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2.

 もちろんですが、父上に乱を起こすつもりはありません。席を蹴立てたのは、侮辱を許すと思わせないためのパフォーマンスです。

 わたしは陛下と父上がハンドサインで、


「悪い、また明日」

「オッケー」


 というやり取りをするのを、しっかりこの目で見てました。

 以前父上に、『俺は陛下と手振りで話ができるぞ。練習したからな』とのお話を伺ったことがあります。母上は、「いい大人が何を子供じみた振る舞いを……」と苦言を呈されていらっしゃいましたが、やっぱり男のロマンは侮れません。教わっておいてよかったです。

 お陰でその夜のうちに陛下と父上の会談がもたれることが発表され、王都に張り詰めた緊迫は大きく緩和されたのでした。

 もちろんおふたりの間で協議されたのはあの昼行燈の処分についてで、それを受けて、時は今に戻ります。


 拳を握りしめたわたしが到着したのは、王宮中庭に建てられた四阿(あずまや)です。

 一見リラックスポイントに見えますが、周囲を池に囲まれたこの小屋へは、ひとつだけ架けられた橋を通ってしか至れません。つまり他者を容易に排せる、密談のための場所というわけです。


 お花畑にお住いの丸太ん棒様とその恋人は、毎日ここでのんびりランチを楽しむそうなのでした。まあ要するに周りの視線が痛くって、逃げ出してきているわけですね。

 でも、どうしてアレルシャ嬢が城内に留められているのかについては、疑問にも思わないのでしょう。ひょっとしたら自身の近衛騎士がぱったり姿を見せなくなったのも、「ふたりきりにするべく気を利かせてくれた」などと考えているのかもしれません。


 こうも頭の中が平和で豊かで素晴らしい婚約者様に――失礼、憤激のあまり言い違えました。元婚約者です。失態です。陛下の前でスカートの裾を踏んずけて、すってんころりんした時以来の大失態です――襟首掴んで揺さぶったら頭の中身がカラカラ鳴りそうなこのふたりに、海千山千の宮廷や聡明なる姉様が足元をすくわれたのは意外なことですが、背景が明らかになればそれも仕方のないことでした。

 あろうことかこの方々、王家と辺境伯の婚姻を妨害しておいて、そこに政治的目論見が皆無なのです。後ろ盾も展望もまるでなかったのです。

 あるのはただうちの姉様を蹴落としたい、見下したいという欲求。驚いたことにそれだけでした。


 アレルシャ嬢は、突然宮廷にやって来て周りから賛美される姉様が気に食わなかったのだとか。だから嫌がらせをして屈辱を味わわせたい。びっくりします。子供ですか。

 旧婚約者殿は姉様の優秀さが気に入らなかったそうで。一目惚れした相手のどこをとっても、自分はまるで敵わない。どうにか鼻っ柱を折って、どちらが上であるかを思い知らせてやりたい。その口から賛美されたい。


 開いた口の塞がらない動機です。特に後者は言語道断です。我から太陽を掴んで火傷したと泣きわめくような、見下げ果てた愚かさです。称賛が欲しいだけなら、褒め言葉だけを仕込んだオウムとでも華燭(かしょく)(てん)を挙げていればいいのです。


 まあ要するに、目的が小さすぎる上にふたりだけで完結していたので、誰にも漏れなかったというわけですね。

 古くから、「馬鹿ほど怖いものはない」と申しますけど、まさに至言と感じ入りました。想像力のない人は、何をしでかすかわかりません。


 そうして四阿側の橋の(たもと)で、ふんすふんすと鼻息荒く待ち構えていると、ついにバカップルの姿が見えてきました。

 お互いしか眼中にない彼らが橋の中ほどに差し掛かるのを見計らい、わたしはひらりと躍り出ます。


「何奴!?」


 第二王子が咄嗟にアレルシャ嬢を背に庇う動きを見せたので、わたしはちょっぴり感心しました。

 一応、今のは褒めておいてあげましょう。


「む、そなた、マーガレッタの……。そうか、ようやく己の罪に気づいたか。私と直接顔を合わせるのを恥じて、妹を使いに出したというところか」


 ……と思ったらこのお言葉です。もぎとりますよ? 辺境伯家の大暴れ猿とはわたしのことですよ? やると言ったらやりますよ?

 ちなみに猿云々は自称です。気に入りのネーミングなのに、誰も呼んではくれないのです。母上には、「もっと可愛らしく。せめて狂犬にしておきなさい」と叱られました。


「ならば姉に伝えるがよい。私の妻はアレルシャにもう定まっている。だが犯した咎を償う気持ちがあるのなら、それを容れぬ私ではない。側室として侍り、国の事業に関わっていくことを許そう」


 何言ってるんですかこの人。

 それって姉様を妾呼ばわりした上で、面倒な王家の仕事は全部押しつけてやるよ宣言ですよね。

 馬鹿なんですか? ああ、馬鹿なんでしたね。


「お、おい? 聞いているのか?」


 にっこり笑顔を貼りつけたまま無言で近づいてくるわたしに、脳カラ様も流石に不穏を感じたようでした。アレルシャ嬢を背に守るまま、一歩後ろに下がろうとします。


 でも、もう遅いです。既にわたしの間合いのうちです。

 残る距離をすいと縮めて、わたしは一足一刀の間境(まざかい)を踏み越えます。

 反応もできない間抜け面めがけて左のジャブを二発。これで丁寧に距離を測って、鼻の頭めがけて全力のストレートをお見舞いです。こんちくしょうは、「ぐぺ」と蛙のような悲鳴を上げて、鼻血を撒き散らしながらざんぶと池に落ちました。他愛なし、です。

 あ、ご安心ください。拳を痛めない殴り方は淑女の嗜み。わたしには傷ひとつありません。

 姉様を守るべく特訓を重ねましたので、わたしの令嬢力はなかなかのものなのです。「惜しい。お前が男だったらな」と、父上がお褒めくださるくらいですから。


「な、なんてことを!」


 それにしても、気持ちいいくらい綺麗に入ってしまいました。どうやら蒟蒻(こんにゃく)者様は、武芸に関して素人のようです。貴人であるというのに、嘆かわしい。そんな体たらくで、もし姉様に窮地が迫ったらどうするつもりだったのですか。一目惚れの相手も守れない男だなんて、へそが茶を沸かします。へそ茶です。

 ちなみに今のストレート、陛下ならヘッドスリップで余裕の回避間違いなしです。父上だったら、カウンターで切って落としていらしたでしょう。


「辺境伯の娘風情が、殿下にこんな真似をしていいと思ってるんですの!?」


 ご心配なく。今日これから起こることに関しては、「全て不問に付す」と陛下より言質を賜っております。

 口でそう伝える代わりに、わたしはにっこり笑んで見せました。


「何よ。何とか言ったらどうなの!? 妹だけあって、あの高慢ちきな女にそっく……」


 わたしの沈黙を怖気と受け取ったらしく、彼女は更に言い募るべく舌を回そうとします。

 その頬へ、わたしは平手打ちを炸裂させました。女の子の顔にぐーを叩き込むのは、やっぱり気が引けますからね。

 左、右、左、右、左とわたしの平手が二往復半したところでアレルシャ嬢がくずおれたので、その肩を蹴っ飛ばして、第二王子の隣に落としました。

 この寒空です。きっと揃ってお風邪を召すことでしょう。ざまあありません。襲撃のロケーションを吟味した甲斐があるというものです。


「そなた、私にこんなことをしてただで済むと思っているのか! 辺境伯の首程度、いくらでも()げ替えられるのだぞ!」


 復活した第二王子が、尻もちの格好のまま馬鹿を喚きます。

「ただで済まない」の他に言葉を知らないようでしたので、


「それはこちらの台詞です」


 三度目の笑顔で、わたしはばっさり切り捨てました。


「姉様を、イスフィール家を侮辱しておいて、この程度で済むとお考えなのですか? まさか、もう終わりだと勘違いを?」


 そのまま一歩欄干に近づくと、ふたりは、「ひッ」と悲鳴を漏らし、抱き合って震え上がりました。

 悲しいかな、言葉での教育は、鞭のそれに及ばないようです。

 わたしは腕を組んで見下ろしながら、聞こえよがしのため息を()いてみせました。


「両陛下は、甚く御歳を召したご様子に見えました。アレルシャ様のご両親も、此度(こたび)の件で真っ青になっていらしたと伺っています。大変にお(いたわ)しいことです。お二方(ふたかた)とも、以後は親孝行に励まれますよう」



 数秒して、ようやくわたしの言う意味が染みたのでしょう。

 どうやらこれ以上の暴力はないと見て、ふたりが胸を撫で下ろす気配がしました。

 なので、


「次は、ありませんから」


 その一瞬の安堵を穿って、もう一回、笑顔をねじ込んでおきました。

 あら、あら。震えるほどにお寒いのなら、早く水からお上がりあそばせ。


 このしばらくのち、貴族の男性が婚姻相手に望むことの第一が、「シスコンの妹がいないこと」になったと風の噂に聞きました。もちろんそんなの、わたしの知ったことではありません。



 *



 ひと仕事を終えて王都の屋敷に帰ると、使用人たちのみならず、父上までもがわたしを迎えてくださいました。

 門前に見知った紋章の馬車が停まっていたので、父上に「首尾は?」とお尋ねしたところ、黙って親指をお立てになられます。大成功の模様です。

 喜び勇んで邸内へ駆け込むと、中庭が見える窓の(きわ)に立つ母上が、静かにわたしを手招きました。足音を忍ばせつつ応じれば、見えたのは予想通りの光景でした。

 ええ。姉様とディック様が、少し気恥ずかしげに、でも寄り添って笑み交わされるお姿です。


 ディック様はウィンブリー男爵の御子息で、ウィンブリー領といえば名馬の産地として知られています。多くの騎馬を必要とする我がイスフィール家とは、長く友誼を結ぶ間柄なのです。父上が愛馬とする駿馬(しゅんめ)だって、男爵家から贈られています。

 商売の上でも友誼の上でも頻繁な行き来があるので、ディック様とわたしたち姉妹は幼馴染と言っていい仲なのでした。


 ディック様は姉様と同じく頭が切れて、でも冷たかったり人を見下したりは決してしない、ものやわらかな男性です。

 でも柔弱(にゅうじゃく)というわけでは決してなくて、馬術も槍術も父上に迫る腕前です。御父君についてあちこち旅されているのもあって、立ち回りも洗練され、大人びています。

 なので彼の来訪があると、わたしたち姉妹はその後をついて回って、見知らぬ土地の話をせがんだり、遠乗りに連れ出したりしてもらったものでした。


 はい。お察しの通りなのです。

 姉様とディック様は、幼い頃より想い合う仲。第二王子のあんにゃろめの横槍さえ入らなければ、きっと結ばれていたはずのふたりでした。

 なのでわたしは元婚約者様を殴りに行くその前に、ウィンブリー邸を訪れていたのです。そうして御父君の代理として王都にいらしていたディック様のお尻を、「チャンスは今です! 今しかありません!」と蹴飛ばしておいたのでした。

 初恋が実らないなんて嘘です。

 諦めなければ、ふたりの想いがあれば、それはきっと叶うのです。

 男爵と辺境伯という身分差は障害でしょうが、事実はどうあれ、姉様は王家から婚約破棄された身の上です。世間的には傷物で腫れ物です。この世評は、ふたりの恋路に上手く働いてくれることでしょう。


 意を決した面持ちのディック様が何事かを告げ、姉様はそれに、含羞(はにか)みながら頷きました。

 ふたりの手が繋がれたところで、母上がわたしをぎゅっと抱き締めました。なんですか、もう。

 

「頑張ったわね」

「頑張ったな」


 いつの間やら父上までやって来て、わたしの頭をわしわしと撫でます。やめてください。子供ではありません。

 じたばた両親から逃れると、


「父上も母上も、いつまでも覗きはいけませんよ。姉様たちに気づかれてしまいます」


 あとは若いふたりに任せて、お邪魔虫はクールに去るといたしましょう。

 言いながら窓から離れ、最後にわたしは、もう一度だけ振り返りました。

 姉様と未来の義兄(にい)様へ、心の中だけで囁きます。

 お幸せに、姉様。

 それから――さようなら、わたしの初恋の人。


 ではでは皆様、ごきげんよう。

 わたしはこれから自分の部屋へ、ちょっぴり泣きに行ってきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても楽しく読めました。殴り倒すのが令嬢力とは。 短くすっきり読める良い作品でした。
2021/08/20 00:28 退会済み
管理
[良い点] 妹様が男前で惚れます。 [気になる点] 辺境伯家は、姉様が継ぐのでしょうか? どちらかと言えば妹様が婿取りした方が、武門として名が上がりそうな…
[一言] 妹さんが可愛いのでほっこりしました。 初恋の人に発破かけるなんて健気すぎる! 妹さんのハッピーエンドも見てみたいです。
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