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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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35/353

28、仕事前の司樹の日常。

シジュさんの回?

 ふと目覚めたシジュは、時計を見ると六時前なのを確認する。遮光カーテンからもれる光で、今日も暑くなりそうな予感がする。暑さに弱い彼は朝からウンザリとした気分になった。


(すっかり早起きの癖がついた……年寄りクセェな)


 日課である朝のランニングをこなし、汗をシャワーで流す。ちなみにランニングしない日でも、自分では分からない加齢臭を防ぐため朝晩のシャワーは欠かさない。

 シジュはタオルで髪の水気をワシワシとりながら、鏡を見るとだいぶ髪が伸びているのに気づく。


(今日は午後から撮影か。なら髪切りに行くか)


 ゆるくウェーブがかった髪を手早くまとめ、タイト系のTシャツとジーパンを身につけたシジュは、おっさんの割にまぁまぁ見れる格好になる。

 暑くなる前にカットしに行こうと、いつものところへ向かったが『店休日』の札に脱力する。


「あー……どーすっかなぁー」


 気だるげに歩いているシジュとすれ違う女性達はチラチラ後ろを振り返る。最近増えてきた女性からの視線。それに気づいているのかいないのか、彼の足取りは変わらずにゆったり歩き続ける。


「ん?あの人……」


 美容院から出てきたアッシュブラウンの長い髪をサラリと揺らし、後ろ姿だけでもスタイルの良さが分かるスーツ姿の女性が目の前に現れた。

 正確には彼女は店から出てきただけで、ぼんやり歩くシジュが気づかなかっただけだ。


「あら、シジュさん……だったかしら?」


 ふわりと笑ったその顔に面影が重なる。


「あ?あ、ああ、ミロクのお姉さんか。どうも。……こんな所で会うって奇遇だなぁ」


「私はミハチよ。ここは妹の美容院なの。今日は午後から出社だから……あなたは?」


「髪切ろうと思ったけど、いつものとこが休みで……」


「ならここでいいんじゃない?ニナ!!」


 ミハチは出てきた扉に再び入り、妹のニナを呼ぶ。複雑に編んだ髪型に、黒の仕事着姿のニナがシジュの姿を見て驚く。


「あんた……髭は触れないけど大丈夫?」


「それはいいんだ。髪が伸びて鬱陶しいから切って欲しいんだけど、ダメか?」


「ん、いいよ。今は予約ないから私がやるよ」


「ありがとな、ミロクの姉と妹」


「……名前で呼びなさいよ」


 ため息を吐いたミハチは、ニナと一言二言交わすと「じゃあねシジュさん。ミロクをよろしく」と言い仕事へ向かった。


「……どうぞ?」


「どーも」


 店の中は涼しく、オレンジを基調とした店内は、壁や床を木をベースにしているため目に優しい。シジュにとっては心落ち着く空間に感じた。


「この後撮影だから、軽くカットしてセットもして欲しい」


「イメージは変えないようにする?」


「んー、そうだな。頼むわ」


「了解」


 ニナの接客態度は年上のシジュには馴れ馴れしいかもしれないが、彼はこの話し方の方を好んでいた。髪を触る人にかたい態度をとって欲しくないというシジュのことを、ニナは知った上での接客である。さすが大崎家である。


 店内には他の客もいて、シジュの方を見て落ち着かない人がスタッフも合わせて数人いた。


「なんか、仕事の邪魔してるか?」


「んーん、スタッフはお兄ちゃんで慣れてるのにシジュさん初めてだからだし、お客様には宣伝になるから」


「ちゃっかりしてんな」


 ははっと笑って鏡越しのニナを見ると、驚いたように目を見開いて固まる彼女がいた。


「どーした?」


「や、何でもない。この後お兄ちゃん来るよ」


「そっか、じゃあ合流して一緒に行くかな」


 ニナは固まりから解除されると、妙に手早く作業をする。一時間ほどでセットまで終わり、こざっぱりしたシジュは会計をしてニナに礼を言うと、そのまま出て行こうとするのを呼び止められる。


「あそこのソファで待ってて。お茶入れるから」


「いいのか?」


「スタッフとお客さんがサイン欲しいって。……ごめん」


「え?俺のでいいのか?」


「いいのかって……あんた最近かなり人気だよ?自覚ない?」


「ねぇな」


「……とにかくお茶いれるよ。紅茶とコーヒーは?」


「麦茶とかある?仕事前だから」


「ある。持ってくる」


「さんきゅー」


 奥に行くニナを見送ると、ソファに座る。それと同時にサインを求める女性達がシジュを囲んだ。


(あの二人ならともかく、俺のサインなんているのか?)


 まぁまぁ女受けするのは知っているが、ここまでとは思ってなかったシジュ。聞けばラジオでファンになったとも言われる。ラジオ様様である。


「あ、シジュさんモテモテですね!ここに来るの初めてですか?」


「ああ、馴染みの店が休みだったから、助かった」


 ミロクが来て、さらに歓声が沸くのを感じた。

 なんだやっぱりミロクじゃないかと思ったが、それでもなお自分に話しかけてくる女性達もいて、何だかくすぐったい気持ちになるシジュであった。









お読みいただき、ありがとうございます!

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