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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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317/353

272、佐藤の事と残念なオッサン達。



 土曜のため、仕事が休みだった佐藤は私服だった。いつものスーツではないカジュアルな格好の彼に、ミロクはなるほどと頷く。


「仕事ではスーツだと私服でカジュアルになるから、そのギャップに魅力を感じますね」


「え? そうですか?」


「ちなみに、その服どこで買ったんですか?」


「ウニクロですよ」


「俺もウニクロ好きなんですよ。一緒ですね」


 ふわりと微笑むミロクの笑顔を真正面から見てしまった佐藤は、うっすら頬を染めつつ目をそらす。

 CDショップに隣接している「少々お高め」な喫茶店に入った三人はそれぞれ飲み物を注文すると、早速ミロクが謎の切り口で雑談に入っていく。

 先程まで泣いていたせいか目尻が赤くなっているのに気づき、そっとおしぼりを手渡すフミに礼を言った佐藤は軽く咳払いしてミロクと向かい合う。


「先程は失礼しました。先日放送されたドラマを拝見して、つい感情が高ぶってしまって」


「いやぁ、あそこまで入り込んでいただけたら、演者として嬉しいです」


「ふふ、ミロクさん本番でも本気で泣いちゃってたってシジュさんが言ってましたね」


「シジュさんだって、驚いて立ち位置間違えていたのに、俺のことばっかり……」


「やはり、あの山場のシーンは気持ちが入っていたんですね。そこで流れるあの曲に、自分は思い出すだけで……」


「さ、佐藤さん落ち着いて! おしぼり! おしぼり追加くださーい!」


「飲み物がまだこない! とりあえず水を! 水を飲んで落ち着いて!


 再び涙を浮かべる佐藤に慌てるミロクとフミ。そんな二人を見て泣きそうになっていた佐藤は思わず吹き出す。


「あはは、いやすみません。お二人の息がぴったりで微笑ましくて」


 佐藤の言葉にミロクとフミが仲良く顔を赤くしたところで、注文していた飲み物が届く。なぜか三人とも揃って梅昆布茶である。


「ここの店で梅昆布茶頼むと、お菓子がついてくるのが嬉しいよね」


「ですね。この店の時は頼んじゃいます」


「自分もです」


 ちょっとしたおまけを楽しみつつほんわかモードの三人だったが、佐藤が少し硬い表情になり口を開く。


「あのドラマのテーマが『裏切り』だったじゃないですか。いくら知り合いの出ているドラマでも自分は観たくないと思っていたんです。結局観てしまいましたが」


「ミステリーにはありがちなテーマですけど……」


「あー、すみません。こんなこと言うのもなんですが、自分が以前裏切られたことがあるからなんです。元妻のことなんですけど、彼女の浮気で離婚したというのがあって」


「浮気、ですか」


「自衛隊に所属していた頃、あまり家に帰れなかったんで寂しかったんだと思います。自分にも悪いところがあったんで、彼女だけを責められないんですけどね」


 急にこんなことを話してすみませんと、笑顔で謝る佐藤。しかし彼の前で梅昆布茶をすするミロクの表情は冴えない。こんなことを話すべきじゃなかったと佐藤が後悔する中、おもむろにミロクが口を開く。


「佐藤さん、おいくつですか?」


「え? 自分ですか? 三十四ですけど」


「佐藤さんってミロクさんより年下なんですか!?」


「自分は老け顔だと言われますけど、さすがにミロクさんと比べられると……」


「そ、そうですよね。すみません」


 フミと佐藤のやり取りの中、ますます表情が硬くなるミロク。再びおごそかに彼は口を開く。


「そうですか……自衛隊という体を張った仕事をしていただけではなく、結婚歴もある。ご両親のために転職し、近くの役所で真面目に勤めている」


「両親のことはたまたまですよ。転職はすっとしようと思ってましたし」


「どこかの三十六にして彼女がいなかったり、四十にして未だフラフラしてたり、四十一になっても初恋を拗らせているどっかのオッサンたちよりも、佐藤さんは……佐藤さんは年下……!! なんてことだ!!」


「ミ、ミロクさん?」


 大げさなくらいの語り口調と頭を抱える動作に、何事かと周りの視線が集まる。


「落ち着いてくださいミロクさん。目立っちゃってますよ」


「あ、ごめんフミちゃん。ちょっと思う所が多すぎて」


「三人分でしたもんね」


 制止するフミにミロクは自分を取り戻し、佐藤はまた吹き出す。少し重たい雰囲気がなくなったところでミロクは「そういえば」と思い出す。


「あのドラマ、山場のシーンで裏切る役どころのヨイチさんが、俺が号泣してるの見て動揺して台本にないことやっちゃってたんですよね」


「原作者の綾部先生が、思わず結末変えようとするくらいだったって、ミロクさんの演技は絶賛されてましたよね」


「それはすごいですね」


「違うよフミちゃん、あれは演技じゃなくて本気だったんだ。だからまだまだだなって思ったんだよ」


 褒めるフミと佐藤に向かってミロクは謙虚だ。

 ミロクは役者としてまだまだヒヨッコではあるが、彼なりの考えとして演技の中に本気を入れたらダメだと思っている。本気だと思わせる演技をすることが正しいと。


「本当に、まだまだ」


 そう呟くミロクの胸ポケットに入れていたスマホが震える。取り出し画面を見ると、ヨイチからと表示されていた。

 ミロクは慌てて立ち上がると、喫茶店の外にでて通話をする。


「ヨイチさん、何かありました?」


『今どこにいるんだい?』


「フミちゃんと一緒に渋谷にいます。役所の佐藤さんと偶然会ってお茶してました」


『ちょうど良かった。ちょっと佐藤さんに頼みたいことがあるから、そこで待っててもらえるよう頼めるかな? そっちに行くから』


「分かりました。確認して折り返します」


 通話を切ったミロクは店の中に入ると、この後の佐藤の予定を確認すべく席に戻るのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

オッサンアイドル3巻も発売中です。

見所はミロク王子の女装とスリッパなので、探してみてくださいw

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