283、たまには家でまったりわちゃわちゃ。
夏のツアーも大詰めを迎えたオッサンアイドル『344(ミヨシ)』は、次回の北海道公演について打ち合わせをしながら東京へと戻っていた。
ラジオ出演とファッション雑誌の撮影があるため、彼らは早々に名古屋から出る必要があったのだ。
「はぁ……噂の喫茶店に行きたかったです」
「行ったところで食べきれねぇだろ」
「そこは皆で仲良く食べればいいじゃないですか」
「ミロク君はフミと仲良く食べるのかと思っていたけど?」
「おおお叔父さん! ななななに言ってるんですか! そ、そういうのはダメ! ダメですよ!」
「マネージャー、動揺しすぎだろ……」
新幹線の座席を向かい合わせの状態にしたオッサン三人と女子一人は、相変わらず和気あいあいとした雰囲気で移動を楽しんでいる。
いや、女子一名は茹だっている。そしてその隣に座るオッサン一名はフェロモンを垂れ流している。
お馴染みの二人は放っておくヨイチは、スマホに入ったメッセージを確認すると眉間にシワをよせた。
「あー、北海道ライブにプロデューサーが来るみたいだよ」
「マジか。どっちで来るんだか」
「オネエな感じだと目立つから、あのサラリーマン風のじゃないですかね?」
「あの人、別口で忙しいって言っていたはずなのになぁ」
ヨイチはやれやれと背もたれに身を預けると、ちょうと通路にいる車内販売のワゴンを見てコーヒーを注文する。ずるいずるいとうるさい弟たちの分も追加で購入している。
フミがノートパソコンを開いて作業しているのを、ミロクは心配そうに見る。
「仕事が忙しいの? 俺も手伝う?」
「ミロクさんは今のうちにしっかり休んでてください」
「でも……」
「万全な状態でお仕事しないと、ファンの人達に申し訳ないです」
「……そうだね」
それでも好きな女の子に頼られたいという男心を持て余す?ミロクを、ヨイチとシジュは苦笑して見ている。
頑張るトイプードル系女子を愛でない男子がこの世の中に存在するだろうか、むしろ女子だって愛でるに違いない。それほどまでにフミは可愛いのだというのはミロクの言である。
「フミは無理しないように。ミロク君は体調崩すまでマネージャーを愛でないように。僕らはラジオの時間までしっかり休もう」
「はい。社長」
「わかりました」
「それじゃあ、土産に買ってきた手羽先食おうぜ! ヨイチのオッサンビール頼む!」
「ノンアルコールなら許可するよ」
「鬼!!」
それでもしっかりノンアルコールビールを取り出したシジュは、なんだかんだ言っても「プロ」なのだろう。
四人は乾杯すると、名古屋の名物に舌鼓をうつのだった。
「ただいまー」
「おかえりミロク、名古屋は楽しかった?」
元気よく帰ってきたミロクに、姉のミハチはリビングのソファで寛いだまま問いかける。
珍しく月曜休みの姉に驚きながら、ミロクは笑顔で返す。
「うん、すごく美味しかったんだよ。やっぱり名古屋の朝は小倉トーストだよね」
「ミロク……お姉ちゃんは『楽しかった?』って聞いたんだけど。それに小倉トーストってカロリー高いんじゃない?」
「フミちゃんと半分こしたんだよ。あーんってしたら真っ赤になって怒られたんだけど、本当にフミちゃんは可愛いから困るよね」
「……困ってるのはフミちゃんの方だと思うけど」
呆れたようなミハチの言葉にも、ミロクは笑顔で「困った顔も可愛くて」とノロケるため始末におえない。
「そうだミロク、これからラジオでしょ? すぐに出るの?」
「いや、フミちゃんが車で迎えに来てくれるから、それまで少し寝てようかなって」
「そう……」
歯切れの悪いミハチの様子に、ミロクは何かを思いついたようにスマホを取り出して通話状態になる。
「もしもし、今事務所ですか? そっちで仕事してるなら、うちに来ませんか?」
「え、ちょっとミロク、どこにかけてるの?」
「ヨイチさんだよ」
通話を終わらせ何事もなかったかのように返すミロクに、思わずミハチは声を荒げる。
「忙しい人なのに無理言ったらダメでしょ!」
「えー、でも電話口で姉さんの声が聞こえたみたいで、すぐに行くって即答だったよ?」
あのわずかな通話時間でミハチが家にいると把握する謎の能力を持つヨイチ。彼の愛の力?によるのだろうか、しばらくすると玄関が騒がしくなる。早い。早すぎる。
「ミロク君! 知らせてくれてありがとう! 最近気がつけばミハチさんは海外にいるから、捕まえるのが大変なんだよ!」
「いらっしゃいヨイチさん、フミちゃん。今日は姉さんの方がヨイチさんに会いたそうでしたよ」
「ちょ、ミロク、アンタ余計なことを……」
「ミハチさん! 僕に会いたくて会いたくて泣いていたって本当!?」
「あるわけないでしょ。なんでそんなにテンション高いのよ……疲れているんじゃないの?」
「君に会えて、疲れなんて感じないよ! むしろ一部が元気なくらいだよ!」
「オッサン、何をナチュラルに下ネタ言ってんだよ」
テンション高いヨイチの後ろから緑のスリッパでスパコーンと叩くのは、最後に入ってきたシジュである。
「それならフミちゃん、俺の部屋にいこうか」
「ふぇぇ!?」
これに乗じてとばかりにミロクはフミの背中に手を回したのだが、それもシジュの緑スリッパで阻止されてしまう。いいところを邪魔され、頬を膨らませてふてくされるミロク。そのあざとい仕草が似合いすぎる彼は、本当に三十六なのだろうかとシジュは悩む。
「おいミロク、お前マネージャーと二人で何するつもりだったんだ?」
「あ、シジュさんも来ます? 最近、本格的な八極拳の動画を見つけたんですよ! あれを見ればもう極められるんじゃないかって思うくらいの、ものすごい動画なんですよ!」
「……動画、ですか」
「ミロク、お前は本当……ないわー」
「さすがにフォローできないよ。ミロク君」
「お姉ちゃん、そんな子に育てたおぼえはないわ……ないわー」
「なんでですか! かっこいいんですよ八極拳!」
抗議を全スルーされたミロクは、再び頬を膨らませるという「あざとさ全開のふてくされアピール」を披露するのだった。
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コミック版オッサンアイドル、第4話が更新されてます!
ぜひとも!




