39、歌の練習をする弥勒と語る与一。
ちょっと真面目に…
ミロクは、ボイストレーニングとダンスレッスンは欠かさないようにしている。
カラオケで楽しんでいる時は気にしていなかったが、今は違う。腹筋背筋をつけて、猫背にならないように姿勢を常に気をつけている。
声を出すときは喉の奥から。低い音は音程が低くなりすぎないように。高い音は頭に響かせるように。
笑顔を意識するのは良い方法で、声を届けよう伝えようと意識するのもいい。
口を縦に大きく開ける。口の開け方ひとつで出る音が違う。
スポーツジムの入っているビルの下に、音楽スタジオがある。
普段は音楽教室などで埋まっているが、平日の昼間は一般に貸し出すよう解放されている。
そこではヨイチの事務所名義で、空いてる時に344(ミヨシ)のメンバーが自由に借りられるようにしてくれていた。
「んん、喉がヒリヒリする。まだまだだなぁ」
「何がまだまだなんだい?」
ミロクの発声練習が途切れたのを見計らって、ヨイチがスタジオに入ってきた。
「おはようございますヨイチさん。喉が痛むのは腹から声が出ていない証拠なので、俺はまだまだかと……あれ?シジュさんは?」
「尾……プロデューサーにダンスの振り付けを見せてる。ミロクの歌詞が乗っかるから、ダンスもポップな振りを付けるかもって」
最近は皆で尾根江の名前を出さないように気をつけている。どこかでうっかりバレたら大変だ。きっと尾根江がヘソを曲げて、今度こそミロクの貞操(?)が危ういかもしれない。
「で、そんなに発声の練習して、どうしたの?」
「アニメの中では、主人公だけじゃなく俺たちも『相手に攻撃できるくらいの歌唱力』なわけですから、下手な歌出した日には……」
そこまで言うと、ミロクはぶるりと震える。
確かにあのアニメはコアなファンが多い。少しでもイメージに合わないと、某掲示板サイトで大炎上を起こしてしまうだろう。
「俺、何とか歌いながら息を切らさず踊りたいんです。やるからには完璧を目指したいので!」
「そういえばミロク君は完璧主義だったね。まぁ結果だけではなく、過程も重視するタイプだから良いけど」
「もちろん、過程もしっかり見てこその完璧ですからね!」
張り切るミロクを見てヨイチは苦笑すると、ミロクの叩いていたキーボードの上に楽譜を乗せる。
「これ……」
「ああ、僕たちのデビュー曲だよ。デモもあるから聴く?」
「はい」
ヨイチはタブレット端末のデータから音を出す。
「あれ、これ二曲……え?」
「爽やかポップなのと、ピアノ弾き語りのバラードがある。アニメの挿入歌は第五話だけバラード。そして第五話だけエンディングはポップなヴァージョンが流れる」
「俺たちが今後アニメに関われるかどうかは、第五話の反応で決まりますか……アニメを突然変更なんて出来ないでしょうから、挿入歌が流れる回数が減るとかだろうって、ネット仲間が言ってました」
「……だろうね。ラジオのカンペには『344を模したキャラの人気で今後の登場シーンが減る』とかあったけど、ドラマならともかくアニメはそういうフレキシブルな変更は無理だろう」
「それって……」
「まぁ、もしかしたら本当かもしれないけど……。うちのプロデューサーは、ある程度今後の展開が読めているんじゃないかな。先見の明というかそういうの。だから大きく出られるんだろう」
「俺らが売れるって、まだデビューもしていないのに分かってたってことですか?まさか……」
「情報をもらったんだけど、あのアニメは当初から敵役は三人の男性。そしてキャラクターの外側の変更があっただけで、アニメの内容は変わっていないそうだ」
途方も無い話を聞いたような気がするミロクは、力が抜けたようになって椅子に座る。
「僕はミロク君ならモデルでも歌手でもいけるって思ったよ。太っていた君にジムで話しかけた時から光るモノを感じていた。そして初めてのモデルで表紙を飾った時……僕は確信した」
ヨイチはしゃがみ込んで、俯くミロクに目線を合わせる。
「君となら、いや、僕たち三人なら出来ると思う。プロデューサーが見えているモノと違うかもしれないけれど、今までとは違う『アイドル』になることが」
ヨイチの目に、肉食獣のような光が宿る。
「無論、プロデューサーに踊らされるつもりはない。あっちもそれは分かっているだろう」
ゆっくりと息を吐いたミロクは一度目を閉じ、再び開いたその目には迷いは見えない。
「もっと、予想を上回るくらいもっと、俺たちが売れればいいだけです!」
「その通り」
「そして、次はもっとオシャレで高級な場所でフミちゃんとご飯するんです!」
「その……って、はぁ!?次!?」
「昨日約束したんです!!約束は大事です!!」
鼻息荒く宣言したミロク。
自分が仕掛けたとはいえ、奥手と思っていたミロクの「次の約束をした」根回しの良さに姪の危機を感じつつも「それ」が理由になっているところに、何か釈然としないものを感じるヨイチであった。
あまり真面目じゃなかったです…
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