69、嘘みたいな出来事。
珍しく丸一日オフの日の朝、ミロクは寝起きのボンヤリとした状態のまま、久しぶりの晴れの日を有効活用しようと忙しそうな母の代わりに朝ご飯を作っていた。
作ると言ってもトースト、焼いたベーコン、スクランブルエッグを出して、野菜ジュースを作りコーヒーをセットするくらいだ。独身男性にしては頑張っている方なのだが、ミロクは料理も習おうかなどと考えていたりする。
ヨイチの情報によると、フミは時間があれば自分で料理するそうだ。それならば一緒に作るというのも、距離を縮めるチャンスじゃないかと思ったのだ。
……これ以上何を縮めると言うのであろうか。
ともかく、ミロクは自分用に温かいカフェオレを淹れ、朝なので糖分摂取とばかりに砂糖を入れる。それをスプーンでかき混ぜながらテレビをつけた。
最近忙しくてテレビやネットを見る時間がないミロクだが、ネット情報は例の仲間がまとめサイトにあげているので見ていたりする。世情に疎い訳でもないが朝の情報番組というのは中々視れないので、ゆったりとした気持ちでカフェオレを一口二口飲む。
「最近は芸人さんが朝の顔になるんだなぁ……ぶっふぉ!!」
カフェオレを噴きそうになったミロクは、思わずテレビの画面をかじりつく様に見入った。
「嘘だろ……」
そこには『今週のオリコンシングルチャート一位は、なんとこれがデビューシングルのユニット! 344(ミヨシ)です!』という女性アナウンサーの声と、見慣れたプロモーションビデオが流れる。
「あら?ミロクは家でもアイドルの勉強?」
のんびりとした口調で母のイオナが後ろから声をかけるが、呆然としているミロクの反応はない。大丈夫かしらとミロクの側に行くと、ガバッとミロクが振り返った。
「母さん、ちょっと出かけてくる!」
「はい、いってらっしゃい」
どうやら息子は元気そうだと分かったイオナは、ミロクの作った朝食を有り難く頂く事にしたのだった。
「どうやら事前情報はFAXきてたみたいですね。社長のPV使用許可も出してますし」
「最近は皆忙しいし、しょうがないかなとは思ったんですけど、さすがにこれは……」
「まぁ、ヨイチのオッサンも二足のワラジは大変だろうから許してやろうぜ」
「何故そんなに上から目線なんだい、シジュ」
笑顔のヨイチは目が全く笑っていなかった。慌ててミロクの後ろに隠れるシジュ。それをフミは苦笑して見ている。
緊迫していた事務所内の空気が和らぎ、シジュに内心感謝しつつヨイチは一度大きく息を吐いた。
「まぁ、なってしまったのはしょうがない。何だか一位なんて嘘みたいな気もするんだけど……バラエティ番組、歌番組、情報番組の出演オファーが来ている」
「まるでアイドルみたいですね」
「何言ってんだ。俺らはアイドルだろ? ……まぁ、オッサンだけどな」
「とりあえずはレッスンの時間を減らすしかないかな。僕らは揃って出演しないとだからね。こんな時に限って、プロデューサーは高飛びしてて国内には居ないとか……困るね」
ミロクはこっそりため息を吐く。今日は丸一日オフの日だから、スポーツジムやカラオケ、書店でライトノベル探索の予定だったのだ。
「あ、ミロク君は今日オフだったね。フミに送らせるから、ついでに二人でご飯でも行ってきたら?」
「俺、この事務所に所属できて幸せです!」
しょんぼりしていたミロクがフミとの食事という言葉で、あっという間にシャキッと復活した上での幸せ宣言。対象者のフミは鎖骨まで真っ赤に染まっている。
二人が事務所から出て行くと、ヨイチが椅子の背もたれに寄りかかり背中を伸ばした。
「ああ、これでCMの話が一気に加速するかもね。ふふ」
「オッサン、悪い顔になってんぜ」
「安定することで色々進むからね。さてと、僕は仕事に戻るよ」
「俺も手伝う」
「悪いね」
「ギャラアップで」
「来年かな」
おっさん二人は軽口を叩き合い、書類整理からスタートさせるのであった。
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