287、オッサンの女装と周囲の反応。
北海道ライブを終え、東京に戻ってきたオッサンたちを待っていたのは問い合わせの嵐だった。もちろんそれらはマネージャーのフミを筆頭に、事務所スタッフが対応しているのだが……。
広げられた芸能雑誌やスポーツ新聞、ノートパソコンに表示されたインターネットの芸能記事を前に、シジュは遠い目をしていた。
すっかり背中が丸くなっている彼を見て、ヨイチは苦笑しながら慰める。
「元気出そうよシジュ。『鶯谷七』のおかげでトップニュースに載れたし、女装してよかったってことで、ね」
「よかねぇよ。うちのチビたちが見たんだぞ……」
「何か言われたのかい?」
「いや……まだ何も……オヤジからは『すごく似合ってた。嫁に出したくない』ってメールがあった」
「ブッフォ!」
思わず噴き出すヨイチを、シジュは恨めしげに見ている。
事務所の奥にある会議室は、オフィスから離れていることもあり静かだ。それでも今日はいつもより電話が多く、ライブの問い合わせが絶えないようだ。
「ヨイチのオッサンところはどうだったんだよ」
「僕はミハチさんから『肌の手入れをサボってるでしょ!』って怒られちゃったよ」
「弟といい、あの一家は完璧主義者ばかりかよ」
「そうだよね。ミロク君のミニスカート……」
ヨイチとシジュの視線は、自然とノートパソコンの画面に表示されている一人の女性へと向かう。
透き通るような白い肌に艶やかなピンクの唇、ミニスカートからすらりとのびたモデル顔負けの綺麗な足……。
「俺らはまだ『女装』って感じだったのに、ミロクはあの美少女たちに負けないっつーのがな……」
「こう見ると、ミロク君とミハチさんは似てるんだよね。こっちもいいなとか思っちゃうところが怖いよ」
「オッサンはまだそういう共通点で反応してるからいいけどよ、俺は普通に反応したからな」
「普通に反応って……。あ、でもニナちゃんにも似てるよ。ほらほら、こことか」
「うるせーよ」
ほのかに目尻を赤くさせてそっぽを向くシジュを楽しげに見ていたヨイチは、ドアをノックする音に意識を向ける。
「社長、ミロクさんと役所の佐藤さんです」
「大丈夫だよフミ。そのまま入ってもらって」
広げてある雑誌などは特に隠す必要ないと、素早く確認したヨイチはフミに声をかける。
ドアを開けて入ってきたミロクは笑顔で、後に続いてきた佐藤の表情は冴えない。
「佐藤さん、東京ライブではよろしくお願いします」
「あ、はい……」
反応の悪い佐藤の様子に何かを感じたヨイチはミロクを見ると、彼はパッと笑顔になる。
「来る途中で佐藤さんに会ったんですけど、反対方向に行こうとしていたのに用事があるからって一緒に来てくれたんですよ。ライブの話とかして楽しかったです。ありがとう佐藤さん」
「……いえ、どういたしまして」
そうじゃないだろうと予想したヨイチは、佐藤にぺこりと頭を下げる。
「どうやらうちのミロクが迷惑をかけたみたいですね。ここまで送っていただきありがとうございます」
「迷惑ではないです。ただ、しばらくミロクさんを一人で行動させないほうがいいと思います。前の仕事柄、そういうのに敏感なんですよ」
「そうでしたか。すぐにうちのを動かしましょう」
「サイバーチームですか?」
「ええ」
「それなら安心ですね」
ホッとした様子の佐藤と、笑顔なのに目は一切笑っていないヨイチ。二人の会話にミロクは首を傾げている。
フミは顔色を青くして会議室から出て行き、シジュはさりげなくスマホを操作してどこかとやり取りしているようだ。
「あ、メールでもやり取りしていましたが、ライブのリハーサルは明日ですよね」
「学生のダンスグループも一緒に合同練習となります。佐藤さんには衣装があるので、サイズ調整の時間をもらってもいいですか?」
「はい。丸一日空けているので大丈夫です」
「もしかして、お仕事休んだとか……」
ミロクが心配そうにするのを見て、佐藤は口元を緩ませる。
「上司から有給休暇を取れとうるさく言われていたので、これを機に一週間休みにしました。やることもないので、ぜひ付き合ってくれると助かります」
「佐藤さんが良ければいいんですけど……ちゃんと休んでくださいね」
「ミロクさんは優しいですね」
「佐藤さんには負けますよ」
ほわりと笑顔になるミロク。先ほどまでとは違う佐藤の柔らかなの雰囲気にヨイチは気づくが、特に何も言わないまま二人を見ている。
以前、佐藤はフミを気にしていたようだった。しかしそれは異性に向ける感情ではなく、ただ『守りたい』といったものに見えた。
佐藤の言った前職に関係あるのかどうかは不明だが、彼は悪い人間ではないしミロクを守ろうとしてくれている。それがある内は特に気にすることはないだろうとヨイチは考える。
「ヨイチのオッサン、俺のツテで調べてもらってるが、今のところ大丈夫そうだ」
「それなら良かった。寒川さんのところかな?」
「おう」
「え? なんの話ですか?」
一人会話についてこれていないミロクに、シジュはひとの悪い笑みを浮かべて言う。
「お前が美少女すぎて、変な輩が湧いて出たって話だよ」
「なんですか? 美少女って……」
「ミロク君、ネットで話題になってたの知らないの?」
「ネットですか?」
北海道ライブが終わり、すぐにモデルの仕事やら何やらでドタバタしていたミロクは世情に疎くなっていた。
会議室内にあるテーブルに広がる雑誌に視線を送るヨイチにつられるようにしてミロクもそれらを見る。でかでかと載っている、ミニスカートから見える艶かしい足……どこかで見たような整った顔の女性……。
「なっ……なっ……」
「ミロクさんは気づいてないようでしたが、さっき自分と会った時も変な男がついてきてましたよ。美人さんなんですから、本当に気をつけてくださいね」
数多くの雑誌に特集を組まれているのを知ったミロクは、自分の鈍感さに気づき盛大に落ち込むのだった。
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