閑話11、深山幸伸(32)、坂内一家4名の場合。
短めの二話分を詰め込みました。
癒音様、山下慶次様
モブキャラ募集企画、ご参加ありがとうございます。
暗い部屋の中で、青白い光が延々と点いている。
朝も夜も分からない部屋では、エアコンが常に快適な室温を保ち季節さえも分からない。
閉め切った六畳の空間は、世界からそこだけ切り取られたように感じられた。
物事に完璧なものはない。
確かにこの部屋は外界から隔絶されている空間ではあるが、完璧に隔絶されている訳ではなかった。
トイレに行く時、彼は部屋から出る。
ご飯をもらう時、ドア越しに母親の存在を感じる。
そしてその青白い光を発している画面からは、仮想空間とはいえ『世界』と繋がっている。
しかし、部屋の主である深山幸伸(32)は、完璧に世界から隔絶していると思っていた。
そう、『思っていた』のだ。
いつものようにネットゲームを立ち上げると、大規模なイベントが始まっている。この部屋では感じることのない季節感は、ネットの中から配信されていた。
(イベントか。要らんことしやがって……)
ネットゲームでの幸伸のキャラクターは、再上限まで上げているのでゲーム内でやる事はイベントくらいしかない。そこで彼はギルドというグループを作り、その中のトークルームでメンバーと会話をするのが日課になった。
学生だったり、会社員だったり、幸伸と同じように引きこもっている人間もいた。
「しらたま氏、最近彼を見ないけど元気かな」
〈なんの話だい? 山さん〉
幸伸はギルド創設からいるメンバー『しらたま』に、最近トークルームに顔を出さないメンバーを心配して問う。トークルームではマイクで声だけのやり取りができるため、ベッドで横になりながら話している。
ちなみにゲームでの幸伸は『山のサチ』と名乗っている。
「しらたま氏が紹介してくれた36氏だよ。毎日顔を出していたのに、急に見なくなったから」
〈山さんが自分以外のメンバーを気にするなんて珍しいね〉
「そういうのはいいから。しらたま氏は知っているんだろう?」
しらたまはネットを使って積極的に人と関わろうとするタイプだ。人と関わりたくない幸伸とは正反対なのだが、二人は妙に馬が合っていた。
〈知ってるよ。近々彼と同じ職場に行こうと思っているからね〉
「ええ!?」
しらたまはフリーのSEだ。その彼からの紹介でギルドに入ってきた36と名乗った青年は、特にパソコンやIT関連に詳しい訳ではなく、ギルドメンバー曰く「純粋」なのだ。
彼が女性だったら良かったのにと、密かに幸伸が思っていたのは秘密だ。
しらたまは思いっきり口に出していたが……。
「まさか、開けてはいけない禁断の扉を……」
〈開けてません。……ねぇ、白い王子の動画を視たことない?〉
「ああ、一時動画サイトのサーバーが落ちるんじゃないかってくらいのアクセス集中起こしたやつ? あれ女歌手の歌なのに、男が朗々と歌うと格好良いのな」
〈あれがね、36氏なんだって〉
「……は? 36氏は引きこもりニートだって、体重百キロ越えだと言っていたよな」
〈嘘じゃない。彼はあの歌を完璧に歌って踊るために、あそこまで鍛え上げたそうだよ〉
「アニソン歌うためにか? ……36氏は馬鹿か?」
〈馬鹿だろ〉
何だかすごくおかしくなって、笑い出す幸伸。そういえばギルドを創設してから、こうやって笑うことが多くなったかもしれない。
〈でさ、俺たち誘われてるんだ。サイバーチーム作るから来てくれって。山さんも……〉
「俺は行かない。俺は俺を世界から完璧に隔絶した」
あの日「外」とはもう関わらないと、二度と社会に関わらないと決めた。思い出したくもない記憶。息が止まるくらいの苦しさを覚え、頭を振って記憶を散らす。
〈どうして? こんなにも山さんは世界と関わっているのに?〉
楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに話すしらたまに、幸伸はしばし唖然とした。
〈あとね、世界が一つだと思ったら大間違いだ。世界は作れる。山さんと俺がギルドを作ったみたいに〉
トークルームを切って、しばらく考えてからパソコンの電源を落とす。
(馬鹿は俺か)
とりあえず風呂に入るかと、幸伸は部屋から出るのであった。
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土曜日の昼下がり、パパさんは家族サービスに勤しみます。
坂内辰雄さん三十八歳、奥様はみらいさん三十二歳、可愛い二人の娘さんは、かこちゃん七才まいちゃん三才です。
さて、今日の家族サービスはどうするか、お父さんは悩んだ上で決めました。
最近巷で話題の『聖地巡礼』です。
「というわけで、今日は聖地巡礼をしようと思う!」
珍しくパパさん堂々としています。きっとレディ三人に囲まれる生活は、ダンディなパパさんには少し窮屈なのかもしれません。
「聖地って、どこに行くん?」
ママさんは西の人みたいです。方言女子なのです。
「皆アラフォーアイドルの344(ミヨシ)が好きだろう? だから彼らのよく行く場所に……」
「本当!? パパ!! ミロクくんに会えるの!?」
「シジュたんもいるのー?」
パパさんのセリフは可愛い娘二人の声に消されちゃいましたね。
お姉さんのかこちゃんはミロクファン、まいちゃんはシジュファンみたいですね。まいちゃん三才にしてワイルド系チョイスとは……将来が楽しみです。
「会えるか分からないけど、彼らのよく行くカフェとかに行ってみないかい?」
「それ、ええなぁ!」
「グッズ持っていかなきゃ!」
「シジュたん……」
パパさん株を上げまくりですね。でもアイドルにハマる妻と娘達を見て「パパが一番じゃないの…」と心で泣いているのです。でも表には出しません。パパさんは男の子ですから。目元に光るものは、皆さん見て見ぬ振りをしてあげてください。
はしゃぐママさん、かこちゃんは344Tシャツ(子供サイズ)を着ています。まいちゃんはうっとり目がハートです。まいちゃん熱上がってない? 大丈夫?
こうして坂内さん一家は『聖地』へ出発したのでした。
「このカフェらしいんだけど……混んでるね」
「なんでカフェにセンブリ茶があんの?」
「ミロクくん来るのん?」
「……」
何とか四人席に通してもらった坂内さん一家は、ネットに載っていたカフェに興味津々です。雑貨屋に併設されているカフェは、センスのいい内装で、テーブルと椅子もアンティークな感じで落ち着いた雰囲気を出しています。
いつもは騒がしくなる子供達も、おすまししてますね。あ、まいちゃん目がハートのままです。本当に大丈夫でしょうか。
344メンバーがよく注文するという、ハンバーグプレートやオムライスに舌鼓をうち、坂内さん一家はカフェから出ます。
「おらんかったなぁ」
「他にもあるから行ってみようよ」
「絶対見つける!」
「……」
坂内さん一家の巡礼は続きます。
ミロクの使っているボディソープをカフェの隣にある雑貨屋で購入すると、344御用達のコロッケ(チーズ入り)を食べ歩き、あの動画が撮られたというカラオケで歌って踊り、本屋さんでラノベコーナーの品数に驚き、商店街の真ん中にある時計台の前で記念撮影をしました。
「やっぱり会えなかったねぇ」
「ふふ、でも楽しかったわぁ」
パパさんが残念そうに言いますが、ママさんは家族で楽しく巡礼できたことに満足みたいです。良かったですね、パパさん。
「え、ちょっと! まい!?」
不意に走り出した妹のまいちゃんを、かこお姉ちゃんは慌てて追いかけます。車の来ない商店街とはいえ、見知らぬ場所で小さい子が一人になるのは危険です。
「うあ!?ビックリした!!……え? 子供?」
「ごめんなさい妹が! ……はぇ?」
ラフなTシャツにジーンズに身を包み、日焼けした肌にクセのある黒髪、少し垂れた目を見開いた長身の男性は、危なげなくまいちゃんを抱きとめています。
「シジュ、君の子かな?」
「シジュさんの子にしては可愛いですね」
その男性の後ろから、さらに二人長身の男性が現れます。かこちゃんはプチパニックです。
「すみません!うちの子が……」
「かこ! まい! 勝手に離れたらあかん……うえええ!?」
なんということ……偶然でしょう!
坂内さん一家の願いが届いたのです!
かこちゃんはミロクを見てうっとりしてますが、Tシャツにサインをもらい、握手と笑顔で蕩けてしまいました。パパさんが慌てて抱っこしています。
そのパパさんも興奮気味です。ミロクくんに色々質問をしています。パパさんなんだかんだファンなんですね。
ママさんはヨイチさんに「次回は旦那様と二人でバーに行くとかどうですか?」と勧められ、そのバリトンボイスに腰砕けになりそうになり、ヨイチに支えられベンチにエスコートされています。さすが大人スマートですね。
「シジュたん! シジュたん!」
「おい! あぶねーぞチビッコ!」
「ちびっこじゃないの! まいたんはまいたんなの!」
シジュの体をロッククライマーのように登るまいちゃんは、きっとそこに山があるから登るのでしょう。きっと理由はないのです。
シジュの肩まで登ると、まいちゃんは幸せそうな顔でシジュの頭にしがみついてスリスリしています。
「ったく、しょうがねぇな。うらぁー!」
その場でくるくる回るシジュに、キャッキャとはしゃぐまいちゃん。
それを見て皆が笑顔になります。
商店街にいた皆さんも笑顔になります。
こうして坂内さん一家の大黒柱パパさんの家族サービスは、大成功をおさめたのでした。
めでたし、めでたし。
(ラジオの『何でもリクエストのコーナー』に、ハガキ送って本当に良かった!!)
お読みいただきありがとうございます!
次回から本編です!
モブキャラ企画にご参加された方々、感謝です!
……頑張った。やりきった。ふおおおおお!←滾る餅




