閑話10、野中陽介(26)、ハルディア(28)、早田莉緒(7)七瀬晃(7)の場合。
短めの三話分を詰め込みました。
貴鈴様、グリンダ様、みさき24様
モブキャラ募集企画、ご参加ありがとうございます。
「お届けものでーす。サインお願いしまーす」
「はい!ご苦労様です!」
宅配業者に勤めている野中陽介(26)は、久しぶりに茶色のポワポワした髪の女性に会った気がした。
少し前まではこの子が必ず対応してくれていたが、忙しくなったのか別の人間になった。それにしても、判子をもらうだけなのに陽介に向ける事務所奥からの殺気が凄まじい。
こんな殺気の中でこの子はよく平気でいるなと、ポワポワ揺れる茶色を見ながら陽介はある意味感心していた。
彼の担当区域にある『如月事務所』は、小さいながらも質の良いモデルが多く所属しているということで、評判の良い芸能事務所らしい。
この情報はアイドルオタクの友人から聞いた話だ。特に知りたかったわけではなく、最近陽介の友人のハマっているアイドルが、デビューしたばかりなのにアラフォー男性三人のアイドルとの事で、意味が分からなかったところ、小一時間ほど説教まじりに説明された。
そんな中で彼らが『如月事務所』所属というのを聞き、なぜか会社概要まで友人が教えてくれたのだ。
ちなみに、その友人には陽介の担当区域だという事は教えていない。守秘義務という事もあるが、単に友人の暴走が恐ろしかったのだ。
なるほど魅力的な三人だ。ミュージカル俳優顔負けの声量に、ダンスもクオリティが高い。
友人から借りた(というか無理やり押し付けられた)DVDを一通りみて納得する。
(それにしても、あの事務所は急にデカくなったよな)
当初、如月事務所はビルの中に小さく構えていたが、その階全体がオフィスとなり、今月にはその上の階にも広げていた。
さらに、配送・集荷と共に荷物が増えていき、今まで小さな配送車で間に合っていたものが、大型の配送車で回らないと一度で集荷出来なくなってきた。
ある日、いつもとは違った感じの大きめの箱が六つあり、伝票には『如月事務所サイバーチーム』とあった。一体この事務所は何を目指しているのか……と、陽介は遠い目をしながらも品名を見ると『人形』とあり、さらに謎を深めていった。
友人から「344(ミヨシ)がシングルで一位とった!」とメールが来た日、陽介は上司に呼ばれる。
「別手配で車を回してる。中継せずに直送でやるから事務に頼んどけ」
「直送ですか?でかい家電とかですか?」
「なんか知らんが、お前の担当区域の如月事務所さん宛に大量の荷物があるそうだ」
「ど、どこから……」
「全国からみたいだが、ある程度まとめて配送しようと、各社連携をとる事になった」
一体何が……と、先日の友人が語ったアイドルについて思い至る。
(まさかな……昔のアイドルじゃあるまいし)
陽介は知らなかった。昔も今も、アイドルはアイドルだという事を。
そして昔アイドルだったメンバーもいるという事を。
彼が驚くべき出来事は、冬のイベントに向かってまだまだ続くのであった。
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青天の霹靂とでも言うのであろうか。
……なんて、難しい言い回しも出来るようになった私は、誰もいないのにドヤ顔をしてみた。
私、ハルディア(28)、職業モデル。
高校からハリウッドで俳優をしている兄にくっついていたため、日本語が少し危うい。
数年前から両親のいる日本に帰ってきて、日本語の勉強をしつつモデルの仕事を始めた。
ハーフである私は、そこそこ見栄えもいいし背も高い。日本人の母の血が厳つい父のゲルマン顔(?)をマイルドにしているため、ファッション雑誌などでは使い勝手が良いらしく仕事は途切れない。
そんな私に、数少ない日本の友人からの「助けて!モデルの仕事を受けて!」というメールが来た。
出版社に勤める彼女とは十代の頃、一度だけ仕事をしたことがある。そこで妙に気があって、日本を離れていた時も常に手紙やメールのやり取りをしていた。
日本に帰ってからも数回会ったが、彼女は忙しいみたいでなかなか会えない。だからこそ、仕事がらみのメールが来るなんて珍しい……いや、初めてだ。それくらい切羽詰っていたのだろう。
とりあえずモデル事務所に連絡をとり、友人からは急遽仕事のオファーとして事務所とメールでやり取りをしてもらう。
幸いにも今日はオフにしていたから、軽く身支度を整えて自宅を出た。
「ハルディアありがとう!今回に限って新人の子しかいなくて使い物にならなくてー!」
スタジオに入るなり、飛び込んできた友人は相変わらず年齢よりも若く見える。半泣きで抱きついてくるもんだから、さらに幼く見えてしまっている。
「久しぶりね恭子。使い物にならないなんて、あなたにしては乱暴な言い方だけど……」
「ああ、ごめん。今日はミロク君じゃなくてヨイチさんだったから、新人の子でも大丈夫だと思っていたの。でもダメだった。344(ミヨシ)侮ってた」
「ミヨシって……あの最近デビューした344(ミヨシ)!?」
私は一緒に仕事をしたことはないけれど、かなりプロ意識の強いモデルの子じゃないと彼らと仕事は出来ないと、もっぱらの噂だ。その中でもミロクという青年は『モデル殺し』『フェロモン災害レベルMAX』などと呼ばれ畏怖されている。
「アレって都市伝説じゃないの?」
「まぁ、ハルディアならハリウッドスターなお兄さんの色気に慣れてるんだろうけど、島国体質の日本人には毒よ。毒」
「島国関係ないでしょうに……まぁ、頑張るよ」
「感謝する!終わったら美味しいもの食べに行こう!」
「楽しみにしてる」
やっと笑顔を見せた恭子に私も笑顔になり、ちゃっちゃと終わらせようと今日のパートナーの元に向かった。
うん。
やばい。
でらやばい。
兄の野獣的なフェロモンに慣れている私は、国内外で『イケメン』と呼ばれる男性と会う機会があっても、惹かれることは無かった。
だから安心していたんだけど、どうやら私は自分を過信していたらしい。
アッシュグレーの髪は、綺麗に整えているけれどトップは長めに額に流し、たまに髪をかきあげる仕草と共に『和』をイメージさせる切れ長な目、そしてその視線を流すようにカメラを見る。その目線を私に流されると、ぞくりとした大人の冷たさと、口角を上げる事によって心臓を鷲掴みにされるかのような笑顔に、私は思わずフラリとよろめいてしまう。
「一回休憩入りまーす」
私としたことが……悔しくて下唇を噛んで俯くと、フニャッと口元に触れる甘い香りに、思わず「ひゃっ」と声を上げてしまう。
「な、なに? なに?」
「マシュマロだよ」
彼……ヨイチさんは微笑んで、淡いピンクのマシュマロを指で摘んでいた。それを私にアーンとしてきたから思わず条件反射でパクつくと、ほわりと口の中に甘さが広がる。
さっきまでの緊張感も溶けたみたいに、私は肩の力が抜けるのを感じた。
「おいしい……」
「それは良かった。もう一個食べる?」
もう一度アーンしようとした彼を慌てて止めてふと思い出す。……てゆか私、さっきアーンしてもらってなかった!?
思い出し恥ずかしモードで焦っていると、ヨイチさんがさらに近づいてきた。
「動かないで」
「……へ?」
彼のその手は私の口元に伸びて、唇の横を親指で撫で……た!?
「ふふ、マシュマロの粉ついちゃったね。グロス塗りなおさなきゃ」
その悪戯が成功した男の子みたいな笑顔は 反 則 だ !!
と、根性で彼との撮影を終わらせた私は、お高いレストランでワインを一本空け、友人の恭子に散々絡むのであった。
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イチゴは戦う。宇宙からの侵略者と戦う。
「ご近所の平和……いいえ、商店街の平和は、私が守ってみせる。
ただのアイドル歌手じゃない。
ディーバとして私は戦う。
それが、一番大切な人を不幸にするのだとしても……」
「ああ!来週の『ミクロットΩ』どうなっちゃうのかな!」
「それよりも、イチゴと同じクラスの男子キウイが、どんな機体に乗るのかが気になるな」
「晃くんはキウイなの? そんなお子ちゃまより王子達が良いなぁ」
「何だよ、莉緒はオッサン好きかよ」
「オッサンじゃなくってオトナなの! 特にナイトのシジュ様がカッコイイ……」
「……ちっ」
小学二年生の早田莉緒は、今夢中になっているアニメ『ミクロットΩ』について、同じクラスの男子の七瀬晃と話していた。
莉緒の年代ではミクロットシリーズのファンは少ない。ロボットアニメの為、男子はともかく女子は魔法少女系に走りがちだ。
そこで莉緒は、隣に住む晃を巻き込み『ミクロットΩ』について登校中に語り合う日々を送っていた。
ちなみに、中学生以上の女子には『ミクロットΩ』は大人気である。
「なぁ、今日は莉緒の母ちゃん来るのか?」
「朝、急に仕事が入ったって。だから無理かなぁ」
「そっか」
「いつもだから慣れたよ。あーあ、莉緒もディーバに乗ってシジュ様に会いたいなー」
「ディーバ乗ったら戦うんだぞ?」
「それはやだー。じゃあシジュ様とコイビトになるー」
「子供だから無理だろー」
化粧品メーカーの商品部で、現在新商品開発の追い込みをしている莉緒の母は、ここ数ヶ月なかなかプライベートに時間が裂けない。それでも莉緒が『ミクロットΩ』にハマっていると聞き、娘と話を合わせられるように仕事の合間にDVDを観ているのだが、それを莉緒は知らない。
ちなみに莉緒の母は「娘の為に」と言っているが、彼女が本格的にアニメにハマっているのは秘密だ。
教室では、生徒達が落ち着きなく後ろを振り返る。保護者たちも嬉しそうに子供に手を振る。
その中で莉緒は一切後ろを向かず、ひたすら黒板を見ていた。
(お母さんは忙しいからしょうがないんだもん)
母の事情を理解してても他の子よりも聞き分けが良くても、莉緒はまだ子供だ。
しょうがないと心で自分に言い聞かせていても、心に広がるかなしさと寂しさは広がっていく一方だった。
(お母さん……)
「莉緒! 莉緒はどこだ!」
心地よく響くバリトンの声。知っているような、聞いたことのない声なのに心地よい声に、思わず莉緒は後ろを見る。
「え? うそ…」
「あれ、アイドルの…」
「本物? 本物?」
騒めく教室。主に保護者たちの反応が凄まじい。
顔を赤くしてうっとりしている生徒の母親たちの真ん中に、明らかに浮いたモデル体型の男性。
褐色の肌に、少し癖のある長い髪は後ろ流している。少し垂れた目は面白そうにキラキラ光らせ、整った顔にワイルドな笑顔を浮かべていた。
そして格好はスーツだが、なぜか着崩していて胸元が開いている。奥様たちの視線はそこに釘付けだ。
「シジュ…様?」
「マジか……」
呆然と呟く莉緒と、その後ろで顔を引きつらせている晃。
「おう、お前が莉緒か。参観日に行けないって莉緒の母親が落ち込んでっから、俺が代わりに来たぞ!」
「へ?……うええええええ!?」
莉緒のいる席まで来ると、莉緒の目線に合うよう屈み込む。
圧倒的な大人の色香に、真っ赤な顔で意識朦朧としてくる莉緒を見て、晃がスッと二人の間に入り込んだ。
「莉緒に近づくな、オッサン。ブガイシャは来たらダメなんだろ」
「おう、学校の許可はもらったぞ。莉緒の母親の依頼だから、そこはしっかりとしねぇとな」
「……くそ」
「ククッ、いいね。頑張れよ坊主」
「ボウズじゃねぇし」
その日、一生の思い出だと喜ぶ莉緒をシジュは背負って、母親のいる会社まで送っていった。
はしゃぎすぎて途中で莉緒は寝てしまったが、それでも嬉しそうにシジュにしがみつく様子に、見ていたヨイチとミロクは「幼女キラー」と呟き後日地獄のダンスレッスンが追加されたというのは、また別の話である。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回のミロク君は殺気要員で参加でしたw




