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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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306/353

264、専念した与一と、地味に頑張る司樹。

サックリと、です。


 ヨイチが向かったのは、もちろん我らがオネエ……じゃない、尾根江プロデューサーの所である。

 オッサンアイドル『344(ミヨシ)』の影に芸能界の大物がついているのではないかという噂が、まことしやかに流れている。そのため彼らの存在は「知る人ぞ知る」から「知っておくべき存在」になりつつあった。

 ドラマ出演のこともあり、ヨイチの周りからは多くの反応があった。良くも悪くも、だ。


 都心にあるビルの一室。そこにある学校の教室一つ分ほどの広さがある部屋に、落ち着いた色のソファーとテーブルが並んでいる。

 座るように促され腰をおろしたヨイチは、目の前にいる全身を筋肉という名の鎧に包まれた男が、優雅に足を組んで座っている。スーツの上下は相変わらず目も覚めるようなオレンジ一色である。


「もちろん、今回も私が動いたって言いたいところだけど、残念ながら違うわね」


「どういうことでしょう?」


「あなた達の場合、売ろうと思って売り出したことはないのよね。気づいたら売り込み先の誰かが『344』の存在にハマっていて、そこから広がる感じなのよ」


「今回のドラマでも……ですか?」


「ええ。原作は大物ミステリー作家。しかも女性。あなた達の魅力に気づいてて当然の年代。でしょ?」


「でしょ? って言われましてもね……」


 原作者の声というものは、時と場合によっては採用されることもある。しかしそれは、ヒット作を何本も出しているような売れっ子作家であれば……という前提があればの話だろう。

 そこに、もうひと押しあれば確実になることがある。


「彼女の夫が今回のドラマの監督をするし、テレビ局内に親戚がいたりとか、とにかくただの売れっ子作家ではないのよね」


「ああ、だからこんなぽっと出のアイドル、しかもオッサンたちを出演させることができると」


 ヨイチは尾根江の言葉に納得した次の瞬間、顔を強張らせた。彼の様子に気づいた尾根江は楽しげな笑みを浮かべる。


「あら、気づいたかしら」


「そりゃ気づきますよ。今回のドラマに僕らの命運がかかっていることくらい」


「ふふ、まぁ、気負わず頑張りなさいな。あなたが引っ張れば何とかなるでしょ」


「……簡単に言いますね」


 原作者である彼女の知名度、その夫である監督のみならずテレビ関係者との繋がりも強いという、一見チャンスにも思える今回の仕事。もしも、このドラマが「成功」しなかった場合、これから『344』の活動が大幅に狭まることが予想される。

 いや、狭まるくらいならいい。もしかしたら『344』として契約した仕事は白紙に戻され、最悪仕事自体がなくなってしまうかもしれない。

 ぐるぐると考え込むヨイチを、尾根江は呆れたように見やる。


「まったく愚かな男ねぇ、しっかりしなさい。アナタが自分を信じないのは勝手にすればいいけど、シジュたんやミロクきゅんのことだけは信じてあげるのよ?」


「……分かってますよ」


「どうだか」


 ため息を吐く尾根江を真っ直ぐに見たヨイチは、いつもの調子で微笑む。


「そうそう、言い忘れていましたけど実は今回、僕はアイドルに専念しようと思いまして」







 背の高い草の生える川の土手に、やたら背の高い男二人が何やら蠢いている。

 草を掻き分けて、一心に何かを探しているようだ。


「ここですかぁー、おばあさーん」


「もうちょっと右かねぇー」


「りょーかーい」


 汗を拭った男の一人は笑顔をみせると再び草を掻き分ける。するともう一人の日に焼けた肌に癖っ毛を無造作に結わえた男が、うんざりとした顔で腰を伸ばす。


「おいサム。これって探偵の仕事じゃねぇよな」


「んー、まぁ、その依頼によると思うけど? ほらシジュ、そっちも探すよ」


「つかお前は相談員だろ。なんで現場に出てんだよ」


「人手不足なんだよ。最近一人辞めちゃってさ」


 サムこと寒川の言葉にシジュは「しょうがねぇな」と呟きながら、再び草を掻き分けるという作業に入る。

 探偵という職業は、テレビや本などで華やかなイメージがある。しかし実際の仕事内容はとても地味なものだ。一番多い依頼内容は「身辺調査」であり、現場での張り込みや周辺の人から聞き込みをするが、とにかく探偵だとバレないよう会話していくことが重要だったりする。


「なぁ、これって明らかに業務外だよな」


「聞き取り調査してる会話の流れで、土手に指輪落としたって落ち込んでるおばあさんに同情したシジュが悪い」


「お前だって同情しただろ」


「そりゃするよ。善人だし」


「あー、タダ働きかー」


 ドラマで探偵役をすることとなり、それを学ぶべく寒川に頼ったシジュだが、早くも挫折しかけていた。しかし落ち込んでいる女性を見捨てるなど、元ホストの名がすたるというものだと、シジュはつい「探しますよ」と言ってしまったのだ。寒川もそんなシジュに付き合うことは、彼のホスト時代から多々あり慣れたものである。

 今回は浮気の疑いのある男の素行調査であったが、ターゲットのよく降りる駅に毎日散歩している老婦人がいた。彼女は彼の姿を見たことはあるものの、特に誰かと一緒にいたことは無かったという。

 土手の草むらを探すことさらに数十分、シジュが何か光るものに気づく。


「お、これ、もしかして……」


「すごい。本当に見つけるとか、ドラマみたいだ」


 見事指輪を見つけた二人に、泣いて喜ぶ老婦人は何度も礼を言う。照れくさそうに笑うシジュと寒川は、預かってもらっていた上着を羽織って帰ろうかというところで、愛おしそうに指輪を見ていた老婦人がふと思い出したように呟く。


「そういえば……さっきの人も指輪がどうとか話していたわね」


「指輪、ですか?」


「奥さんにあげるのかしらって思ったのよ。おねだりされてるみたいで、二人でお揃いの指輪を買おうって。愛してるよなんて言っちゃって。私も主人を思い出して指輪を外して眺めてたら落としちゃったのよねぇ」


「そうですか。指輪は良いものですね。もう落とさないようにしてくださいね」


「ええ、もちろんです。ありがとうお兄さんたち」


 何度も振り返り、手を振る老婦人にシジュは笑顔で返している。彼女からの思わぬ情報に、難航していた調査が少し動きそうだと寒川は小さく息を吐いた。


「どれだけ調査しても、結果が伴わないと……この業界は厳しいんだ」


「そうか。いや、本当に地味だよな。探偵って」


「シジュがいるから目立つと思ったけど、意外と溶け込めるもんだ。やるな」


「事前に調べておいたからな。服装とか立ち振る舞いで目立たなくさせるってやつだ。ミロクだと、こうはいかねぇだろうけど」


「確かに」


 フェロモンを振りまく王子を思い出し、寒川はクスリと笑った。




お読みいただき、ありがとうございます。


色々詳しく書きたいのですが、アイドルから離れそうなのでサックリサクサクです。

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