292、本気を出すオッサンハンター。
今年もよろしくお願いします。
新年早々、オッサンが荒ぶっております。
すっかり昼前まで寝ていたミロクは、スリープモードになっているノートパソコンをぱたりと閉じる。
珍しく明け方までオンラインゲームのチャットでやり取りしていたのは、これまた珍しく「恋バナ」で盛り上がっていたからだ。
比較的、恋愛経験値の高いしらたま氏がヤマさんに相談していたのが面白い。これまで無難に恋愛をしていたと思われる彼でも、心乱される存在が出てきたとのことだった。
するものではなく、落ちるものでもなく、恋とは『ハマる』ものだと言ったミロクはすごいと言われ、思わず赤面したものだ。
しらたま氏にも春がきたのだなぁと、ほのぼのするミロクだった。
ミロクは何度もあくびをしながらリビングに降りると、そこにはテレビを観ながら髪にヘアーアイロンをあてている姉の姿があった。
「おはよミハチ姉さん。今日はデート?」
「おはようミロク。デートじゃなくて昼から仕事よ」
「そうなの? 気合い入れて髪をセットしているのに?」
「昼から仕事で、夜はヨイチさんと飲みに行くわよ」
「それはデートじゃないの?」
「しょうがないわね。そういうことにしておくかな」
「もう、姉さんは……」
素直じゃないミハチの物言いに、ミロクはくすくす笑いながら彼女の手が届かない部分の髪を整えてやる。
「こんな日にかぎって、ニナはどこかに行っちゃうんだから」
「仕事じゃないの?」
「今日は休みのはずよ。だから、ついでにセットしてもらおうと思っていたのに……」
「そっか」
ミハチの毛先に綺麗な縦ロールをつけてやりながら、ミロクはホッとしたように微笑んだ。
自販機で何を買おうか悩んでいると、後ろから伸ばされた腕に視界が遮られる。
百円硬貨が数枚入り、粒入りオレンジジュースのボタンが押されてしまう。続けてもう一本缶の落ちる音でニナは不機嫌な声を作って出す。
「ちょっと、何をして……」
「ほら、これ飲めよ」
「……今日は紅茶の気分なので」
「じゃあこっち」
抜かりなく紅茶も買ったところが癪にさわると、ニナはムッとした表情で振り返って驚く。
少し垂れた目に八の字になった眉が捨てられた仔犬のような、情けない表情を作っている。日に焼けた肌にはいつものようなハリがないようだ。
そんなシジュから紅茶を受け取り礼を言うと、ニナは近くにあるベンチに座るようすすめる。
さすがにこの状態のシジュを放っておくわけにはいかないだろう。
「とりあえず座りましょう」
「……おう」
腰に巻いていたジャージを羽織り、シジュは小さく息を吐いてベンチに腰をかける。
すっかり憔悴したシジュの様子は、兄ミロクの「シジュ、お見合いするってよ」発言が本当であることをうかがわせた。しかし、お見合い話だけでこんな風になるだろうか。
「元気、ない?」
「まぁな。オッサンにも悩みがあんだよ」
「いや、四十になって独身のオッサンに悩みがないとか、ないでしょ」
「……マジか」
今まで悩みが無かった俺って……みたいな表情のシジュに、ニナは呆れたように少し笑う。
珍しいニナの笑顔につられたのか、シジュも頬を緩ませていた。
「お兄ちゃ……兄さんから、お見合いするって聞きましたよ」
「まぁ、別に見合いくらいはどうってことないんだけどな」
「そう、なんだ?」
なぜか挙動不審になるニナに、シジュは粒入りオレンジジュースをひと口飲んで「意外とうまいな」と数口追加で飲み遠くを見る。
「ホスト始めた頃、心配した親が散々見合いの話を持ってきてな。しょうがないから受けた。まぁ、断られたけどな」
「でしょうね」
いくら実家が金持ちでも、ホストやってますって男に嫁ぐ女性はなかなかいないだろう。シジュもやれやれとため息を吐く。
「まさかチビたち……弟たちが見合い相手を追い払うとか、甘ったれの兄離れしない奴らであの時は困ったもんだ」
「……でしょうね」
「今回は、その弟たちが見合いをすすめてきたんだ。断ることはできるけど、ちょっと、メンタルやられてる」
乾いた笑いを浮かべ再びジュースの缶に口をつけるシジュから、ニナはそっと目を外した。
今もモテてはいるが、若い頃のシジュもさぞかしモテただろうと思う。
思い出したくもないだろうけれど、ダンサー時代の彼は彼女ひとすじだったはずだ。遊んでそうに見えるのに、真面目で頭も顔も良く、女性から人気があるが一途とか、ある意味「ギャップ萌え」とも言える。
そして、こういう男にニナは弱かった。
己をよく知る彼女は、なんとかシジュと距離を置こうと思っていた頃もあった。しかし彼はしょっちゅう自宅に遊びに来るため、距離をとろうにも物理的に難しかった。
「……なぁ」
「なんです?」
「俺が見合いするって聞いて、どう思った?」
「アイドルもお見合いするんだなぁと」
「それだけか?」
「お相手はどういう人なのかなぁと」
「それだけ、か?」
突然、目の前で跪いたシジュは、いつになく真剣な表情をしている。ニナを見上げるシジュの目には、とろりとした熱が浮かんでいた。
「それだけじゃ、ねぇだろ?」
「それだけだし。う、上目遣いとか、卑怯だし。」
「言えよ」
「な、何を言うのよ」
「言えよ。俺が欲しいって」
「ひぅっ!?」
「お前に俺を全部やる」
「い、いら……」
「見合い、しなくていいよな?」
「は、はいぃ……」
ニナの手を握って離さないまま顔を近づけたシジュは、鼻と鼻を触れあわせて口説き落としていく。
はわはわと口を開け、顔どころか指先まで真っ赤になっている哀れな子羊。
彼女を前にすれば、近くにいたくてしょうがなくなる。
構いたくて、触れたくて。
そして誰よりも自分を求めて欲しいと、膝をついて懇願するほどに……囚われてしまった。
過去の恋愛のトラウマで、あれほど束縛されたくないと思い続けていた自分はなんだったのか。
「恐るべし大崎家、だな」
未だ混乱している恋人に触れるだけのキスを送ったシジュは、幸せそうに笑った。
お読みいただき、ありがとうございます。
コミカライズの12話が更新されておりますので、無料漫画サイト『コミックPASH!』にてご確認いただけたらと思います。
フミちゃん、めっちゃ可愛いよ。




