35、イベント終了後に色々と。
控室に戻った三人を、フミは嬉しそうに迎え入れる。興奮のため少し頬を上気させ、花が咲くような笑顔に癒されるミロク。フミの笑顔で体の力が抜け、自然に笑えることが出来た。
「お疲れ様でした!」
「ありがとうフミちゃん」
ミロクはペットボトルの水を一気に半分まで飲み、大きく息を吐いた。
「さっきの茶髪、何だったんだ?」
「控室に来るようです。声優で、アニメのミロク王子役をやるとか言ってました」
「へぇ、あの人が大野光周なんだね」
「CVも発表されていました。あの人最近の人気声優みたいです」
ニコニコしながら水やタオルを渡したりしているフミは、イベント前の出来事を忘れているのだろうか。
ミロクが「さっき荷物持ってもらってたでしょ」と言うと、顔を真っ赤にして「よく覚えていません」とボソボソ呟く。
どうやらあの時の『消毒』で、ミロクフェロモンを一定量以上浴びた人間は記憶障害を起こす可能性があると、ヨイチとシジュから冗談みたいな見解を述べられる。ミロクは遺憾の意を表明した。
ノックが聞こえ、イベントスタッフの人が来客を告げる。許可して入ってきたのは大野だった。
「皆さんイベントお疲れ様でした!」
ペコリと頭を下げる大野。ヨイチが声をかける、
「えっと、僕らの挿入歌の入るアニメの声優さんだとか」
「はい!ミロクさんの役をやらせていただきます!今日は役作りのためと、344(ミヨシ)のファンなのとで、イベントに来させていただきました!」
「え?ファン?」
戸惑ったように言うミロクに、大野は目をキラキラさせて頷く。
「自分、あの動画サイトでも番組やってて、ある日めちゃくちゃ再生数が伸びてる話題の動画があるって教えてもらって、初めてミロクさん見た時の衝撃……そして今日のイベントでの王子っぷり……すごかったです。感動に次ぐ感動で……リアルな王子ってこういうのなんだって勉強になりました」
「あ……ありがとう?」
「トークショー前にお会い出来たのも奇跡ですよね!今回の三人のキャラクターって絶対人気出ますから、王子役は当たり役だって思ってるんです!頑張ります!」
「が、頑張って?」
「はい!」
爽やかな笑顔で再びお辞儀をして「では失礼します!」と部屋を出て行く大野。中途半端な位置で手を上げたままミロクは固まっている。
「何て言うか……」
「礼儀正しい台風みてぇな奴だな」
「私より少し上みたいですけど、プロ野球に憧れる野球少年みたいな目をしてましたね」
「それな」
ミロクはしばらくボンヤリしていたが、シジュに小突かれ我にかえる。
「何ボーッとしてんだ」
「俺、そんなに王子って感じですかね」
「対女の子限定に王子だよね、ミロク君」
「それ分かります!私なんか毎回ごにょごにょ……」
思い出してほんのり頬を赤らめるフミに、まだボンヤリしているミロクは「フミちゃん可愛い……」と呟いて、容赦なくフミの顔を真っ赤にさせた。
ノックが聞こえ、イベントスタッフが再び来客を告げる。ミロクの家族ということで入室の許可を出すと、入ってきたのはミハチとニナだった。
「イベント成功おめでとう」
「お疲れ様お兄ちゃん」
会場近くで話題のお菓子を買ってきたらしく、差し入れだとフミに渡すミハチ。
「姉さんにニナ。ま、まさか見てた……の?」
「当たり前じゃない。父さんも母さんも来てたわよ。ただ遠慮して先に帰ってるけど。家に帰ったらお礼言いなさいね」
「わ、分かった……」
役とはいえ、ノリノリに王子をやっていた自分が今更ながらに恥かしくなったミロク。目元を赤くして「来ないって言ってたくせに」とミハチを恨めしそうに見るが「ハッチャケてるミロクが見たかったのよ」と返された。
確かに家族が居ると、色々やりづらかったかもしれない。
まだまだだと、ミハチを責めた自分が少し恥ずかしくなった。
「ヨイチさんもシジュさんも、格好良かったわよ」
「おう、サンキュな!ミロクの姉!」
「ミハチさん、ありがとう」
ニカっと笑うシジュと、微笑むヨイチに、ミハチは少し黙る。珍しい事もあるもんだとニナは感心していたが、ふと隠れ『昔のヨイチ』ファンだった事を思い出す。姉はやはり気づいているのかと、ニナはミハチの表情を見るが、薄く微笑むミハチの心を読むことは難しかった。
(でも、ひとつ分かった。姉さんはここで自分を出していない。出さなすぎる)
そういえば、344(ミヨシ)公式サイトに三人の過去が色々載ってた。姉がそれをチェックしてない訳がない。
(やっぱり、知ってるんだよね……)
それでも態度を変えないミハチに、色々聞いてみたいニナだった。
その日のイベントの様子は、もちろん月刊プロトタイプ増刊号に掲載され、アニメの概要と共に三人のコスプレ姿も大きく載ることとなる。
そして。
デビュー曲が完成したと、尾根江からメールが届いた。
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