第二十話 馬車
僕とクソジジイはフィオーレから放たれる凄まじいプレッシャーを前に動けずにいた。
「ふぃ、フィオーレ、落ち着いて」
「落ち着いてるわよ」
絶対に落ち着いてない。なぜか笑顔のまま怒っている。
「アンナ、ノゾムに束縛魔法をかけてもらえる?」
凄まじい圧だ……アンナにまでその圧を向けるのか……
「ひゃぅぅ……すごいプレッシャーですわ……お姉様に責められているみたいでゾクゾクしますわ」
アンナは最近、フィオーレのせいで新しい扉を開いてしまったのだった……
フィオーレのプレッシャーが自分に向いたことで快感を感じているようだ。
「早く」
「はいぃぃ……」
恍惚とした表情で返事をするアンナ……
そういう僕もかなりのプレッシャーで逃げることすらできていない。
というか逃げても同じ結果にしかならない。逃げたところで超スピードで追いつかれて八つ裂きにされるか、それともほとぼりが冷めた頃、何食わぬ顔で帰ったときに八つ裂きにされるかの二択である。遅かれ早かれ八つ裂きである。
「わたくしの身を束縛しなさい! ソクバル!!」
アンナは自分に束縛魔法をかける。光でできた縄のようなものがアンナの体の自由を封じる。
「お姉様! わたくしは準備ができましたわ!」
「アンナ! あなたじゃなくてノゾムに束縛魔法をかけて!」
「あぁぁん!! 気持ちいいですわ!!」
アンナがどんどんおかしくなっていく……
「ノゾムさんに束縛魔法を……ソクバル!!」
僕の体も光でできた縄のようなもので動きが封じられる。
さて、いったいどうなるのだろうか……
ヒィナが心配そうに僕を見る。
「ノゾム、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよヒィナ」
実を言うと大丈夫ではない。すごくやばい。
そうしている僕たちの横を馬車が通ろうとしていた。
「ちょっと待っててね」
そう言って馬車に向かってゆっくりと歩いていくフィオーレ。いったい何をするつもりなのか。
そしてフィオーレはその馬車を素手で止める……ゆっくり走っているとはいえ馬車を素手で止めるってどういうことなの……
「ちょっと!! 馬車止めないで!!」
馬車を止められた御者はフィオーレにそう言う。
フィオーレはというと束縛魔法でできた縄を馬車に結んでいる。
僕の縄は馬車の後ろにつながった状態だ。
そしてフィオーレは御者に言う。
「このまま走って」
「お、お嬢ちゃん一体何を……」
「このまま馬車を走らせて」
とんでもない威圧感だ……
「は、はい……」
御者は恐怖のあまりフィオーレの言うことを聞いたのだった。
フィオーレとヒィナと縄で縛られたアンナは馬車に乗り込む。
ヒヒィィィィンンンン!!!!
馬が馬車を引いて猛スピードで走り出す!
僕は馬車に縄をくくりつけられているため、そのまま引きずられる形になる……
そう、僕は今、馬車で街の中を引きずりまわされているのだ!
「いたたたた!!!! ごめんフィオーレ!!!! ごめんなさい!!!!」
「ダメよ、反省するまで引きずりまわすから」
これはまずい! 何か考えなくては!! この状況から脱出する何かを!!
「ヒィナ!! 助けて!!」
「ノゾム、頑張って」
ヒィナは引きずりまわされる僕を静かに見ている。
くそ! このままではまずい!! どうにかしなければ!!
僕は縄で縛られたまま馬車に乗っているアンナを見て思いついた!
僕は思いっきり大きな声で叫ぶ!
「ああ!! フィオーレの愛が分かったから!! 引きずりまわすのがフィオーレの愛なんだね!!」
それを聞いてアンナが表情を変える。
「……ッ!? 馬車で引きずりまわすのはお姉様の愛!!」
思った通りアンナが食いついてきた。
「ああ!! フィオーレの愛が激しいな!!」
「お姉様!! わたくしにもお仕置きしてくださいまし!! ノゾムさん、そこを代わってくださいな!!」
「頼むよ!!」
アンナは魔法の力を駆使して、僕を馬車に乗せる。
よし、救出された!
馬車に乗ることができた! 縄も解いてもらえた!
「わたくしの縄を馬車にくくりつけて……」
アンナは魔法で自分の縄を馬車にくくりつける。
「いきますわよ!!」
アンナは自ら馬車から飛び降りて引きずられる。
ずざざざざざっ!!
「おほおおおおおお!!!! これがお姉様の愛!!!! たまりませんわ!!!! ああぁぁんん!!」
僕は馬車に乗り引きずりまわされるアンナを見る……なんであんなに嬉しそうなんだろう。
そういえばフィオーレはなぜ馬車を止めると言わないのだろう。
「フィオーレ、馬車を……」
「ノゾムへの愛……私がそんな……ノゾムのことが好きとか……別にそんなんじゃないから……」
フィオーレは一人でぶつぶつと何かを呟いている……放心状態だ。おそらく僕とアンナが入れ替わったことに気がついていない。
馬車から街を歩いているローゼを見つける。
「みんなで馬車に乗っているのかい? あ、ちょっと、そのまま通りすぎ……ってアンナ!? どうしたんだ!!」
まあ、アンナが馬車で引きずられてたらそりゃ驚くよね……
そして街を歩いているエゼルも見かける。
「ちょっと!! 私も馬車に……ひぃ!! アンナ!?」
ローゼとエゼルにはあとでちゃんと説明しないとな……
「フィオーレ……?」
僕はフィオーレに話しかける。
「え、ええ、大丈夫よ……アレ? なんでノゾムが?」
そして馬車で引きずられるアンナを見る。
「おほおおおお!!!! 激しいですわ!!!! お姉様!!!!」
嬉しそうだ……だがそろそろ馬車を止めてもらおうか。
「すみません、馬車を止めてください」
「え? ああ、うん」
馬車は止まり、アンナも石畳の上をごろごろと転がったあと止まった。
「はあッ……はあッ……たまりませんわ……このアンナ、一片の悔い無し!」
すごく満足そうな顔をしている……
僕もボロボロだがアンナはものすごくボロボロだ……僕もアンナも怪我をしていないのが不思議なくらいだ。
こうして僕たちへのお仕置きは終わったのだった。
まったくひどい目にあった……
「アンナ、大丈夫?」
ヒィナがアンナを見ながら言う。
「大丈夫ですわ……」
僕もアンナに言う。
「お互い怪我をしなくてよかったよ」
「本当ですわね……ですがわたくし、またお姉様の愛を感じたいですわ……」
「ええ……」
アンナが恍惚とした表情でそう言っていた。
「ごめんね、ノゾム」
「いいんだよ、僕のほうこそごめんね」
フィオーレの機嫌もなおったみたいだし、一件落着だ。あとでローゼとエゼルにちゃんと説明して……もちろん聖なる書物のことは言わないでおくけど……
ん? 聖なる書物? そういえばあのクソジジイは……
「そういえば、あのクソジジイへのお仕置きがまだだったな……」
「え? あぁ、うん。あとで引きずりまわしておくわね」
数日後、僕は同じように街の中を馬車で引きずりまわされる賢者ゼロジィの姿を見たのだった……
さらにそのあとで聞いた話だがあのクソジジイも不思議なことに怪我一つしなかったのだという……




