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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第五章 新天地にアクセルを
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99.さて、今夜の献立は

 



 *




 俺は小鳥の鳴き声と、近くの道路を古めかしい車が走る音で目が覚めた。

 フレームがわずかに歪んでいる窓から、朝日が斜めに射している。

 エルマは部屋にいないから、おそらくは共有のキッチンで朝食でも作っているのだろう。


 ここは旧市街の一角に位置する、共同住宅のようなアパート。俺たちが借りた部屋だ。


 ジルペインにいた頃はおっちゃんの店で寝起きできたからよかったものの、さすがにスクーデリア・ヴェントのガレージに住み込む訳にはいかない。

 ガレージまで歩いていける範囲の物件を探して、ここに入居した。

 バスルームとキッチンは共有。家具付き物件だというのにこの値段なのだから、文句は何もない。


 さて、今日は船で輸送されたフェアレディZをいよいよ受け取りに行く日だ。

 南の港まではここから車で2時間。行きはタッフィ555に乗り三人で港へ向かい、帰りは俺がフェアレディZ、エルマとシビくんはタッフィ555に乗って俺の後ろをついてきてもらおう。


「レイ、おはよう。朝食できたよ!」


「ありがとう、エルマ。任せっきりでごめん。夜は俺が作るよ。シビくんは?」


「その辺で散歩してるはず」




 今日の朝食はエルマが作ってくれた。ここでの生活が始まってから、エルマにはいろいろと重荷になっていることもあるはずだ。俺が支えられてばっかりでどうする――――――とため息をつきながら、日の当たる石畳の路地を歩いた。


 ふと目に着いた角を曲がると、色とりどりのカラフルな野菜や果物が並ぶ市場が景色を彩っていた。

 ここでは“メルカート”と呼ばれているもので、この国ではどんな小さな町でも決まった場所に週二回ほど、青空市場が立ち並ぶ。

 売っているものは新鮮な野菜、魚、肉、チーズなどの食品はもちろん、花や靴、衣類なども珍しくない。

 日常生活に必要な大抵のものは揃うので、どこのメルカートも毎回多くの人で賑わう。価格はスーパーマーケットなどに比べてかなり安く、鮮度も魅力だ。


 そんなメルカートの棚の前に、シビくんが立っていた。


「おつかいでも頼まれたのか?」


「え? ああ、おはようレイ。たまたま散歩してたら、見つけちゃった。せっかくだから何か買ってこうよ!」


「どれどれ」


 見たところ、カーヴォロが安そうだ。カーヴォロはキャベツのような野菜で、深緑色の分厚い葉が様々な料理に広く使える。

 とはいえ隣に置いてあるミカンも魅力的。酸味が少なくジューシーで、とにかく安い。いっそ1kg買ってしまおうか。どうせガソリン2Lと同じぐらいの値段だし。

 いや、キウイも捨てがたい。この季節なら熟しているはずだ。


「ねえ、あのイチゴとか美味しそうじゃない?」


「そうだね。旬だから全然アリ」


「そういえば、今チーズ切らしてるんじゃなかったっけ?」


「ついでに買っていくか」




 さて、両手に余るほどの食材を抱えてアパートに無事帰宅した俺とシビくんは、不安に駆られていた。

 エルマが部屋にいなかったのは不幸中の幸いか。


「買いすぎたな」


「ね」


 その瞬間、俺の脳裏に嫌な映像が流れた。

 帰って部屋の扉を開けるエルマ。どうも様子がおかしい俺とシビくんを横目に何気なく冷蔵庫を開けると、到底食べきれるはずもない大量の野菜と果物。

 振り返って笑顔で訊く。


『これ、どうするの?』


 ――――――怖いからこれ以上の想像はやめておこう。

 俺とシビくんはどちらから言うでもなく冷蔵庫に食材を全て隠すと、すぐさま着替えて身支度を整えた。


「……あんまり遅くなると面倒だから、早くフェアレディZを迎えに行こう。ほら早く」


「うん。そうしよう。うん」


 ちょうどその時。

 ガチャ、と不吉な音が心臓を締め上げた。


「ただいま。あ、二人とも帰ってきてたんだね。ごめん」


 シビくんが瞬時に犬の姿になり、走っていってエルマに尻尾を振った。ナイス足止め。

 俺もすぐに財布とキーを掴んで玄関に向かう。


「おかえりエルマ。そろそろ港に行こうか」


「え? もう行くの?」


「結構遠いから、日が沈むまでには帰りたいんだ。また迷うと困るし」


「わかった……」


 駐車場に停めてあるタッフィ555に急いで乗り込み、シートベルトを締める。

 やや遅れてシビくんとエルマも乗った。


「それじゃあ、出発」


 エンジンを掛け、サイドブレーキを降ろして道路に出た。


「レイ、港までどういうルートで行くの?」


「26番ハイウェイ経由で南下する。だいたい170kmあるから、結構かかるかな」


「なるほど」


 だいぶ生活に慣れた町の道路を抜け、のんびりアクセルを踏みながら俺は頭を限界まで働かせていた。

 どうするべきかずっと考え続ける。


 今日の夕食について。


 あの食材を少しでも食べて減らし、証拠隠滅しなければならない。しかし、俺があまりにも豪華な食事を作れば、怪しまれて本末転倒だ。

 後でシビくんと作戦会議しよう。いやエルマと献立についてそれとなく相談するのが先決か。

 最終手段としては近所の皆さんにおすそ分けするという手もある。


 ――――――どうにも俺は煮え切らない気分だ。

 せっかく久しぶりにフェアレディZと会えるのに、どうしてこんなことを考えなければいけないのか。




 あ、煮え切らないで閃いた。

 野菜を全部煮込んで具だくさんのスープにすればいいのではないか。




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