44、近所の商店街でお披露目会。前編
ずっとお世話になっている商店街の皆様に、一番先に知らせたいとミロクはヨイチに相談していた。
商店街のイベントにゲスト参加という話もあったが、どうせならデビュー曲を引っさげて行こうじゃないかと、尾根江の許可も得て最初のデビュー曲お披露目会場は事務所近くの商店街となった。
シジュは衣装に微妙な顔をしていたが、「恥ずかしいなんて言わせないよシジュ。君の女性に言ってた口説き文句に比べたら……」と語り出したヨイチに速攻折れていた。そして口説き文句の詳細が聞けなかったことをミロクは残念に思っていた。
イベントが始まるのは昼過ぎだが、事務所には参加するスタッフ全員が朝から詰めている。
ミロクはかけていた眼鏡を少し上にあげ、譜面を見ながら今日歌う歌をイメージしていたが、ふと呟く。
「いつもお世話になってる書店の店員さんとか、喫茶店の人とか来てくれるかなぁ。姉さん御用達の雑貨店の双子さんとか…」
「ミロクさんは商店街にたくさん知り合いがいるんですね!」
「フミちゃん…そうなんだ。気づいたらこんな俺でも良くしてくれる人がたくさんいた。今回恩返しが出来たらいいなと思ってる」
昔ながらの商店街というのは、今はもう数少ない。個人商店や専門店は跡取りが居なかったり、経営者の高齢化や近隣のショッピングモールの影響で、客足が少なくなってきているのが現状だ。
事務所近辺の商店街は駅近くというのと、老舗の店が連なっているというのもあり、テレビ番組で紹介されたりもしているので、運良く生き残っていた。
ミロクにとっても、事務所にとっても愛着のあるこの場所で、イベントが出来るなんて夢のようだと思いつつ、鼻歌で歌う曲をなぞる。
「ミロクさんって、歌上手いですよね。羨ましいです。私音痴で……」
「そうなんだ?俺は姉さんとピアノ習ってたから、音程はとれるんだけど歌はまだまだだよ」
「それでまだまだなんですか?」
フミにとっては譜面通りに歌えること自体がすごいと思っている。まず譜面が読めないフミにはミロクが簡単にやっていることがとにかくすごいと思ってしまう。そしてさりげなく聞き流していた言葉に、遅ればせながら反応した。
「あれ?ミロクさんはピアノ弾けるんですか?」
「うん、十年くらい姉さんとピアノ教室に通ってたんだ。でも簡単なのしか弾けないよ」
「す、すごいじゃないですか!」
王子様みたいなルックスでピアノ弾けるとか、何その少女漫画読みたいなどとフミは思っているが、ミロクからすれば、オッサンがピアノ弾けたところで何が良いのか分からないというスタンスだ。
二人の側に来たヨイチが、会話に入ってきた。
「すごいよね。本人はぜんぜんって顔してるんだけど。今回のデビュー曲の弾き語りバージョンも楽しみだよ」
「ミロクさんが弾くんですか!?」
「拙いピアノなんだけど……最新技術でそれなりにしてくれるかなぁ」
「すごいですねー」
フミの目がキラキラ輝いているのを気づいたのはヨイチだけで、ミロクは譜面を見たままだ。こういう所で攻めれば良いのにとヨイチはため息をつく。ミロクのアプローチは少し斜め上だと思う、だが決してアドバイスはしない。姪に対してヨイチは叔父バカである。
「もしかして、叔父さんはミロクさんがピアノ弾けるって知ってたの?」
「ああ、いつも行くバーで、たまにミロク君が弾いてくれるんだよ」
「何それ!ずるい!」
すっかり姪の立場でヨイチを責めるフミは、そんな自分に気づいて、慌てて「ずるいです社長」と言い直した。
「じゃあ、フミちゃんに披露できるように練習しておくね」
「何だ、僕達には練習しないで弾くのに?」
「ヨイチさん達には適当でも良いんですけどね。フミちゃんには格好良く見せたいんで」
ミロクはニヤリと笑って見せたが、あのバーにフミを連れて行くのはヨイチだと思っている。
あの店のマスターや常連客の顔を思い浮かべ、フミなら大丈夫だとも思う。だが最初に姉のミハチに連れて行ってもらったミロクは、自分よりもヨイチが連れて行くのが良いような気がしていた。
「おーい、王子様と宰相様、そろそろ最終の合わせしようぜー」
「はい!」
「やれやれ」
デビュー曲は恋の歌。
今のミロクにピッタリだ。
それはもう、パズルのピースみたいに。
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