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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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302/353

260、気をつけなければならないこと。


 ミロクの母親監修のもと、作られた煮込みハンバーグは概ね好評だった。マキがお腹がぽっこりするくらい食べていて、ミロクの用意したパンの他に白米を炊いておいて良かったとフミはホッとしていた。

 食事のカロリー計算を常にしているミロクは、チーズも追加したいところだったが自重した。それでも食べ過ぎているため、帰りは町内を走って遠回りで帰ることになるだろうとガッカリしている。

 そんなミロクを見て、マキは苦しそうに腹をさすりながら問いかける。


「別にそこまでしなくても、明日スポーツジムとかに行けばなんとかなりそうだけど?」


「ドラマ撮影のクランクインが近いから、スケジュールに空きがなくなってきたんだよ」


「美味しすぎる料理っていうのも考えものですね」


 ちなみにフミは腹八分目派である。食べ過ぎて体調不良になり動けない、などとはマネージャー業として許されないと思っているからだ。突発的な事態になっても可能な限りは動けるように、フミは準備を怠らない。


「本当にフミは真面目だよね。これじゃあ彼氏が出来ても『344』の優先順位は不動の一位になりそう」


「それは当たり前。ミロクさんたちが一番大事なんだから」


「あ、でも彼氏イコール『344』のメンバーにすれば両方一番じゃん。ニヤニヤ」


「な、な、なに言ってるの!!」


 微笑ましい女子たちのやり取りを聞きながら、やっと心に余裕のできたミロクは改めてフミの住むマンションの一室にいるという実感が湧く。そして、何やら落ち着かない気分になってきていた。

 フミの部屋は彼女の匂いでいっぱいで、思わずミロクは何度も深呼吸しそうになるのを自重する。

 置いてある可愛らしいぬいぐるみは彼女が抱いているのかとか、奥にある寝室はどうなっているのだろうかなど興味は尽きない。

 外見はどれほど格好良くなっても、中身は残念なままの魔法使いミロクであった。







「は? 俺?」


「そう。君だよ」


 掲示板サイトにて、『344(ミヨシ)』のマネージャーを害するような発言をしていたため法的措置をとれるようになり、執拗にメッセージを送り続けていた人物が特定された。

 詳しい事情を聞いたところ、その人物は『344』三人のファンではあるが、特にシジュを推していたという。


「俺のかわい子ちゃんの一人が、かわいくなかった件」


「まぁ、僕らは色々分かっているけど、ファンからすれば内情は分からないよね」


「なんつーか、内情を知ってるファンが多いのがおかしかったんだよな。俺らを応援してくれる人って、親戚かよっつーくらい優しいから勘違いしてたわ」


 会議室の椅子に座りながら、やれやれと伸びをしたシジュはノートパソコンを見ているヨイチを見る。その視線を感じた彼は、シジュのニヤつく顔で次の言葉が予想できてしまった。


「ちなみに、ミロク君はしっかり一人で家に帰ったよ」


「なんだよ。せっかく二人きりだったんじゃねーのか?」


「まさか。彼がそんな状況にするわけないって、シジュだって分かっているくせに」


「そりゃ分かっているけどなぁ。万が一ってこともあんだろ?」


「ないよ。万どころか億もないよ。フミの友達がそのまま泊まったって報告もあったよ」


「ヘタレめ」


 ブーブー言っているシジュ本人も、ミロクと同じ状況で何かできるのかといえば「できない」だろうに、自分を棚に上げてよく言うものだとヨイチは苦笑する。

 ちなみにヨイチの場合、その場で何かすることはないが、この機会に何かしらポイントを上げていくスタンスである。


「それよりも、シジュも気をつけるように。変なのに好かれそうだからね」


「なんだよ変なのって」


「今回みたいなファンだよ。話を聞くとストーカーの一歩手前だったみたいだよ?」


「マジか。まぁ……しばらくは忙しくて、外をふらつく余裕もなくなりそうだし。何とかなるだろ」


「それ、ミロク君の言ってるフラグってやつじゃないよね?」


「……やめろよ。俺シャンプーしてるとき、後ろ振り返れないタイプなんだよ」


 フミの件はひと段落ついた感じではあるが、なぜかオッサン二人は微妙な気分になるのだった。







「ところでフミ」


「なに? ハンバーグはもう全部食べちゃったよ?」


「違うよ。ねぇ、あれ、大丈夫?」


 真紀の指差す方向を見たフミは、カーテンに半分隠れている小さなピンチハンガーを指差す。レースのカーテンと同系色のため目立たなかった、パステルカラーの薄い布が数枚干してあるのが見える。

 声もなく震えるフミを気の毒そうに見る真紀。


「ねぇ、はっきり言って欲しいの」


「分かってるよフミ。アレはね、ずっとあそこにあったんだよ」


「嘘でしょう?」


「フミ、現実を見て。目をそらしちゃダメ」


「嘘でしょおおおおお」


 顔を真っ赤にして涙目で叫ぶフミの頭を、ただ優しく真紀は撫でてやる。色々と辛い思いをしたフミの今年一番のダメージは、今この時に受けたのだった。

 そして翌日、ミロクがカーテンのパラダイスに気づいてなかったどころかカーテンの色さえ覚えていなかったと知り、フミは涙目で真紀にそれを報告した。

 しかし彼女は気づいていない。ミロクの目尻がほんの少しだけ赤くなっていたことを。

 真実は神のみぞ知る、である。




お読みいただき、ありがとうございます。

皆さま、良いお年を。

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