け、短いストレートの後に剣先のような鋭い右ヘアピン。これが最終コーナーだ。

 ボトムスピードをなるべく高く保ちつつ、しっかりトラクションを駆けながら脱出すると、待っているのは上りの長いホームストレート。

 その先に向けて、アクセルを踏み抜く。


 回転が上がる。排気がタービンを回す。空気を圧縮する。過給圧が上がる。――――――爆発的なパワーが生まれる。


 右足がアクセルから離れない。離したくない。このスピードを、もっと浴びたい。


 あっという間にホームストレートが終わり、名物コーナーのカスカータへと飛び込む。

 カスカータとは、古いティアルタの方言で「滝」。その名の通り、まるで滝下りのように急な坂を、左・右・左と切り返しながら駆け降りる連続高速コーナーだ。

 そして、進入の直前までは上りのストレート。つまりカスカータはブラインドコーナーでもある。

 俺たちはこのありえないほど急勾配の下り坂に位置するコーナーに、空しか見えない状態のままアクセル全開で突っ込んでいかなければならないのだ。誇張抜きに、この世界で最も狂ったコーナーだろう。


 坂の頂点を越える。途端に腰がシートから浮き上がるような感覚が俺を襲う。強烈な縦Gだ。

 身体が持っていかれないように必死に抗いつつ、荷重がフロントタイヤに乗ってピーキーな状態のZを押さえつけるようにして、一気にクリア。


 再び長いストレートが来る。


 最高速が伸びる。エンジンを回せば回すほど、力強く加速していく。

 6速。280、290、295――――――


 まだ踏んでいける。




 にしても、大きなサーキットだ。

 1周の距離は7kmにも及ぶ。ストレートを迎える度に、森の木々が後ろへ飛んでいく。


 Zがそのスピードで、全てを置き去りにする。




『2分18秒7……そんなにグリップしてないでしょ?すごいじゃん、レイ』


「まだまだ……!」


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