61、書店で思わぬ会合の弥勒。
遅くなりました。
都心に出たミロクは久しぶりに大型書店の前に立っている。
今日の仕事は午前中の雑誌の撮影で終わったため、午後からオフになっている。これは好都合とばかりに本の発掘に来たのだ。
地元の書店は小さいので、主に取り寄せすることが多かった。ネットで購入も良いのだが、書籍のネット購入だけは大崎家で禁止されていた。
それはミロクが引きこもっている時期、唯一の外出の機会だったからだ。今では禁止されてて良かったとミロクは親に感謝している。
(やっぱり、本屋はいいな。思わぬ出会いもあるし……)
実際手に取ってみると、装丁や目に入る色づかい、紙とインクの匂いがミロクの心をくすぐる。
(あらすじで読んでみたい気持ちになるけど、ハーレムものか……)
ハーレムは男性の夢みたいなものかもしれない。ミロクにも『モテたい』という願望はなきにしもあらずだが、その先と言われると腰が引けてしまう。複数の女性と付き合うなんて、想像するだけで罪悪感が半端ない。
ミロクは自分が男として誠実なのではなく、もしかしたらヘタレなのだろうかと考えていた時、ぽんぽんと肩を叩かれて驚く。
「うわっ!……あ、あれ?」
「すみませんミロクさん、驚かせちゃって」
色の薄いサングラスをかけた茶髪の青年が、申し訳なさそうにミロクの後ろに立っていた。一瞬誰だか分からなかったが、綺麗に響く声ですぐに思い出す。
「ああ、大野さんでしたか。お久しぶりですね」
アニメ『ミクロットΩ』の宣伝イベントに何度か顔を出してくれていた大野は、アニメのミロクの声役でもある為、メールやSNSで連絡を取り合う仲になっていた。
まさか書店のラノベコーナーで会うとは思わなかったミロクは、しばらく大野を見ている。
「何ですか?じっと見られると変な気分なんですけど……」
「や、ここにいるなんて思わなかったから」
大型書店のラノベコーナーにモデル体型の男性二人。大野もまぁまぁイケメンの部類に入るが、ミロクに限っては王子様(笑)クラスのイケメンだ。
大野は自分よりもミロクの方が「何故ここにいる?」と聞かれる側だと内心思いながらも話す。
「自分は深夜アニメの原作が多いから資料代わりというのもありますけど、読んでる内にラノベ好きになって、今やここの常連です。ミロクさんは?」
「俺はずっとアニメもラノベも好きで、今日は雑誌の撮影でこっちに来たから、折角だから寄ってみたんです」
「ああ、ここのラノベは充実してますからね」
何と、大野もラノベ好きかとミロクは嬉しくなってニコニコしていると、それを見た大野は少し驚いた顔をしてミロクに小さな声で囁く。
「ミロクさん、ダダ漏れてますよ」
「え?何が?」
「王子フェロモンですよ。ほら、あそこの人達に気づかれてます」
正確には大野の声の所為でもあるのだが、ミロクのメガネだけでは隠しきれない諸々が出てしまったようだ。数人の女性客から「モデル?」とか「声優さんじゃない?」など、ひそひそ声が聞こえてくる。
「場所、移しますか」
「ですね」
何やら目立つ二人は、女性達に近寄られる前にコソコソと移動するのであった。
「社長、新曲のデモが届きましたよ」
「ありがとう、フミ」
事務所に人が増えたとはいえ、社長業はヨイチにしか出来ない。今はまだ売れっ子とは言えないアイドル稼業だから社長と兼任出来ているが、早い内に考えておかなければと思っている。
「シジュのソロ曲……というか、ミロクと僕が結構カバーに入っているね」
「さすがにメインボーカルはキツそうですね。ミロクさんの能力の高さが伺えます」
「さすがに僕もメインと言われたらミロク君がいないと歌えないね。サードシングルは僕メインとプロデューサーに言われているけど……今からでもボイトレ増やしていかないと間に合わないだろうな」
パソコンのキーボードを叩きながら、今かなり苦戦しているシジュを思い出し、ヨイチはスケジュールの調整をフミに頼む事にする。
「それにしても、シジュさんはニナさんを紹介されてましたけど、どんな感じ何ですかね」
「それはトレーニング?その他のこと?」
ヨイチはパソコンの画面に釘付けだった顔を上げて、自分の姪の顔を見る。フミは面白がるようなヨイチの言い草に少し顔をしかめて、諌めるように言う。
「まぁ、両方ですけど。私は叔父さんのそういう所は嫌いです」
「うぐ……最近フミは強くなったね。いや、シジュはちゃんと考えているよ。『これは戦いだ』って言ってたし」
「それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫。ああいう顔をしたシジュは、伝説のダンスチームでダンスバトルの大会で見たよ」
「……それって、シジュさんが黒歴史って言ってたやつでは?」
「とにかく、今はセカンドシングルに集中しないと。デビュー曲はアニメのおかげで有線でも流れていて好評だけど、次でしっかりと売れないとキツイかな……」
ヨイチはデモをデッキに入れて流す。
味気ない音の羅列に、ヨイチはしばらく耳を傾けるのであった。
大野さん再登場。
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