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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
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116.渦巻く表と裏

「おい」


 海沿いのパドックを歩いていると、聞きなれた声に呼び止められた。

 単に用事があるという調子ではないようだった。


「なんだよ、ウラク」


 声の主はレーシングスーツの上半身部分を腰に巻き付けたまま、俺の目を真っすぐ見て言い放った。


「お前……わざと(・・・)やったよな?」


 よりにもよって嫌な予感は的中していたようだ。ああ、運が悪い。


「……俺の後ろにいたのかよ」


 予選で最後のアタックを仕掛けたラップ。その時、後方でウラクも同じくアタックに臨んでいたらしい。

 そして俺は途中でスピンした。ということは、その区間ではイエローフラッグが振られただろう。ウラクがちょうどそこに差し掛かっていたとしたら――彼は減速しなければならなかったはずだ。


 つまり、俺によってアタックを妨害された、と。


「いるのは知ってただろ。ホームストレートでお前のバックミラーに俺のイライザがバッチリ映ってるはずだぜ」


「アタックラップの真っ最中にバックミラーなんか見るかよ」


 馬鹿げている。アタックしていない時に後ろから来たマシンに道を譲るならともかく、俺は全力でプッシュしていたんだ。後ろに気を配る余裕なんてない。


「だとしてもだ。エンジニアからも伝えられてねえのか。だとしたら相当――」


「エルマは……!俺が集中してる時は一人にしてくれるんだ!」


 ウラクの予選順位は全26台中25位。といっても26位のドライバーはマシントラブルでそもそも予選に出走できなかったため、実質的には最下位だ。

 本来ならウラクは予選セッション序盤に暫定1位(ポール)のタイムを出していた。しかし、その走りは橋の先のシケインで縁石からはみ出していたらしく、トラックリミット違反としてこいつのタイムは抹消された。

 そして二回目のアタックはイエローフラッグによって強制的に減速させられ、失敗――ということか。


 俺を恨む気持ちは分かる。でも、ここはカノム市街地コースなんだ。クリーンなラップを刻めるチャンスはほんの一握りしかない。


「お前のラップタイムが抹消されたのはお前のミスだ。大体、こんな狭い場所で狙ってスピンできる奴がいるか……!」


 それだけ言って、俺はその場を後にした。これ以上は時間の無駄だ。


「さあな。例えばコース外に飛び出て相手にペナルティーを喰らわせられる奴なら、できるんじゃねえか?」




 ピットへ戻ると、エルマとヴェントのメカニック達が既に予選で得られたデータを整理してくれていた。

 明日の決勝までに戦略を立てて準備しておかなければ。余計なことをしている暇はない。


「あ、ちょうどよく帰ってきた。明日の第1スティントなんだけどね……」


 スティント、というのは連続して走り続ける単位のこと。例えば10周目でピットに入るなら、1周目から10周目までは第1スティント、11周目から次のピット(もしくはフィニッシュ)までが第2スティントとなる。


「前にいるのは2台、か……後ろが密集してたら、アンダーカットは無理だな」


 俺の予選順位は3位だった。ここは狭いコースでオーバーテイクしにくいから、相手より先にピットインして大きく順位を落とせばそこからまた上がってくるのは難しいだろう。


「うん。だからできるだけ長くタイヤを持たせてほしいの」


 つまりタイヤの消耗を抑えて、相手がピットインして前が開けたら全力でプッシュしてタイムを稼ぎ、余裕を持って俺もピットインするのが正解ということだ。


「やれるだけやるよ」


「でも、絶対に離されちゃダメだからね。前がピットに入ったら、すぐペースを上げてもらわないと」


「分かってる。……あれ、シビくんは?」


 予選が終わってから彼の姿を見ていないような気がする。カノムの街を優雅に散策か?


「なんか、行かなきゃいけないところがあるんだって」


「ふーん」






 *






「――悪くない。悪くない提案だ」


「そうでしょ?」


「だが……まだ足りないものがいくつかある。分かるな?」


「足りないもの……」


 彼は考える。何が足りないのか。欠けているものは沢山ある。

 マシン?エンジン?ドライバー?予算?時間?人材?技術?


「私の計画は、実現には程遠い。しかし……君が協力を申し出たこと、私は嬉しく思っている」


「……」


「ようやく動き出すんだ――」


 彼女はまるで彼の胸を刺すように言った。




「――失望させないでくれよ?」




「もちろん」


 彼が答えると、彼女は笑った。


「素晴らしい。素晴らしい……」


 そう言ってしばし恍惚の表情を見せ、下を向いた。


「ここまで時間をかけるのが惜しいぐらいだ。今すぐにでも次へ進められればいいんだが」


 彼女は小さく息を吐き、告げる。


「まずは試験段階から始める。君の出番はもうすぐだ。……彼にはまだ話すな」


「了解」


 彼女の後に着いて彼も廊下を進んでいく。その先の扉を開けると――巨大な風洞に繋がっていた。




「絶対に……答えがあるはずだ」




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