266、ドラマの撮影に入る弥勒。
書籍版、オッサンアイドル3巻は2月23日発売です。
よろしくお願いします。
事前に動いてはみたものの、準備といえるような事はあまりできなかったとミロクは思っていた。演技の勉強をしても、いまいちピンとこなかったのだ。
「勉強すればできるものでもないですからね。そんな甘いものではないですよ」
「ですよねー」
自分の半分ほどの年齢である美少女に諭され、ミロクはガックリと肩を落とす。それでも練習に付き合ってくれていた美海に、ひたすらミロクは感謝していた。
二人が向かっているのは、件のドラマ撮影現場である。高身長のミロクと低身長の美海、さらに二人とも美形という組み合わせに、いやでも視線は集まる。
「ヨイチさんとシジュさんは、今日の出番ないとのことですが」
「後から来てくれるって。これで緊張の半分はなんとかなるかな」
「後の半分は」
「優しさでなんとか」
「できませんよ」
「ですよねー」
「すみません! 遅くなりました!」
軽口を叩く二人の後ろから、荷物を抱えたフミが小走りで走ってくる。慌ててミロクは荷物をいくつか持ってやると、茶色のポワポワ頭をペコリと下げるフミ。そんな彼女の抱えている紙袋を美海は感心したように覗き込む。
「焼き菓子の差し入れですか。しかも季節限定の」
「はい。挨拶回りのついでに、渡せたらいいなって」
「ありがとうフミちゃん。俺、そういうの選ぶの下手だから」
「いえいえ。これもマネージャーの務めですから」
額の汗をぬぐって息を吐く愛らしさに、危うくミロクはそのままどこかに連れ去ろうとするのを、一欠片の理性で抑えつける。その一部始終を見ていた美海は呆れ顔だ。
「じゃあ、私はここで失礼します。後でお会いしましょう」
「ありがとう美海ちゃん」
「どういたしまして」
ミロクは彼女が自分の緊張をほぐすために、一緒にいてくれていたのに気付いていた。過保護な兄の仕業だろうと、ミロクは心の中でヨイチに感謝する。
「衣装に着替えておいたほうがいいかな」
「そうですね。挨拶に時間はかからないかもですが、話が弾んでしまったら慌てますから。メイクさんはもうすこししたら来るみたいです」
「そう。じゃあ、着替えようか」
そのまま着ていたシャツとインナーを、あっという間に脱いでしまうミロク。均整のとれた体と、きめ細かく滑らかな白い肌、上半身裸状態をフミの前に躊躇なくさらけ出される。
「ちょ、ちょっと外に出てますー!!」
「あ、ごめんフミちゃん」
マネージャーであれば平静でいるべきなのだろうが、災害級のフェロモンをもつミロクに対してそれをしろというのは酷な話だろう。
しかしミロクは「裸くらい気にしないのに、フミちゃんは初心で可愛いなぁ」と一人悶えるのだった。
がんばれマネージャー。
「おい、オッサン急げよ」
「タクシー使うから大丈夫だよ」
一人(正確には一人ではないのだが)現場にいるミロクを心配したシジュは、ヨイチを急かす。あーだこーだ言いながらタクシーをつかまえ乗り込んだ二人は、早速台本とスケジュール表を開いて確認に入る。
「今日撮るシーンは、俺とオッサンはいないんだよな」
「僕とミロク君の絡みは少ないからね。僕は回想シーンが多いし……シジュと絡むのが多いから、その時は頼むよ」
「ヨイチのオッサンは別撮りばっかだな」
「まぁ、最初の方で行方不明になる役だからね」
新米刑事のミロクと組んでいる先輩刑事のヨイチ。行方不明になった先輩を探すミロクを助けるのは、ヨイチと昔馴染みであるという探偵のシジュだ。
「とにかく、ミロクを一人にするのは不安だな」
「そうだね。ミロク君が大丈夫でも、周りが大丈夫じゃないだろうからね」
無差別に王子のフェロモンを振りまき、撮影に支障をきたすわけにはいかないと、普通ではありえない事態に備えて年長者二人は現場に向かう。
そして、その予想は現実のものとなっていた。
現場に着いたヨイチとシジュに、涙目のフミが謝りながら報告する。
「すみません! 私が止めようとしても高まるばかりで!」
「そりゃそうだろうな。マネージャーの存在はミロクにドーピングするようなもんだからな」
「撮影は始まってないんだよね?」
「はい。役者さんが一人遅れているので、なんとか大丈夫です」
一番の被害者は演出家の男性だった。ミロクと個々にやり取りしたために、緊張したミロクの加減なし全力の笑顔を真正面から受けたのだ。
ヨイチは苦笑して、フミの頭に手をぽんぽんとのせる。
「この演出家さんは大丈夫だよ。あっちの人だから回復も早いと思う」
「あっちってなんだよ……」
不穏な言葉を発するヨイチに、シジュはつっこみながらもミロクを探すと隅で台本を見ている末っ子を見つける。横に立っている美海と読み合わせしているようだ。
ふと顔を上げたミロクは、視界にヨイチとシジュを捉えると花が咲くような笑顔を見せた。その笑顔に騒めく周囲に気づいた美海は、容赦なくミロクの後頭部にすぱこーんとスリッパを叩き込む。
「おお、すっかりスリッパを使いこなしているね」
「二人とも、お疲れー」
「お疲れ様です。力及ばず、少々犠牲者が出てますが」
「俺は普通にしてたつもりなんですけど、すごくダメ出しされてます」
へにょっと眉を八の字にするミロクに、ヨイチとシジュは苦笑する。
遅れていた役者の準備ができたところで撮影はスタートする。背筋を伸ばしたミロクの後ろ姿を、少し眩しそうにフミは見守るのだった。
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もうちょっと本編続きます。




