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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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74、芙美の不在と、その弊害。

今日の14時頃だそうです。

 その小さな肩で揺れる、柔らかな茶色の髪。

 トイプードルのような愛らしい仕草。

 黒目がちな瞳に、桃色に艶めく小さな唇。

 気がついた時には彼女に夢中で。

 彼女に挨拶するだけでも、心臓が壊れそうになる。

 その身長のせいで、いつも上目遣いで見上げてくる彼女。

 俺は理性を保つのがやっとだ。

 そんな可愛くて柔らかくて白くてふわふわでいつまでもいつまでも撫でくりまわしたい可愛がりたい側にいたい抱きしめてキスしてそしてそして……


「だーーー!! やかましいーーー!!」


「痛いっ」


 すぱこーんとスリッパ(緑の)で頭を叩かれたミロクは、恨みがましい目で背後に立つシジュを見た。


「何ですか。俺は何も言ってないですよ」


「全部声に出てんだよ! そしてお前はアレか、ヤンデレか、ああ?」


 すっかりその筋の人のように詰め寄るシジュは、スリッパでミロクの頬をペチペチ叩く。


「病んでません。有り得ないくらいデレてるだけです」


「ドヤ顔で言うな!」


 再びすぱこーんとスリッパで頭を引っ叩かれるミロクに、社長のヨイチは苦笑して言う。


「まぁ、フミが遅めの夏休みとっているからね。ミロク君も寂しいんだろう」


「寂しいです。毎晩電話で話したり、メールのやり取りしてますが」


「おい、それって……」


「叔父の僕でさえ、プライベートで電話もメールもしないのに……」


 がくりと膝をつくヨイチに、シジュは駆け寄る。


「おい、おっさん大丈夫か! 傷は浅いぞ!……おいミロク、それだけやり取りすりゃ寂しくねぇだろ?」


「何言ってるんですか。足りませんよ物理的に。色や匂いとか触感とか質感とか肉感とか」


「……僕の姪をAランクの肉みたいに言わないでくれるかな」


 フミはちょうど休みの取れた友人の真紀と一緒に、二泊三日の沖縄旅行に行ったのだ。今日が最終日なので、明日からフミは出社予定となっている。

 すっかりフミ欠乏症となったミロクは、ラジオ番組後にとうとう限界を迎えてしまった。

 ちなみにシジュの持っている緑スリッパは新品だが、何故それを彼が持っているかは不明である。


「明日には帰ってくんだろ。我慢しろ」


「うう……」


 グッタリしているミロクの隣でヨイチはメールチェックをしていたが、「あ、フミからメールが入っていた」と弾む声をだす。ミロクはガバッと体を起こす。


「えーと、『台風の為、飛行機が欠航。明日の出社は難しそうです』……だって」


「なぁっ!?」


「明日は芸能雑誌の取材は現地集合でお願いできるかな。フミがいれば車を出したんだけど」


「おう」

「……」


 言葉もなく項垂れるミロクに、年長者二人は苦笑するのであった。














「はぁ……」


「お兄ちゃん、鬱陶しいんだけど」


「だってフミちゃんまだ帰ってこない……」


「乙女か」


「はぁ……」


 あまり寝れてないのか、少し気だるげに目を伏せる。熱い吐息は誰に向けてのものなのか、少し赤くなった目尻は白い肌に映え、彼からは壮絶な色香が放たれている。

 たまたま休みのニナが駅まで一緒に行こうと、兄であるミロクに付いてきたが、これはヤバイと感じていた。

 無防備な顔は年齢よりも幼く見せていて、性別を問わずに視線を集めてしまっている。

 そしてミロクがフミの不在を嘆く度に、雪だるま式に色香が増えていくようなのだ。

 駅に近づくにつれ、無表情だったニナの眉間にシワが寄ってきた。


「我が兄ながら情けない。フミちゃんには恋人選びを熟考するように言おう」


「ええ!? 言わなくていいよ!」


「ならその色気を引っ込めて」


「色気? 出てるの? てゆか引っ込めるってどうやって?」


「知らん!」


 スマホを操作しながら、ニナは冷たく言い放つ。

 ブラコンのニナはフミとの仲を認めてはいるが、さすがにこんな情けない様子を見せられると不機嫌にもなるというものだ。


「とりあえず、今のお兄ちゃんは仕事する状態じゃないし、そんな情けないお兄ちゃんは格好悪い。フミちゃんに振られること確定」


「そ、そんな!」


 普段から色気がダダ漏れているミロクが、普段の倍以上の色気振りまき状態の今、トラブルにならないわけがない。

 アイドルとしては良いかもしれないが、人として兄がダメになる気がしたニナは、最終兵器「フミに嫌われるよ」を出す事にした。


「仕事、大事でしょ」


「……うん。そうだね。フミちゃんが帰ってきた時に俺がこんなんじゃ、ガッカリさせちゃうよね」


「頑張って」


「分かった。ありがとうニナ。俺、頑張るよ」


 雨上がりの青空のような爽やかな笑顔を見せたミロクは、その笑顔で再び周囲を騒がせたが、軽く手を振って収めるくらいには回復したようだ。


 駅で別れて、改札口から電車に乗るミロクを見送ったニナは、ぽそりと呟く。



「あの人、三十六だよね?」








お読みいただき、ありがとうございます。

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