288、佐藤のガードと東京ライブ合同リハーサル。
仕事が終わったミロクは、事務所で打ち合わせをしていた佐藤と一緒に帰ることになった。
怪しげな人間が見てないか佐藤は鋭い視線で周りを確認すると、ミロクをエスコートしていく。さながら姫を守る騎士のような雰囲気だ。
「佐藤さん、ご迷惑では……」
「いえ、自分は大丈夫です。むしろミロクさんの安全が確認できないと落ち着かないですよ」
「すみません」
素直に頭を下げるミロクに、佐藤は仄かに笑みを浮かべる。普段あまり表情を変えない佐藤だが、フェロモン王子にかかれば(表情が)ゆるゆるになってしまうらしい。
「こちらこそ、出しゃばってしまって。つい昔の癖が出てしまいました」
「佐藤さんは前の職業が……」
「ええ、自衛隊に所属していました。怪我をして辞めてしまいましたが」
「膝に?」
「いいえ? なぜですか?」
「や、なんでもないデス」
なぜか片言になるミロクに、佐藤は首を傾げながらも周囲を軽く見回す。さり気なく視線を送った先の通行人が、なぜか反対方向へと去って行くのが見えた。
「……朝のとは違いますね」
「わかるんですか?」
「あれはカメラを持っていました。うまく隠したつもりでしょうけれど、姿勢で分かります」
「す、すごいですね……!!」
二人はタクシーに乗り込み、結局家まで佐藤に送ってもらったミロクは、道中「人の見分けかた」をレクチャーしてもらうのだった。
翌日のミロクは、事務所の会議室で一人テーブルに突っ伏していた。
「ようミロク、そこの限定タマゴサンドを買ってきたぞー」
「シジュさん! 天使!」
「やめれ」
心の底から嫌そうな表情のシジュは、手に持っている紙袋をミロクの前に置く。涙目で紙袋からタマゴサンドを取り出し、ひとくち頬張るとほんわりとした笑顔になる。
「ほむ、ふむむん」
「そりゃ美味いだろう。パンも焼きたてのを使ってるし、卵も三種類のカットだしマヨネーズも手作りなんだぞ」
「んく?」
「いらねぇよ。俺は食ってきた」
「ほむむ、ふむも?」
「おう。全部食っていいぞ」
「……シジュは、どうやってミロク君の言葉を理解しているのかい?」
「すごいですね……」
会議室に入ってきたヨイチは呆れ顔で、持っていたホットコーヒーをミロクの前に置いてやる。ちゃんとミルクを二つ用意してやるところに、彼の末っ子への甘やかしが出ている。
ミロクを事務所まで送ってきた佐藤は、申し訳なさそうにガタイの良い体を縮こませていた。
「よう、ミロクを守ってくれたんだろ? 悪いことじゃねぇんだからそんな顔すんな」
「ですが……」
「ミロク君がよく行く喫茶店にも妙なのがいたんだろう?」
「はい、昨日と同じ記者のようでした」
「一体何をしたいんだろうねぇ」
佐藤はヨイチを不思議そうに見る。その視線に気づいたヨイチは楽しげに続ける。
「なぜ、自分の言うことを疑わないんだろうって顔だね。そりゃあ、僕だって人を見る目くらい持っているよ。こう見えて社長業をしているからね」
「ふもむむふむ!」
「すごいのは分かったから、お前はゆっくり食べてろ」
「……シジュは、そのうち動物とも話をしそうだね」
「すごいですね……」
ハムスターのように頬を膨らませて食べているミロクに「ゆっくり食え!」と叱るシジュ。二人のやり取りを見た佐藤が「これが噂の兄弟愛……」と、妙に納得した様子で頷いている。
「フミは先に会場にいて、設営の確認してくれているよ。僕らは高校生ダンスチームと、有志の人たちとのリハーサルをやることになる」
「高校の体育館を借りるんだよな」
「んく……、そこって、前に文化祭に行ったところですか?」
「そうだよ。あの時の僕らに触発されて、ダンス部ができたんだって。今回のライブで共演できるなんて、すごいことだよね」
「自分たちも微力ながら協力させていただきます」
「微力どころか、佐藤さんがいれば絶対の安心がもらえます! すごいんですから佐藤さん!」
キラキラと目を輝かすミロクの濃密なフェロモンから、シジュとヨイチはさりげなく佐藤を守ろうとする。そこで分かったのは、あまり表情の変わらない佐藤はわずかに微笑むだけで、王子フェロモンに対してほとんど反応しないということだった。
「マジか……」
「ミロク君がすごいって言う理由がわかるね」
「え?」
なぜかドヤ顔のミロクが佐藤の肩に手を置くと、彼は戸惑いながらも「ありがとうございます?」と礼を言った。
体育館には、和楽器の演奏もするダンスチーム『カンナカムイ』がすでに音を鳴らしていた。
それに合わせて躍る高校生たちに、メンバーの志摩子は小さな体を全部使って声を出し、厳しい表情で指示をしている。
「お疲れ、チマ子」
「あ、やっと来た!! もう、遅いよ!!」
「悪い悪い、タマゴサンド待ちだったんだ」
「意味がわからないよ!!」
実際ミロクたちは時間前に到着している。しかし、皆が一生懸命に練習する姿を見たならば、時間について語るのは野暮というものだろう。
高校生たちに混じって、近所の人たちの姿も見える。自治会の祭りなどで駆り出される「若い衆」で、そこに佐藤も含まれる。
和太鼓の音が鳴り響く中、集まった高校生ダンサーたちは踊りながらもミロクたちに気づき頬を染めている。ほんわりと笑って手を振るミロクに踊りが乱れ、指導している志摩子がぷりぷりと怒っている。
「ほら!! 後でイヤってほど見れるし、匂いも嗅げるから今は集中してよ!!」
「なんつー指導してんだよ」
「俺、匂い嗅がれちゃうんですかね……」
「減るものじゃないし、匂いくらいは良いんじゃないかな」
「おい、そこの社長。うちの売れっ子アイドルを守ってやれよ」
軽くやり取りをしたオッサンたちは、合同リハーサルに向けて準備運動を始めるのだった。
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