293、舞台裏のオッサンと成長と。
「ああ、ああああ……」
「なんですかシジュさん、鬱陶しいんですけど」
「冷たくするなよミロクゥ……俺、マジでへこんでんだからさぁ……」
珍しくシジュに冷たく接するミロクは、自分のベッドでゴロゴロ転がるオッサンを半眼で見ている。
それもそのはず、ミロクの愛する妹のニナがとうとうオッサンに陥落してしまったのだ。兄としてすごくすごく複雑な心境であろう。
しかし、そんなミロクの反抗的?な態度も長くは続かない。彼の大事な『モフモフわんころ餅・抱き枕』を抱きしめ、未だ悶え転げまわるシジュを不思議そうに見る。
ミロクの見たところ、シジュはうまくやっていた。
今までに見たことがないくらい愛らしい表情で頬を染めるニナを、しっかりと家まで送ってきてくれた。家にいた母親にもちゃんと「お付き合いする」挨拶したのだ。
そのきりりとしたシジュの男っぷりは、母親だけでなくミロクも見惚れてしまうほどだった。
「さっきの格好いいシジュさんはどこに行ったんですか」
「そんなん、どこにもいねぇよ……」
とうとう布団にもぐりこんでしまったシジュに、ミロクはパソコンの画面を閉じてベッドのほうへ体を向ける。
「落ち込むのはいいんですけど、なんでよりにもよって俺の部屋なんですか」
「いいじゃねぇかよ……」
部屋に備え付けてある小さな冷蔵庫から、缶ビールを取り出して布団の中にいるシジュの頭らしき部分に置いてやる。すると布団の中から褐色の腕が飛び出し缶を掴むと、素早くプルトップが引かれた。
もそもそと布団から出たシジュは、無言でミロクの持っている缶に自分のをぶつける。
「それで?」
「いや、ほら、俺だっていい歳だろ?」
「歳ですね」
「ここぞって時に、オトナの余裕ってやつを見せようと思ったわけよ」
「余裕、ですか」
ここでぐびりと缶ビールを飲んだシジュは、だんだんしかめっ面になっていく。
「でもダメだった。アイツを前にしたら、なりふり構ってられなかった。乞うて、すがって、とにかく俺を見てくれって泣きつくしかなかった」
「泣きついたんですか?」
「言葉のあやだ。その前に落ちてくれたからよかったが……あのままだったら俺、マジ泣きしてたぞ」
「シジュさんの……マジ泣き……ブッフォ」
「おい、笑うなっ」
手を伸ばしミロクの頭をわしゃわしゃ撫でるシジュ。
彼が照れた時によくするそれを受け、ミロクはやめろと言いながらも楽しげな笑い声をあげている。
「あはは……もう、髪がぐしゃぐしゃになっちゃいましたよ」
「お前はそれくらいでいいんだよ。くそ。兄妹そろってフェロモン振りまきやがって」
「で? いつからですか?」
「あん?」
「いつからニナのこと狙ってたんです?」
「……最初」
「え?」
「最初からだっつってんだよちくしょう! 悪いかよ!」
「ええええ!? 嘘でしょう!? どんだけ狩りが下手なんですか!! ブッフォ!!」
「わーらーうーなーよー」
「うわぁ、や、やめ、やめてシジュさ……あははっ、いやっ、やはははははっ」
鍛えているシジュは筋肉を総動員させ、長身のミロクをベッドに押し倒すとひたすらくすぐり倒す。
オッサン二人がわちゃわちゃしてたところに何をやっているんだとニナが部屋を覗いてしまい、大崎家に特大のブリザードが吹き荒れることとなったのは言うまでもない。
そして。
「なんでいるのよ」
「午後から雑誌の撮影だから、かるーく頼む」
「そうじゃなくて、なんでいるのかって聞いてるんだけど」
呆れ顔のニナは、仕事中にふらりと現れたタレ目のオッサンに塩対応をしている。
可愛い恋人からなら、たとえ塩でもおいしくいただけるシジュはニヤリと笑う。
「お前に会いたかった」
「……店長、この客追い出して」
「大崎さん、お客様だから、ね?」
妻どころか二児の父だとは思えないほど若く見える店長は、ニナの接客態度に苦笑する。無表情な彼女の耳は赤くなっていることから過度な照れ隠しだとわかっているが、さすがに客を追い出すのはダメだろう。
他の客はすでにシジュを認識していて、いたるところから黄色い声があがっていた。シジュはオッサンだがアイドルで、『イケてるオッサン』つまり『イケオジ』なのだ。
黒いジーンズに白いシャツというカジュアルな格好に、革のアクセサリーを合わせた彼らしいワイルドなファッションがまた似合っている。
「……どうぞ」
「おう」
癖のある長めの黒髪に指を通せば、鏡の向こうのシジュは気持ち良さげに目を細めた。
なにやら猛獣を手なずけた気持ちになったニナは、つい口元を緩めてしまう。そんな彼女を見た店長はくすくす笑っている。
「大崎さん、今日は珍しく機嫌がよさそうだね」
「へぇ、いつも機嫌が悪いのか?」
「機嫌が悪いというよりも、男性客の時は能面みたいな顔になっちゃうから」
「能面……」
「うるさいですよ。店長」
ふくれっ面になるニナに、シジュと店長は思わず笑ってしまう。
こうやって見れば普段あまり表情が変わらないニナも、かわいらしく見える。
いや、彼女は大崎家の人間だ。兄ミロクに負けないほどの色香がぶわりと溢れ出す。
無表情の時は抑えることができていた彼女の魅力が、恋人を得ることにより解放されてしまったのだ。
「変なモノローグをつけないで」
「ニナが可愛くて、つい」
「そういうのはいいから」
「言わせろよ。ずっと我慢してたんだ。ああもう、マジで可愛くて困る」
「……店長」
「気持ちはわかるけど、お客様だから」
その後も続くシジュからの好き好き攻撃に、かつてないほどの集中力で乗り切ったニナは、一人前の美容師としてさらに成長するのだった。
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