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第三十六話 この街を出よう

 僕はフィオーレにぶん投げられて空を滑空し、水の精霊魔法による斬撃でなんとか邪龍を倒すことに成功した……


 「ノゾム、ノゾム大丈夫?」


 「……う、うん、大丈夫……だよ……」


 本当はすごく怖かった……僕は特別な力など持っていない。魔法だって今はじめて使ったくらいだ。

 それが巨大な龍相手に戦ったのだ。怖くないはずがない。

 空を飛んだせいでもあるだろうが、恐怖で足がガタガタと震え、立っているのも正直つらい。ふらふらする……歩けるかどうか怪しいところだ。

 あまりにも足がガクガクとしてついには膝から崩れ落ちる。倒れ込まないようになんとか手を地面につける。


 「はあッ……はあッ……」


 「ノゾム!! 本当に大丈夫!?」


 思っていたよりも無理をしていたようだ。足が竦んでいる。

 頭も少し真っ白になっている気がする。


 「はあ……はあ……大丈夫……なんとか……」


 僕はなんとか立ち上がる。


 「ノゾム……」


 「大丈夫……どうにか歩けそう……」


 しかし、冷静になってきたところでまた疑問が生じる。

 あの龍は何者だったのだろうか……勇者や魔王のことを知っていたようだが……

 そして最後に何か気になることを言っていた。

 あの炎……魔王を倒すために必要だという……あの炎とは何のことだろうか……


 僕がそう考えているとフィオーレが話しかけてくる。


 「ノゾム……一緒に戦ってくれてありがとう……ノゾムの気持ちが嬉しかった」


 「フィオーレ……」


 フィオーレは少し悲しそうな顔をしている。無理もない、自分のせいで被害が広がるかもしれなかったのだから……


 とにかく龍を倒したのだ……この街の被害が広がることはないだろう……


 戻ろう……みんなのところに……


 「あ、そうだ。水の精霊様に力を貸してもらったんだよ」


 「あれが水の精霊魔法なのね、あんなにすごい魔法は見たことがないわ」


 「水の精霊様、ありがとうございます」


 「いえ、私は大好きなこの街を守りたかっただけ……協力してくれたあなた方に感謝しています」


 精霊はそう答える。


 「ねえ、精霊様はなんて言ってるの?」


 「うん、僕たちに感謝してるって」


 フィオーレには精霊の声は聞こえていない。


 「僕、はじめて魔法を使ったから驚いたよ」


 「そうだったのですね。私も全力でサポートしましたから……なんとかなって一安心です」


 僕が魔力を消費せずに強力な魔法を操れたのは水の精霊様が全力で力を貸してくれたからだと言う……ありがたい……


 「その……精霊様、これからも僕たちに力を貸してくれないかな……僕たちは魔王を倒すために旅をしているんだ」


 「ええ、分かっています。あなた方は勇者と導かれし者……しかし、力を貸すことはこれ以上できません……」


 精霊はそう答える。


 「なぜ? 僕がお祈りしたときに助けてくれるって言ったよね?」


 「ええ、あなた方の力になりたいのは本当です……この街に何か不穏な気配を感じ、この街を守るため力を貸すことを決めました。そして、あなた方の旅に力を貸すことも考えました……しかし、この街の惨状を見たらどうしてもこの街を離れるわけにはいかなくなってしまったのです」


 「うん……この街は凄まじい被害を受けた……あの美しかった街がこんな風になってしまうなんて……」


 僕はあの美しかった街が被害を受けたことに心を痛めた。しかし、旅に同行してもらいたいのはたしかだ。僕は精霊にもう少しだけ聞いてみることにした。


 「あの……図々しい話かもしれないけど、力だけを貸してくれることってできないかな? 離れていても魔法は使えるようにするとか……」


 「ええ……それも考えました……しかし、私はこの街の復興のためにそちらに力を注がなければならない……見守らなければならない……ごめんなさい……あなた方の力になりたいのは本当です……しかし……無理なのです」


 「あ、いや、いいんですよ。こちらこそ力を貸してくれてありがとう。改めて礼を言うよ」


 「すみません、あなた方には街を守るために協力していただいたのに」


 精霊様も謝っている……


 「ノゾム、精霊様は力は貸してくれないの?」


 「うん……この街の修復と復興に力を入れたいからって……」


 「そうね……無理にとは言えないよね」


 フィオーレも落ち込んでいる。


 「精霊様、あの龍は何者なの?」


 「あなた方はこの世界の創世に関する神話を知っていますか?」


 「ああ、女神様がなんとかっていうやつだよね?」


 「そうです、あのとき魔王に入れ知恵をしたのがあの龍だったのです」


 「神話の龍だったの!? なんてことだ……」


 この街に来た時に老人から教えてもらった伝説の龍のことかもしれない。


 「さきほどの龍は神でもなければ魔物でもありません……ああいう生き物なのです……本来ならば私たちが勝てる相手ではありません……おそらく精霊魔法では倒せないでしょう……完全に封印が解かれていなかったためにどうにか勝つことができたのです」


 僕、もしかしてとんでもないことしちゃいました……?


 「詳しいことはあなたに力を貸しているリラ神から聞いてください」


 「え、リラ神? つまりまた僕の夢の中に出てくるってこと?」


 「はい」


 「ふぁっ!?」


 リラ神が力を貸してくれているのはありがたいんだけど、夢の中であんなことやこんなことをしようとするのはやめてほしい……


 「あの……精霊様からリラ様に注意できないですかね?」


 「リラ神は神の使いであり神獣ですからね……私のような精霊よりも立場ははるかに上なのです……できるだけのことはしてみますが……」


 それってつまり無理ってことだよね……


 「…………分かった、なんとか聞いてみるよ……」


 「ごめんなさい、力になれなくて……」


 「いや、ありがとう……精霊様、この街の復興のため、頑張ってください……」


 「ありがとうございます、では私は街の復興のために行って参ります……それでは」


 そう言うと、淡い青い光は僕の胸から出ていき、祠のある方へと帰っていった……


 「精霊様、ありがとうございました……ノゾム、私たちもこの場を離れましょう。私たちはこの街を救ったと同時に破壊したことになってしまったの……いつまでもここにいるわけにはいかない」


 「うん……そうだね……」


 僕たちはこの場から離れ、アンナたちを探すことにした……



 しばらく歩いて探しているとアンナたちが怪我人を手当てしているのが見えた。


 「おーい、アンナ」


 「ノゾムさん、お姉様、こちらはなんとかなりましたわ」


 「ありがとう、アンナたちのおかげで被害を少なくできたんだね」


 「いえ……私たちも怪我人の手当てや避難誘導などをしましたが、大きな被害が出てしまったのは事実です」


 「うん……でも、ありがとう」


 ヒィナとローゼも僕たちに気がついてこちらにやって来る。


 「ノゾム、大丈夫?」


 ヒィナが話しかけてくる。


 「うん、なんとか大丈夫だよ」


 ヒィナは僕を見つめている。心配してくれていたようだ。


 「ノゾム、さっきの水の龍はなんだい? すごい魔法を使っていたように見えたけど」


 ローゼが聞いてくる。


 「ああ、水の精霊様に力を借りたんだ。詳しいことは後で話すよ……あれ、エゼルはどうしたの?」


 エゼルがいない……さっき足が竦んでいたように思えたけど、大丈夫だろうか?


 「エゼルならあそこで怪我人の手当てをしているよ」


 「そうか……みんな無事でよかった……でも僕たちはこの街から出なければならない……」


 僕たちは怪我人の手当てを一通り済ませて、この街から出て行くことにする。

 すると、一人の老人がこちらにやってくる。


 「あなたは……水の精霊様の祠の場所を教えてくれたおじいさん」


 「君たち……君たちがあの龍を倒してくれたんだね、ありがとう……伝説は本当だったんだ……」


 「ええ、おじいさんのおかげで水の精霊様に力を借りることができました……」


 「そうか……それより、君たちはこの街を救ってくれた恩人だ……なんとお礼を言って良いか」


 老人はそう言う。


 「でも……たくさんの命が失われました……僕たちの戦いに巻き込まれた人たちも大勢います……」


 「そうだな……」


 「僕たちはここを出ます……この街の被害が出てしまったのは僕たちのせいでもありますから……」


 「そうか……詳しいことは分からんが……君たちのおかげでこの街は救われたんだ……他の人がなんと言おうとワシはお前さんたちに感謝しているよ」


 「ありがとうございます……では、僕たちは行きます」


 「ああ、達者でな……」


 僕たちのことを良く思わない者もきっといるだろう……


 まだ夜だが、僕たちはこの街から出て行くことにしたのだった……

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