42、弥勒は白か黒か。
ミロク君のイメージが崩れる恐れありです。
心の強き方はお読みください。
「今日までに決済が必要な案件は以上です」
「ありがとう、如月君」
重ねて置いていた書類を集めて整えているフミに、ヨイチは「さてと」と叔父の顔になる。
「で、フミ。ミロク君の事なんだけどね」
「ミロクさん?」
「この前の食事はどうだったんだい?」
キョトンとしたフミの顔が、みるみる赤くなる。そんなフミの愛らしさに笑顔を向けるヨイチは、内心ミロクに舌打ちをする。叔父心は複雑なのである。
「えっと、ファ、ファミレスに行っただけで、べ、別にマネージャーとして普通の事じゃないの?」
「ええ?それだけ?フミの理想なんだろミロク君は」
「え?何のこと?」
「……ってフミは言ってたけど、一体どういう事なんだいミロク君」
「何がどういう事なんですか?」
デビュー曲のダンスレッスンと振り付けの確認をする三人は、小休憩をとっていた。
そんな中、ヨイチはフミとの会話で違和感を感じ、休憩時にミロクを問い詰めている。
「まぁ、落ち着けオッサン。まずあの子の理想って何なんだよ」
シジュはヨイチにスポーツドリンクを渡して、落ち着かせようとしている。ミロクはしばらく考えていたが、不意に目元を赤くすると慌ててヨイチに詰め寄る。
「ヨ、ヨイチさん!なんであの事知ってるんですか!」
「ミロク君が近所の喫茶店で暴漢を取り押さえた話?ミハチさんから聞いたよ?」
「ああ、それ俺もニナちゃんから聞いたな」
「な、ちょっと!二人してうちの姉妹に何聞いてるんですか!」
ヨイチはともかく、シジュの言葉は捨て置けないと憤慨するミロク。
「それは置いといて。なんでフミはミロク君が『あの時のヒーロー』だと知らないの?」
「……言ってませんから」
「そうなの?僕はてっきりそれを知ってるからフミは……だと……」
「それを言わずして、お前はあの子にグイグイと迫っていたのか?」
「そうですが、何か?」
ミロクは首をこてりと傾げる。
なぜ、四十代二人がそこを気にするのかというと、ミロクは体型の事もあり年齢イコール彼女いない歴であるのは確実だ。
女の子との付き合いなど、なにかプラスの要素がなければ無理だろうと思っていた。
この場合のプラス要素とは『フミにとって理想のヒーローの正体はミロクだった』という事である。
「お前、何もない状態であれだけ迫れるなんて、勇者だな」
「そりゃ、嫌われてないのは分かってますから。今は兄くらいの距離で攻めてます」
「あれが兄としての距離?あれはもう……」
完璧に恋人の距離じゃないかと言おうとしてヨイチは口を噤む。あれが妹への距離……だと?
「害がないのは分かってもらえたと思います。幸いにも女の子に好かれる顔をしているようなので、自分の顔をフル活用しますよ。
そして確実に、フミちゃんが俺に落ちるように、ドロドロデロデロに甘やかして惚れさせます」
熱く語るミロクに、四十代二人はドン引きだ。
「それからで良いでしょう?」
ミロクはニコリと無邪気に微笑む。その綺麗な笑顔はさながら天使のように、キラキラと輝いている。
「フミちゃんが俺がいなきゃ生きていけないくらいに惚れさせて、さらに『憧れのヒーロー』が俺だと知ったら……ふふ、楽しみだな。どんな可愛い顔するのかな」
「……ミロク君?それって……今すぐの話なの……かい?」
ヨイチは少し震えながらも、果敢にミロクに質問をぶつける。
「そりゃ、俺だって今の自分じゃフミちゃんを養えませんからね。誰も文句が言えないくらい売れてやりますよ。とりあえずデビュー曲の作詞は出来たので、多少の印税が見込まれますけど、売れなきゃ意味がないですからね。アニメの宣伝とデビュー曲の宣伝、俺はこれにまずは力を入れていこうかと。
でもモデルの仕事も続けたいですね。
あれ?どうしたんですか?ヨイチさん?シジュさん?」
ミロクの『(精神的な意味で)フミを虜にしちゃうぞ作戦』はともかく、色々考えていることは分かった。分かったがしかし。
頭を抱えるシジュ。それを横目で見つつ、ヨイチは何と言えばいいのか考えるが、何も思い浮かばない。
「とりあえず……ミロク君のフミへの距離は、妹相手とは思えないよ」
「そうですか?難しいなぁ女の子って」というミロクに、ヨイチは『距離感』の事を伝えるだけで精一杯だったという……。
頑張れヨイチ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ミロク君は、今は病んでません。基本は良い子です。




