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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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343/353

294、目覚めれば森の中。

コミックPASH!にて、オッサンアイドル漫画の最新話が更新されている……はずです!

よろしくお願いします!


 遠くからかすかに鳥の鳴き声が聞こえてくる、森深いこの場所に、彼は一人横たわっていた。


 艶やかな黒い髪は毛先に向かってゆるくウェーブがかかり、ピンクがかった白い肌によく映えている。長い睫毛はぴたりと閉じ、通った鼻すじと微かに開いた唇は赤く色づいている。

 その体格から男性だと分かっても、男女問わず惹きつけられる不思議な魅力を彼は放っていた。


「んぅっ……くしゅっ」


 ふかふかな落ち葉の上にいるとはいえ、彼の着ている服だけでは寒かったのだろう。小さくくしゃみをした彼はふるりと体を震わせ、ゆっくりと目を開く。


「ここ……どこ……?」


 彼の着ている服は見かけはしっかりとした騎士服のようだが、舞台用の衣装であるため防寒には向かない。

 寒さに身をちぢませながら彼……オッサンアイドル『344』のメインボーカルのミロクは、ライブで歌っている途中に突然目の前が真っ暗になったところまでを思い出していた。


「ヨイチさん……シジュさん……」


 メンバーであり、たよりになる兄貴分の二人の名を呼ぶミロクは、周りを見回し誰もいないことに眉を八の字にする。

 服の乱れはなく手足が縛られている形跡もない。薬を使われたのかは分からないが、寝起きの寒さを感じているだけで体調は悪くない。


 ライブ中に誘拐をされるとか、有り得ないとミロクは小さく息を吐く。ならば、この状況は一体どういうことなのだろうか。

 自然豊かな森の中、果たしてここは関東なのか。いや、関東でも自然はあるし森もあるし、できれば埼玉あたりであってほしいとミロクは強く願う。


「千葉でもいい……いや、群馬でも栃木でもいい……」


 ブツブツと呟くミロク。

 このまま座っていると体が冷えてしまいそうで、とりあえず立ち上がってみる。


 まず必要なのは水だ。

 サバイバル経験どころか引きこもり経験しかないミロクは、半泣き状態で歩き出す。幸いにも近くに川があったらしく、歩き進めると水の流れる音が聞こえてきた。


「水があればなんとかなるって、じっちゃんが言ってた……と、思う」


 ライブの衣装を着ているため半泣きな残念王子になっているミロクの耳に、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 川の音でかき消されてはいるが、この声は忘れもしない大切なメンバー二人の声。


「ミロクくーん、いるのかーい」


「おーい、ミロクー、起きろー」


「起きてますよ! てゆか、探す気あるんですか!」


 ミロクは聞こえてくる方向にツッコミを入れると、顔を真っ赤にして泣きながら走り出す。


「わぁーん! ヨイチさん! シジュさーん!」


「ミロク君!」


「うぉっと、生きてたかぁ」


 ミロクが走った先で長身の彼を危なげなく抱きとめるのは、褐色の肌に長いくせ毛の髪を持ち、少し垂れた目を細める男性……シジュ。

 そして彼の横で油断なく周囲を見回しているのは、切れ長の目にアッシュグレーの髪色を持つリーダーのヨイチである。


 彼ら三人こそが今、人気急沸騰中! 我らのオッサンなアイドル『344(ミヨシ)』なのだ!


「いや、そこまで人気あるのはミロクだけな」


「シジュだって幼女や仔猫に人気があるよね」


「ヨイチさんだって大人の女性からすごいアプローチ受けてますよね?」


 ナレーションにツッコミを入れながらも、三人は現状を把握しようと情報を整理していく。


「俺らはライブ中だったよな?」


「そうだね。僕の記憶もそうなっているよ」


「誘拐とかも考えたんですけど、体に異常はなかったからその線はないと思います」


「体の異常か……ミロクが言うと意味深だな」


「シジュ、ハウス」


 とりあえず水が流れる音がする方向へと歩き出すミロクたち。

 記憶のすり合わせをした結果、ライブ中に突然意識がなくなったというところは三人とも同じだった。


「俺、いやな予感がするんですよ。もしやここは異世界……」


「それ以上言うなよミロク。異世界転移とかやめとけ。ここはきっと埼玉だ」


「全部言っちゃってるし、現実逃避はよくないよシジュ。ほら見てごらん、埼玉にあんなプルプルしている生き物はいないだろう?」


 ヨイチの指さす方向には草むらがあり、そこにはバスケットボールほどの大きさで色とりどりのゼリーのような物体がプルプルと揺れている。


「おい、アレは生き物なのか!?」


「動いているから、生き物じゃないかな?」


「あれはもしかして……ファンタジー小説定番のモンスター、スライムでは……」


 しかし、彼らは武器を持っていないため攻撃力は0だ。着ているものもキラキラした騎士服のようなライブの衣装で、防御力もほとんどない。

 絶体絶命かと思いきや、スライムらしきその物体はプルプルしているだけでミロクたちに向かってくる様子はなかった。


「プルプル野郎どもは戦う気はないらしいな」


「日本の森だって危険な動物はいるんだから、何か武器みたいなのを持っておかないと」


「それならアレ、しませんか?」


 なぜか頬を染め、モジモジと照れながら上目遣いでヨイチとシジュを見るミロク。んぐっと妙な声をあげる年長二人は、ゆっくりと深呼吸をしてから問う。


「アレってなんだい?」


「アレ、ですよ。異世界転移お約束のステータスチェックですよ」







『はい、カット!!』


 やれやれと息を吐いたミロクの後頭部を、シジュは容赦なく緑色のスリッパですぱこーんと引っ叩く。


「痛いですシジュさん!」


「何でステータスオープンって言うだけで、フェロモン振りまいてんだよ!」


「だ、だって、あまりにも異世界転移したラノベのお約束みたいで、恥ずかしいじゃないですか」


「お約束をなぞるっていうのは、まぁ、恥ずかしいものではあるよね」


 苦笑するヨイチに監督が近寄ってくる。

 何か問題があったのかといえば、台本の変更をしたいとのことだった。その申し出にヨイチは慌てる。


「え、今から変更ですか?」


「君らを見ていたら、こう、インスピレーションがね!」


「ですが、これから台本をおぼえ直すのは……」


「流れだけ分かっていればいいよ! さっきのアドリブの演技を入れたみたいに、好きなようにやってくれていいから!」


「そんな、脚本家の方は……ああ、そういえばそうでしたね」


 ヨイチは監督が脚本を書いていることを思い出し、なるほどこういうことかと納得する。


「つまり、ある程度の流れは決まっているけれど、演技などは自由でいいということですか」


「頼むよ。君たちには期待しているんだ……ククッ、面白くなりそうだ」


 サングラス越しの目をギラリと光らせ、悪役ラスボスのような黒いオーラを出す監督に、オッサンアイドルの三人は先行きに少し不安を感じるのだった。





お読みいただき、ありがとうございます!

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