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第十三話 転生者(メモリー・ホルダー)/風はかれが起こすもの

 ――ところで、話は少し変わるのだが。


 松千代は今生において『神霊のくれた特殊能力』がある。


 松千代自身はそのような特殊能力が付与されているとは知らない。


 いわゆる『転生特典』――転生に際し、神霊、あるいは、それに類する超越者から、なにがしかの祝福、または、呪いを受ける、というものだ。


 人間視点での超越者による特殊能力の付与は、なにも『転生』を絶対条件とはしない。『転移』とか『気に入ったから』とか『封印を解いたから』、など、さまざまだろう。


 超越者の存在・種類、あるいは超越者の存在する世界(宇宙といってもよい)の環境によって、どのような能力が付与されるかが左右される。


 早い話、能力付与のあり方は千差万別で、人間にとってメリットのみのケースがあれば、メリットとデメリットが併存するケース、または、どのように考えてもデメリットのほうが大きいケースもある。


 これは、あるいはクトゥルー神話などの世界観をご存知の方なら、あえて説明するまでもないだろう。超越者と一口に述べても、人間に好意的かどうか、仮に好意があっても、どのような生態(魂態こんたい?)をしているかで、か~な~り、結果に違いが出てくるわけだ。


 今回のケースは、松千代の前世・佐伯千秋さえきせんしゅう(享年十六。行年十五)が、徹夜のしすぎで逝去した際、まったく偶発的に発生していた周辺の霊道の故障による、神霊側の対処が、結果として『転生者』を生んだ。いわゆる事故である。


 松千代が神霊とのコンタクトを認識できていないことから分かるように、今回の場合、人間と超越者の存在する次元が違いすぎ、一方から認識できても、一方からは認識できず、結果として、超越者サイドから一方通行の特殊能力の付与となった。


 話は松千代の乳児期にさかのぼる。


 父母に連れられて『ぶぶぅ~。あぶぅ(お出かけかぁ? 目がよく見えないから、お出かけされても、おぼろげにしか分からん)』とか言いながらお宮参りをした際、


『あれこの子、転生者(メモリー・ホルダー)? ……ハァッ! 転生者ッ!!? お、おおお、大神さま~!! たいへん、たいへんです~!』


 と、土地の神さまが驚き、文字通り飛びあがって、より上位の神さまのところへ飛んで行った。


 このように、この宇宙の超越者は細かく担当地区が定められ、それぞれの管掌の範囲で世界の管理にあたる。もちろん、実際には文面ほど整然と区分されてはいない。次元の異なるもの同士で、協調関係や敵対関係にあるため、けっこう勢力が入り乱れている。人間の都合もからみ、管掌の拡大・縮小・移動がなされる場合も多い。


 ともあれ、


『転生者・北条松千代丸/備考・並行世界の出身。事故のため魂の浄化がなされておらず、守護霊も配置されていない。今生の計画もまったく立てられておらず、寿命が安定していない。今後の円滑な輪廻転生を考慮し、いくらかの加護が必要』


 という、イレギュラー案件に対応する必要に駆られたのは、土地の神々であった。


 末社の神さまの報告を受け、ヴィジョンの共有をおこなった大神さまは、部下と同様の反応を示し、驚き、飛びあがったひょうしに雲を突き抜け、天空を飛翔する竜をついでに驚かせた。


『ほんとだぁ!!! うわ~。宇宙(広義)の神さまのほうで事故があったんだなぁ――仕方ない。特典をあげますか!!』


 と天空から舞い降り、大社の上空で思案した大神さまより、松千代はこの時点で『転生特典』をさずけられていた。


 転生特典、つまり、特殊能力の中身は、


『運気の入れ替えの速さ』


 である。


 不運は避けられない。いかに宇宙(広義)の孤児みたいな転生者であれ、不運そのものを避けるような、けた外れの特殊能力はあたえられない。世界の管理者として、いかにかわいそうに思っても、自然に反することはしてやれない。生命にいつか終焉がおとずれるように、運不運もめぐる。


 この転生特典があれば、不運は避けられなくても、幸運がおとずれるのも早くなる。


 パッと不運がきたかと思えばパッと幸運がきて、さらにパッと不運がくる。不運のまま停滞こそしないが、幸運になまけてるとアッという間に不運がくる。したがって、


『魂を観た感じ、あきらめの悪さだけは人一倍あるから、運の通気をよくすること自体が、先行きを示し、守護霊の代わりになることでしょう!』


 との考えであった。


 言い方を変えれば、


『あきらめさえしなければいつか運が開ける能力』


 であった。


 あえて松千代の好きそうな、中二病な能力名にすれば、


『竜巻運気/スエルテ・デ・ウン・トルナード』


 とかか。読みはまったく関係ないが、スペイン語である。


 カメラを天文十七年(一五四八)一月、韮山城・評定の場の松千代にもどそう。


 ◇


「若さま、少し――」


 近習筆頭兼守役の山角康定(上野介こうずけのすけ)が、ささやいた。


 康定は童顔に類するのだろうが、目つきや動作が鋭いので、さほど他者からなめられない。松千代の守役――この時代の武家の教育係とは、おおむね、補佐を任された若君と命運をともにする仲、という意味でもある――だけあって、中央からの派遣組のエリートでありながら、松千代に個人的忠誠を誓っている男であった。


 端的に述べて、秀才肌である。


 なお、康定の次弟・定次さだつぐは、色黒で角ばった顔の武人肌。末弟の定勝さだかつは、逆に、色白で額の秀でた温厚そうな青年。この山角家の三兄弟が松千代の最古参の家臣、現状の韮山領の三幹部である。あえて異名をつければ『三執権(しっけん)』であろうか。


 このような古参家臣、つまり部屋住み時代からの側近グループの統御に問題はないものの、さして近習・小姓衆の雇用は増えていないのだから、新規事業の展開とともに人手不足に陥るのは必然であった。


 松千代としても頭を抱え、小田原宗家に『人材融通して?』という意味の音信はおくっているが、基本『あとで』という意味の返信しかきてなかった。この場合の人材とは侍層。ほぼ南関東全域を戦場とする小田原北条家の各戦線に余裕らしい余裕はないのである。


「……仕事ですか、上野介?」

「いえ、来客でござる。大殿(氏康)の書状を持っておりますれば、早急に引見なされるべきかと思い、ご無礼をいたしました」


(康定ってばいつもかっこいいなぁ)


 と、松千代は思い、ひそかに康定のしゃべり方を参考にしつつ、


「笠原のジイ。清水のジイ。少しよいですか」


 キリッとした口調で断って、白熱の議論を止めた。


「私は少し退出しますので、評定は四半刻(三十分)ほど、あとにしましょう。アッ。それから、小姓~。田中く~ん。ちょっと。……みなにお茶の手配を頼めますか? お茶菓子も? 気が利きますね~。はい。じゃあ、それで。よろしくお願いします!」


 松千代は小姓にみなへの気配りを頼み、肩を叩いて笑顔で任せ、廊下へ向かった。笠原・清水の両ジイ(といっても、ふたりの年齢は四十歳に届かない)が瞠目し、震えている。


 なぜなら、松千代の気配り――現代人的にはさほどの気配りではないと思うが、戦国人的には親しさがマックスチャージであった――に、感動したからだった。


「……なんと、あの年で古今無双の侍大将のようなふるまいとは。まったく、まったく、将来が楽しみですなぁ――」

「おう、まっこと――」


 と、両ジイは言い交わし、ふとお互いの意見対立を思い出し、あたふたと視線を外した。議論にケリがつくまでは、お互いに幕僚の意見を背負わねばならないのだ。


 松千代は歩きながら、康定から報告を受けていた。


新参しんざん衆、ですか」

「そのようなおおせです。若さまはすでに韮山城代。伊豆国の総代官でござる。手勢を増やす必要は認めるものの、譜代ふだい家臣には与力よりき(人材派遣)を出す余裕がないため、牢人ろうにんをつかわす、との大殿よりのお達しにございます」


(要するに、高級傭兵(元々が武家のフリー人材)をやとって、戦力の強化をしなさいよ、という……こと……か……――?)


 中庭には、何人かの男たちがいた。松千代の視線はひとりの男――松千代の引見を前に、着物こそととのえられているものの、どこか、くたびれて見える。壮年で、総髪の侍。頭にも、肩にも、雪と苦労が降りかかっている――を見つめた。


信州しんしゅう牢人・真田さなだ弾正忠だんじょうのちゅうと、その一族。および、郎党とのこと。おあらためください」


 一瞬、山角康定がなにを言っているか、松千代には分からなかった。えらいビッグネームが聴こえた気がした。幻聴だろうか? 松千代はなにか『ドエエ~ッ!?』とでも叫びそうな、妙な顔をしていたことだろう。かろうじて、口をパクパクさせるにとどめた。


 康定はかしこまり、目を伏せていたため、気づいてないようだったが――うやうやしく、氏康からの紹介状を差し出してきた。


 松千代は紹介状を受け取って流し読み、天をあおいだ。


「な、なるほど――」


 どもった声が出た。『信州牢人・真田弾正忠』を頭目とした流浪の武家集団の姓名ひとつ、ひとつがならべられている。見覚えがあった。やばいくらい、あった。


『真田は見どころがあるから、気に入ったならやとえ』という意味合いのことが書かれている。『松千代おまえがやとわないのなら、氏康わしか、一門の誰ぞのところでやとう』とも。つまり、相模の獅子が面談し、認めた人材であった。


(ヤダ! いかに今生の父さん、氏康公とはいえ、『真田一族』をとられるのは、すげえヤダ!! やとうよ! 当然でしょ!?)


 松千代は大あわてで、康定に『目通りを許します!』と、食い気味に通達した。康定は松千代に敬意を示したあと、姿勢を正し、庭に声を張りあげた。


「相模太守さまのご次男・韮山城代・北条松千代丸さまにあらせられる。御方おんかたの格別のおはからいによって、目通りを許す。おもてをあげられよ!」


(ああ――)


 松千代はため息をついた。わけは分からないが、自分はなにか重要な決定をしたのだ、と思った。


「真田弾正忠幸綱(ゆきつな)。および、我が一族郎党にござる。韮山殿にお目通りがかない、恐悦至極に存じます――」


 なんてことのないあいさつ。見栄えのしない侍。でも、不思議な『気』を放っていて、まなざしだけが、宝石のようにきらきら輝いている。一般には『幸隆ゆきたか』の名で知られよう。あるいは、大坂夏の陣で散った、名高いつわものの祖父の名として――。


 自分はかれの名前を知っている、と松千代は思った。とりあえず、松千代の機嫌はよくなった。声をかける。


「幸綱か! よく参りました!!」


日本ひのもと一のつわもの』真田信繁(のぶしげ)幸村ゆきむら)の祖父。『表裏比興ひょうりひきょうのもの』真田昌幸(まさゆき)の父。ほか、優秀な真田一族の事実上の開祖、あるいは兄や伯父である。


 本来、甲斐武田信玄(しんげん)晴信はるのぶ)を支え、信濃~上野こうずけ戦線で活躍する知将が、なぜ、ここにいるのだろう――。


 思いながら、松千代は庭先に降り立った。喜悦が先にあった。この際、ミーハー感情でもなんでもよかった。自分はあなたを歓迎している、と伝えたかった。


 足裏が雪にさされ、泥に汚れるのもかまわず、真田幸綱の眼前に立つ。手をさし出した。そうしてから気づいた。ああ、これ、絶対、苦労する。間違いない――。


 松千代はさえていた。確実な未来予想であった。英雄を配下に加えるのに、苦労しないほうがおかしかった。『竜巻運気/スエルテ・デ・ウン・トルナード』であった。松千代は転生特典ギフトの存在を関知できないけれど、自分の運命のあり方を肌で感じていた。


 永遠とも思える空白のあとで、松千代の手に荒れた壮年の手が重ねられた。


 男は震えていた。ふと、男の、宝石のようなひとみから、涙がこぼれる。なにがあったのか。たぶん、なにもかもがあったのだが――男は涙の向こうに気炎を見せた。急に男ぶりのあがった表情で、ニッと笑い、これはそう、手土産がわりに……そんな口調で言うのだ。


「……道中、安房里見家の横暴は聴きおよんでおり申す。さりながら、いかなるお家も盤石とは言いがたし。これは我が経験から導き出せるものでござるが――万全の勢力などなきものにござる。この真田幸綱にいくばくかの銭と人数をお貸しいただけるのならば、安房里見家中に調略のアミを広げたいと存じますが――さて、お若い御殿おんとのさまにおかれては、いかに?」


 つまり、将来、形成されるであろう、韮山軍団の参謀長となりうる男の建策――悪いおとなの謀略案であった。


 松千代はいろんな意味で子どもだから、真田幸綱の存在は、きわめて重要な意義……政策の幅ができる、という、すぐれた価値があった。


 少なくとも、選択肢オプションの追加は、現状、松千代の望むところ。のちのことを述べれば――後世視点、北条氏政(うじまさ)の覇業の根幹、その多くは、韮山領の統治期に見出すことになるだろう。


 たとえば、こうだ――『氏政は既存の武家官僚団に行政・司法を任せ、新規参入組を軍事に起用することが多かった。新規雇用組の経歴が問われないのは、こと勢力拡大の観点で都合がよかった。


 他家ならば門前払いされ、あるいは足元を見られるのが関の山でも、氏政の率いる小田原北条家は、ちと違ったからである。


 これは比較相対的な優位でしかないが、労働力の新規参入に関して、家格秩序という制限をもうけるお家の多いなか、氏政の率いる小田原北条家は、いち早く制限撤廃に動いたようなものだからである。


 これは、生まれによって職を制限する他の戦国大名家とくらべれば、仕官、あるいは亡命先として、非常に魅力的である、ということを意味した。日本全国の各種資本・人的資源の小田原北条家への流入を可能とさせる氏政のやり方は、かれとそのお家に最終的な勝利をもたらすことになる』……とか、だ。


『もちろん、かれとそのお家にかかる苦難を想えば、韮山時代からはあまりにも遠い道程であったが』と、補足はできよう。

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