267、信じる心と絆される人達。
遅くなりましたー!
ミロクは、ただひたすらに後悔していた。
なぜ、あの時もっと彼の話を聞かなかったのだろう。
なぜ、たまに見せる憂げな表情に疑問を持たなかったのだろう。
なぜ、なぜ、そればかりだ。
「俺は馬鹿だ。こんなことになってから気づくなんて……そんなにも、追い詰められていたなんて……」
温かく優しい彼の人柄が、作られたものだとは思いたくなかった。ミロクは彼の「全て」を知った上で、どうしてもその事実を信じられなかった。いや、信じたくなかったというのが正しいだろう。
車を走らせるミロクは、青ざめた顔で目的地に向かう。そこには彼がいるはずだ。
「ここか……今、行きます」
海岸沿いにある駐車場スペースに車を停めると、ミロクは外に飛び出しそのまま走り出す。
潮の香りのする風が彼の黒髪をなぶっていく。それを気にすることなく歩いていくミロクの視線の先には、一人砂浜に佇むアッシュグレーの髪の男性がいる。
「ここにいたんですね。全てはここから始まった……そうですよね」
「やっぱり君は優秀だね。僕が思っていた通りだ」
微笑んだヨイチに、ミロクはくしゃりと顔を歪ませる。
「嘘ですよね。裏切るなんて……嘘、ですよね?」
「全部知ったんだろう? それが真実だよ。僕は何も変わっていない。あの時のまま、僕は何も変わっていないんだよ」
「嘘だ!! 俺を、俺のこと、一人前になるまで見ててやるって……見ててやるって言ってたじゃないですか!!」
溢れる涙をそのままにミロクは一歩踏み出そうとするが、強い力で後ろから肩を掴まれる。
「むやみに近づくな」
「……俺は、信じています」
「ダメだ」
いつの間に来たのか、くせ毛の髪を鬱陶しそうに掻き上げたシジュは強い口調でミロクを制止する。しかし彼がそれに従うことはない。
肩を掴む手をそっと外し、ゆっくりとヨイチに近づくミロク。その確固たる意志を感じたシジュは、再び開きかけた口を閉じた。
「まったく、頑固なところは直らないままだったね。言っただろう、疑うことを知るようにって」
「はい、だから疑ってます。これが真実なのかと」
「……しょうがない子だね」
「裏切ったなんで信じません。俺は、俺はずっと一緒に、いるん、です。ずっと一緒って、約束、したじゃないですかぁ……」
次々と溢れる涙を拭うことをせず、ただひたすらにその目はヨイチを映している。困ったように微笑む彼は、もはや何も語らない。それが起こった事、すべての原因が彼にあることを如実に語っていた。
「いやだ……いやです……」
膝から崩れ落ちるようにへたり込み、ミロクは慟哭をあげる。そんな彼を背中にそっと手をあてようとしたシジュの目の前に、素早く入ってくる大きな腕。
「ごめんよミロク君! 僕はずっと、ずっと君の側にいるから! だから泣かないでくれ!」
「ヨイチさああああん!!」
『カットオオオオオオオ!!』
未だ涙が止まらないミロクと、そんな彼を頭を撫でるヨイチ、呆れながらも心配そうに末っ子を見ているシジュというオッサンアイドル三人は絶賛ドラマの撮影中である。
今日は物語のクライマックスである、黒幕が判明したというシーンを撮影している。
新米刑事であるミロクは、過去にあった事件に先輩刑事であるヨイチが関わっていることを知る。そして今回、いくつかの事件に同一人物が関わっており、その人間が黒幕だということが判明した。
ヨイチと古い知り合いだという探偵のシジュと共に黒幕を追っていたミロクだが、それが先輩刑事であるヨイチだということを知ってしまったのだ。
「おいミロク、これはドラマだからな? ヨイチのオッサンが裏切ったわけじゃねぇんだからな?」
「分かって、ます、けど……」
泣きすぎてしゃっくりをあげているミロクに、ヨイチはペットボトルの水を差し出す。今日の撮影には、仕事の都合でフミが付き添うことができなかったため、細かなフォローはヨイチがしている。
そんなヨイチも柔らかな表情は変わらないものの、先ほどミロクが号泣したことによりかなり動揺していた。
「オッサンも、しっかりしろよ」
「そ、それはそうなんだけど……シジュだって台本にないのに、ミロク君の近くまできてたじゃないか」
「ぐっ……」
ヨイチにやり返され、シジュも気まずい気持ちになりそっぽを向く。
すると、彼らのところに撮影スタッフの男性が駆け寄ってきた。
「ミロクさん落ち着きましたか?」
「ああ、すみません。少し瞼が腫れているようなので、氷をもらえるとありがたいんだけど」
「すぐ持ってきますね。あと、監督が呼んでいます」
「ありがとう。ちゃんと謝らないとね」
「えっと、そういう感じじゃなかったんですけど」
「え?」
「監督の奥様である、脚本手掛けてる綾部真雪先生が来られていて……」
男性スタッフはやや困った様子で、監督達がいる方向を見る。彼に釣られてヨイチも目を向けると、何か揉めているような感じだ。
「僕が行きましょう」
「助かります」
ホッとした様子の男性スタッフに厄介ごとを感じながら、向かおうとするヨイチのシャツが軽く引っ張られる。振り返ると、長い睫毛に縁取られた目を潤ませたミロクが、鼻をすすりながら口を開く。
「俺も、行きます」
「オッサン一人のせいじゃねぇ。連帯責任ってやつだろ」
メンバー二人の言葉にヨイチは苦笑する。
「じゃあ、三人で謝ろうか」
「はい!」
「おう!」
実はミロクとヨイチのNGは大したことではなく、編集すればどうにかなる程度のものだ。となると、揉めている原因は一体何なのか……。
監督の側に向かう三人の目に入ったのは、泣きじゃくる女性と宥めるスタッフたち。そして彼女はハンカチを握りしめて叫んだ。
「もう無理! 無理なのよ!」
「お、落ち着きなさい真雪」
「あんなに王子が泣いているのよ! これはもう結末を変えるしかないわよ!」
「先生ダメですよー。落ち着いてくださーい」
揉めている原因が何となく分かったヨイチとシジュ、そしてよく分からずに首を傾げるミロク。
そして彼女、作家であり脚本家でもある綾部真雪が落ち着くのに、小一時間ほど要するのだった。
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