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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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73、生きるか死ぬか(社会的に)。

無双。

ニコニコ笑顔の大野の横にはミロクが座っている。

目の前にはミロクの姉ミハチと、その隣にはヨイチが座っている。

ヨイチが予約したであろう四人掛けの予約席は、定員ギリギリで埋まっている。


(寒い。寒すぎる)


ミロクはぶるりと震える。

プロデューサー尾根江との打ち合わせが終わり、今日は解散というところでヨイチのスマホに着信があった。いつになく不機嫌そうなミハチから事情を聞くや否や、彼はミロクの首根っこを掴んでデートの待ち合わせ予定のレストランまで来たのだ。

そう、ヨイチの不機嫌さも過去一番ではないだろうか。

凍る空気にミロクはホットコーヒーを頼む。無論、砂糖とミルクを入れた。


「さて、どういう事かな。大野くん……だっけ?」


「はい!ミロクさんのお姉さんと、ぜひお近づきになりたく!」


元気よく答える大野に、ミロクは頭を抱える。


「だからさ、そういうのは困るって言ってるでしょ?」


「はい! でも綺麗なお姉さんと近づけるのって、滅多にないじゃないですか!」


知らねーよ!! と、この場の全員が思った。


「近づくって、具体的にどういう意味かな。僕はね、彼女の恋人だから、恋愛というのは困るんだよね」


キラッキラの笑顔で応対するヨイチの目は、ドライアイス級の冷たく熱い状態を適度にキープしている。さすがのミハチも若干引くくらいだ。


「僕はね、これでも事務所の社長なんだ。知ってると思うけど、君の所属している事務所の社長とも懇意にさせてもらっている。別にね、彼女が良いなら僕は何も言わないけれど、嫌がっていると言われては僕としても考えないとね」


「え、嫌なんですか?」


「ええ。迷惑だわ」


「そんなぁ……でも諦めません!」


ミハチとミロクは同時にため息を吐く。


「君ね、こちらにも考えがあると言ってるんだけど」


「考えって何ですか?」


小首を傾げる大野に、ヨイチは変わらない笑顔で言う。


「消えてもらうかな」


「あはははっ、そんな子供じゃあるまいし、そんな脅し……」


「脅しだと思う?」


ヨイチの変わらない笑顔に、大野はだんだん顔色を悪くしていく。慌てたように言い返す。


「そ、そんな事言って、脅迫ですよ!」


「はは、脅迫? 僕は消えてもらうって言っただけだよ。このやり取りはボイスレコーダーで録らせて貰ったし、出るとこ出ても構わないよ」


さらにキラキラと輝く笑顔に、周りの客もさすがに気づく。そしてヨイチとミロクに注目が集まり、店内は騒めいてきた。

さすがに分が悪いと感じたのか、大野は「帰ります」と言って席を立ち、逃げるように店を出て行った。

ホッと息を吐くミロクに、ドライアイスオーラを収めたヨイチが言う。


「以前ミロク君が『大野光周がミハチ姉さんを狙っているみたいだ』とメールで知らせたのは、こういう事かい?」


「はい……冗談かとも思ってたんですけど……」


「いや、良かったよ。アレが無かったら、彼の所属事務所の社長とも繋がろうとは思わなかったからね」


「「え?」」


ミハチは目を丸くしてヨイチを見ている。それはそうだろう。あの忙しい日々の中、ミロクの冗談みたいな出来事のメール報告から、他事務所の社長と交流を持ち、尚且つ何かあれば(社会的に)消せるくらいの準備をしたと言っているようなものだ。いや、言っている。そして確実に実行する。


「ふふ、そんな驚いている君も、とても魅力的だよ」


未だ唖然とした顔のミハチに向けて、キラキラ笑顔で語るヨイチの色気に、周囲の女性客から思わずため息が出ている。


(良かった。ヨイチさんにメールしといて良かった。危なかった。俺も危なかった)


以前、ホウレンソウを怠った為に怒られたミロクは、完璧に学んでいた。忘れそうな案件でもメールで報告しておけば何とかなる。それは社会人として必要不可欠であり、まさにこの世界では生死につながる事にもなる。












「社長! 呼び出しって何ですか!」


「やぁ、大野くんはいつも元気だね。先日は元気が良すぎて迷惑をかけたそうじゃないか」


とある事務所の一室にて、穏やかに微笑む男性……大野が社長と呼ぶ壮年の男性に、彼は唇を尖らせて抗議をする。


「別に、男女の恋愛は自由でしょ? しかも『消えてもらう』とか、ヤクザみたいな物騒なこと言うし……お姉さんは趣味が悪いんですよ!」


「それこそ、そのお姉さんの自由だと思うがね。ところで大野くんは先週ここを辞めた田村君を知っていたかい?」


「はい! 事務所の経理にいた人ですよね? その人がどうかしたんですか?」


「……」


「社長?」


社長は何も言わずにただ微笑む。その隣で黙って立っていた秘書の女性に目を向けるが、目を閉じていて何も反応がない。


「え? 何ですか? 冗談ですよね?」


「……」


「社長!!」


「大野くんは連絡があるまで自宅待機で。気をつけて帰りなさい」


社長は「気をつけて」を強めに言う。顔色の青い大野はヨロヨロと部屋を出て行った。

それを見送りしばらくした後、秘書が社長に言う。


「田村さんって、実家に帰って農業を継ぐって方でしたよね?」


「うん。憧れのスローライフって喜んでいたねぇ」


羨ましいねぇと微笑む社長を呆れた顔で秘書は見たが、まぁ大野にはいい薬だろうと仕事に戻ることにした。








お読みいただき、ありがとうございます。

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