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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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316/353

271、CDショップに行く弥勒と芙美。



 午後からオフになったミロクは、珍しく『都会』に出てみようと頑張ることにした。夏のツアーでオッサンアイドルとして何をやるのか、大まかなテーマを決めるべきだと『344(ミヨシ)』のリーダーであるヨイチが宿題を出してきたからである。

 とはいえ、彼の体から醸し出す色香は常時全方向に発動しており、ミロクが意識してそれを引っ込めるのは難しい。

 そこでイケニェ……受け皿として白羽の矢が立ったのは、ポワポワな茶色の髪を揺らす愛らしい『344』のマネージャーであるフミだった。


「ごめんねフミちゃん、俺の用事に付き合ってもらっちゃって」


「いえ、私もちょっとCDを見たかったので」


 今日のフミは珍しくパンツスタイルで、足が見えないのは少し残念だとミロクは良からぬことを考える。ちなみに今日の服装を指定していたのは上司であるヨイチで、彼の過保護センサーに何かが引っかかったのかもしれない。さすがである。


「ツアーのテーマについて考えたくて……外に出て色々見てみようかと思ったんだけど、俺めったに都会に出ないから道に迷いそうで」


「ふふ、確かにミロクさん一人だと迷子になりそうですね。だからいつも地元なんですか?」


「道を聞いて教えてもらうんだけど、理解できないことが多くて結局迷っちゃうんだよね」


 確かにミロクは方向音痴ではあるが、理解力が低いわけではない。その理由は言わずもがな、話しかけられた相手が彼の色香にやられてしまい言語中枢の働き?が悪くなるからである。


「普段出歩かない場所に行けば、何かヒントがあるかもしれませんね」


「うん。あとせっかくだから『344』のCDが並んでる様子を見たくて」


「渋谷ならサイン入りのポスターとかも飾ってありますよ」


「……ちょっと恥ずかしいかも」


 頬を染めつつほわりと笑みを浮かべたミロクの色香を、フミは丹田に力を込めて気合でやり過ごす。さすがである。


 お気に入りのフード付きジャケットにジーンズとスニーカー、黒縁のメガネにマスクで顔を隠すミロク。その横をちょこちょこと歩くフミは、足の長さの差に苦労しながらついて行く。

 それに気づいたミロクは、申し訳なさそうに歩くスピードを緩めた。


「すみません」


「ごめんね。俺、気がきかなくて。ニナからもよく怒られるんだよね」


「いえ、大丈夫ですよ」


 フミの愛らしいおでこにうっすら浮かんだ汗を見て、ミロクはそっと彼女に向けて手を出してみる。


「え?」


「手、繋ごうか」


「そ、それはダメですよ」


「イヤ?」


 悲しげに眉を下げるミロクに、フミは慌てて説明する。


「イヤじゃないです! 私だって手をつな……じゃなくて、ミロクさんはアイドルなんですから!」


「人前じゃダメってこと?」


「そうです!」


「じゃあ、人前じゃなければいいんだね。じゃあ、後で二人っきりでゆっくりしようね」


「はい! ……ふぇぁあ!?」


 妙な叫び声をあげたフミだったが、その元凶は楽しげに歌を口ずさみながら先を歩いている。慌てて追いかける彼女の顔は真っ赤で、頭の中で一体何を「ゆっくりする」のかと妄想してはアワアワする羽目になっていた。







 CDショップの店内に設置されているモニターの中で、繰り返し流れる映像。それは最近CDが発売されたアーティストのミュージックビデオだった。

 切り替わる画面、モノクロの背景の中心に置いてある赤い椅子。

 流れるアコースティックギターの物悲しい伴奏にのせて、切なげなテノールが響き渡る。


  傷を残せば 痛みも残るから

  泣くほどに あなたを感じるから

  忘れたくない なくしたくない

  側にいたい それだけなのに


 どこかで聴いたことのあるメロディーだと、店内の客たちは画面に目を向ける。歌っている男性の濡れたような黒髪に白い肌、長い睫毛に縁取られた瞳から溢れる涙は、画面の向こうにいる皆が思わずもらい泣きさせる気持ちにさせた。

 そして、かれこれ三十分ほど画面の前から動かない男性が一人。


「あの、お客様?」


「……あ、すみません。思わず見入ってしまって」


 男性は目立っていた。背も高くガタイも良く精悍な顔つきでかなりの「男前」だ。そんな彼が男性アーティストのミュージックビデオを見て無言のまま泣いているのだから。

 こちらを向く男性の綺麗な泣き顔を見て思わず女性店員は息を飲むが、涙を拭いてもらおうと手渡すティッシュに男性は首を傾げる。


「いえいえ、うちの店は大丈夫なのですが、お客様が泣いてらっしゃるので……ティッシュ使ってください」


「え? あれ? すみません」


 泣いていたことに今気づいたらしい彼は、少し恥ずかしそうにティッシュで目元を押さえていると後ろから声がかかる。


「あれ? 佐藤さん?」


 心地良いテノールに振り返った男性は声の主とポワポワ頭の女性の二人組に気づくと、止まっていた涙が再び溢れ出してしまった。


「え? え? どうしたんです?」


「すみま、せ……ドラマ、すご、良かった、です」


「あ? ドラマ? はい、ありがとうございます」


「この、歌も、すご、良くて」


 画面を見れば自分が歌っているミュージックビデオが流れており、ミロクは何となく察しがついて佐藤の肩に手を置く。


「お茶でも飲みましょうか。フミちゃんも大丈夫?」


「はい」


「すみま、せ……」


 CDショップの女性店員はその様子を見てホッとしていたが、去り際にミロクが軽くマスクを外して「ありがとう」と笑顔を見せたために、思わぬご褒美(攻撃)を受けてしまうのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

オッサンアイドル3巻もお手にとっていただき感謝です。



新作の「オタクでモジョだけど、四季を司る姫をやっていきます」も、よろしくです。


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