290、唐突なヘッドハンティング。
東京公演は二回ある。
最終日は尾根江プロデューサーの要望もあり、再び『鶯谷7(うぐいすだにセブン)』との共演が演目に追加されていた。
ミロクにまた妙な輩が付きまとうのではとヨイチは心配していたが、本人が大丈夫だと言っていたためそのまま続行となったのだ。
控え室にいる『344(ミヨシ)』関係者たちはライブ当日にも関わらず、全員がミロクの女装に反対していた。
「おいミロク、無理しなくていいんだぞ。ヨイチのオッサンがなんとかするみたいだし」
「そうですよ! ミロクさん危ないです! 叔父さんになんとかしてもらいましょう!」
「……ミロク君、事務所のことは気にせずに断っていいんだよ」
シジュとフミの言いように苦笑しながらも、ヨイチはミロクを説得するほうに回っている。それでもミロクはほわりと微笑んだ後に、珍しく真剣な表情になった。
「ありがとうございます。でも、尾根江さんのプロデュースにハズレは無いです。ここを逃して波に乗れなかったら、俺はずっと後悔すると思います」
心配そうなフミのポワポワな頭に手を置いたミロクは、優しく撫でて再びほわりと笑う。
「女装しなくても、俺じゃなくても、いずれこういうことは起こっていたと思います。面白い企画を止めるよりも、後のことは後で考えましょう」
それに、とミロクはヨイチを真っ直ぐに見る。
「ヨイチさんなら、絶対に守ってくれるでしょ?」
「ああ、こう見えて僕は敏腕社長だからね。任せてくれていいよ」
ミロクの言葉に不敵な笑みで返すヨイチ。芸能事務所と名が付いている会社はいくつもあるが、如月事務所ほど「方々に通じている」会社はない。
ヨイチの力量や顔の広さもあるが、サイバーチームというトップクラスの能力を持つ人間が集まった部署があるのが強い。
彼らを引き入れたのはミロクの功績でもあるのだが、受け入れるヨイチの懐の深さも半端ないのだ。
「ま、ヨイチのオッサンもいるし、ミロクがやりたいっつーんなら止めないけどな。はは、止めない、けどな……」
どうやらシジュは弟たちから未だに連絡がこないらしい。
年の離れた可愛がっている弟たちからの無視は、オッサンの繊細なハートにジワジワと傷を作っているようだ。
煤けているシジュをミロクがよしよしと慰めていると、控え室のドアがノックされる。
「おはようございます。差し入れ持ってきました」
「佐藤さん!」
わずかに頬を染めて立ち上がるミロクのフェロモンを物ともせず、佐藤はわずかに口元を緩ませて手に持っている紙袋を渡す。
「わぁ! タマゴサンドだ!」
「ミロクさんだけでなく、皆さんもお好きだと聞いたので」
「気がきくなぁ。さすがお役所での好感度ランキングトップなだけはある」
「そんなランキングがあるのかい?」
「今、適当に俺が作った。でもご近所のマダムたちが言ってたから、好感度高いのは本当だぞ?」
さっそくタマゴサンドを手に取ったシジュは、適当なことを言いながら幸せそうな顔でかぶりついている。口元に卵の欠片が付いているところまでがお約束だ。
感心したようにヨイチが佐藤を見れば、彼は申し訳なさそうな表情で頭に手をやった。
「そう言っていただけると、本当にありがたいのですが……自分、実は役所を辞めることに……」
「ええ!? そうなんですか!?」
「ふぁほほんむっ!?」
「ミロク、口の中に食い物入れたまま喋るな。あとお前のせいじゃねーと思うぞ」
フミとミロクが佐藤に詰め寄ろうとするのを、ヨイチとシジュは制止した。日頃から世話になっている佐藤とのやり取りが無くなってしまうのは寂しいと、この場の全員が思っていた。
「役所勤めだと親も安心すると思っていたのですが、自分には合わなかったみたいで……怪我をしたとはいえ健康ですし、体を動かす仕事をしようかと」
「体を動かす仕事って、どういう職種になるんですか?」
頬張っていたタマゴサンドを飲み込んだミロクは、佐藤に問いかける。
「そうですね。前職を生かして警備会社などに……」
「ちょっと待ったーーー!!」
勢いよく立ち上がり、珍しく大声を出したヨイチはそのまま佐藤に詰め寄る。ミロクとシジュとフミは呆気にとられ、止めることもできないでいた。
「え? あの、如月さん?」
「警備会社って警備をする仕事!? それってビルとかの警備員だけじゃなくて、要人警護とかも!?」
「え、ええ、まぁ……自衛隊に入ったのも、人を守りたいからという気持ちからでして……」
「素晴らしい! それは素晴らしい心意気だね!」
「あ、あの、近い……です……」
ずずいと詰め寄ってくるヨイチの迫力といつになく増している胸板の厚みに、剛の者である佐藤もタジタジだ。そしてシジュは「オッサン、まさか禁止しているプロテインを?」という呟きにギクリとしながら話を続ける。
「まだ就職先が決まっていなければ……いや、決まっていたとしても、ぜひ、うちに来てくれないかな!」
「え? 如月事務所に、ですか?」
佐藤が助けを求めるようにミロクとシジュを見るが、二人とも初耳であり揃って首を傾げている。それに基本、彼らはヨイチに対して絶対的な信頼を置いているというのもあり止める気はないようだ。
「最近、男手が必要になってきたのもあるんだ。よかったらライブ中にでも考えてみてほしい」
「ライブ中に考えられるような話じゃねぇだろが」
冷静にツッコミを入れるシジュの横で、ミロクは
「俺は、佐藤さんが事務所に来てくれるならすごくすごく嬉しいです」
「すみません佐藤さん。ですが私も、佐藤さんがうちに来てくれるのは大歓迎です」
ミロクとフミの言葉とはにかむような笑顔にやられた佐藤は、顔どころか耳まで真っ赤になっていた。
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