120.君だけのワンオフ
「オーケー。リフトの上だなァ……そこで停めてくれ」
薄暗いガレージの中の指定された位置にZを停め、エンジンを切って降りる。
リフトの周りには様々なパーツや工具がざっくばらんに置かれていて、あまり気持ちの良い場所ではない。
「どうしてこんな人里離れた郊外にガレージ建てたんだよ……」
「ん?……あァ、ここは貸しガレージなんだ。文句は分かるけどよ、結構安く借りられたんだぜェ?」
「にしても整理整頓ぐらいはさ……」
俺が不満を言っている間にガズルは倉庫の奥へと姿を消し、しばらくしてから大きな白い箱を両手に抱えて戻った。
箱の外側には乱雑に“TTK-411N173”と走り書きされている。
「よっとォ……コイツが“オールナイト”タービンだ。さっきも言ったが、コイツの存在はまだ公にしちゃいけねェ。ボンネットの下に収めたら、この事は一切話すなよ」
「分かってるって」
ガズルは自分の目に向けた二本指を俺の方に突き出して睨み、ゆっくりと箱を開けた。
カタツムリに似た形の、銀色に輝く二基のタービンが、梱包材に包まれて厳かに鎮座している。車に取り付ける部品というよりはむしろ、美術品のように見えた。宗教的な式典に使われる儀礼用のタービンというものがもし存在するとしたら、こんな感じなのだろうか。
「おお……!」
「ピッカピカだろォ?ミスリル合金だから錆びないし、熱でも歪まない。しかもバカ軽い」
そう言うとタービンは箱の中からひょいと拾い上げられ、それを抱えたガズルは俺に顎で指図した。
「じゃァ、ボンネットを開けてくれ。大体のスペースを見てから、周りのパーツを作ってくぜ」
そうだ――パーツを作らないといけないのか。
ターボ化に必要なパーツを一式取り揃えて市販されている車種用のターボキットとは違い、今回は必要なものを一からワンオフで製作する必要がある。これは重労働になりそうだ。
「どれどれェ……ちっと厳しいなァ。一回エンジン下ろすか」
「ワンオフでターボ化って、途方もない作業量になるんじゃ……?」
完成まで何時間かかるのか、俺には想像も付かない。ガズルはタービンを箱に戻して、ゆっくり伸びをした。
「覚悟の上だ。それでも、オレはコイツをアンタに託したいんだよ」
いつになくハッキリとした口調だった。ガズルの目を見れば、それが本心からの言葉であることはすぐに伝わった。スピードの為に全てを捧げる人間の目だ。
「……ありがとう。手伝えることは、何でもやるよ」
*
「あれ?Zがない」
私は空っぽの5番リフトを見上げる。シビくんが不思議そうに首を傾げていた。
「レイなら出かけたよ」
「ふーん……」
出かけてるのか。珍しい。だいたい普段は私も連れて行ってくれるか、一人で行くにしても行き先ぐらいは教えてくれるのに。
普段乗り用に借りてるフェンリルじゃなくて、わざわざ助手席のないZで出かけたってことは、静かなドライブ?
少しだけ気になって、私は手元のミスティカ――AMT社製の魔法通信機器――を起動した。たしかZのイモビライザーを登録したアプリがあるはず。現在地も見れなかったっけ。
画面に地図が表示されると、ややあってその上に赤い点が現れた。
Zはどこかに停まっているようだった。
指を使って地図を拡大する。場所はメディオラの、郊外?ここからはかなり遠いところだ。
うーん、郊外というにはあまりにも建物が少なすぎる。この辺りのだだっ広い土地には、畑と果樹園ぐらいしかないはず。
レイはこんな場所に何しに行ってるんだろう?
*
バチバチと溶接の音が狭いガレージの中に響く。
今ガズルの手によって目の前で作られているのは、エンジンの排気をタービンへと導くエキゾーストマニホールドだ。なるべく排圧を下げて抜けを良くし、スムーズにタービンが回るようにしなければならない。
「あのさ、なんでタービンに“オールナイト”って名付けたの?」
俺の口からふと出た疑問に、ガズルは保護面越しで応える。
「そりゃァもう、パワーとレスポンスが気持ち良すぎて、一晩中でも走りたくなっちまうからな」
ステンレス製のパイプの切れ端が台から落ち、甲高い音を立てて床に転がった。
素人目でも非常に精度の高い溶接作業であることが分かる。前々から思っていたが、一体彼は何者なのだろうか。
「……あと、アレが完成した時にはもう二徹してたから」
「えぇ……」
エキマニが作られている間、横に置かれた箱の中の銀色のタービンは随分と待ちくたびれているように見えた。
ターボの乗り味を想像してみる。
きっとアクセルを踏んでも、スーパーチャージャーのようにすぐに過給は始まらないだろう。少しのラグがあることは承知している。だから我慢して、アクセルを踏み続ける。
すると、一呼吸置いて、全身が吹き飛ぶようなパワーに背中を押される。
エンジンが回れば回るほど、パワーが出る。止まらない。爆発的な加速力と最高速が得られるはずだ。
もっと、もっと前に――――――
――――――ガラガラガラ。
「ん……?」
音がした方を振り返ると、ガレージのシャッターが外から開けられていた。
「あー!いた!!」
そう叫んだのは、俺のよく知る声だった。
「エルマ!?」
どうしてエルマがここにいるのだろうかと考えている内に、彼女は腰を屈めて半開きのシャッターを遠慮なく潜って来た。
「Zもあるし……え、なんでエンジン降ろしてんの?その男の人……誰?」
ガズルは作業を止めて手に持っていた工具を置くと、保護面を外して苦笑した。
「あァ、えっとォ……この少年のメカニックってとこだな。臨時の」
「どういうこと……?レイのメカニックは私!そのZも、私が整備してるの!」
まずい状況になってきた気がする。どう説明を始めたらいいものか――と焦っていると、ガズルが俺に一瞬だけ、都合が悪そうな視線を向けてきた。
そうか、タービンを隠さないと――――――!
俺はなるべく自然な動作でガレージの奥の方へ向かい、タービンが入った箱を雑多に積まれた梱包材の山の中に押し込んだ。
さて、どうしよう。この修羅場を切り抜けるのはカノム市街地コースのオープニングラップよりも難しい。




