256、温泉に行こう。後編
これでもかというくらいに、肌色出しててすみません。
温泉……なんで……
山肌に沿わせるように建てられた旅館は、起伏の激しい廊下と階段が多くなる状態だ。
ところどころ段差もあり、ぼんやり歩いているとつまずいてしまう。その段差一つ一つにミロクは何度もつまずき、ヨイチとシジュに都度安否確認されている状態だ。
宴会場の窓から見える景色は、ライトアップされた紅葉が鮮やかに浮かび上がっている。露天風呂でも堪能した紅葉だが、良い時期に来れたと如月事務所社員たちは社長の思いつきに感謝している。
浴衣の美丈夫三人は、ヨイチが社長ということもあり上座に座る。『344(ミヨシ)』メンバーであるミロクとシジュも彼の近くに座った。
「おい、オッサン」
「ん? 何かな?」
「さっきからおかしいと思ってたが、まーた筋肉つけやがって。浴衣で隠せると思うなよ? 見せてみろコラ」
「ちょっ、こんなところで脱がさないでって。ほらほらミロク君、合わせが逆になってるよ」
「うわ、やっちゃいました。これじゃ死人ですね。直さなきゃ……」
「待てミロク。ここで直すなおい、待てって!」
温泉を堪能したオッサン三人は早速ワチャワチャしている。ちょうど宴会場に入ってきたフミは呆れ顔である。後から入って来た他の社員たちも、男女共々オッサンたちのチラ見せ肌に釘付けとなっている。
少しはだけた襟を直しているヨイチに、浴衣を脱ごうとするミロクを必死で止めるシジュ。高身長な美丈夫三人がそこにいるだけでも目立つのに、さらに目立ってどうするのだとフミはため息を吐いた。
「何やってるんですか。ほらほらうちの社員が見ているんですから落ち着いてください」
「あ、フミちゃん」
ふにゃりと無防備な笑顔に思わずのぼせそうになりながらも、気合いでフミは背筋を伸ばす。社員旅行とはいえ、しっかりせねばと頑張るフミの様子にミロクはさらに笑みを深める。
「ミロクさんはそこの小部屋で浴衣を直してください。シジュさんも社長への説教は宴会の後でお願いします」
「はーい」
「よし、任せとけ」
「説教はヤダなぁ」
「父みたいになったらどうするんですか。社長はアイドルなんですから気をつけてくださいね」
「分かったよフミ」
フミのポワポワ頭を撫でるヨイチは叔父の顔で微笑む。そんな彼の微笑みにフミは昔から弱かった。
そんな二人のほのぼのとした様子を、浴衣を直して戻ってきたミロクは羨ましそうに見ている。
「ぐぬぬ。ヨイチさんが妬ましいです」
「そういや、マネージャーの初恋はヨイチのオッサンだっつー話だしな」
「分かりました。戦争ですね」
「やめとけ。負けるぞ」
まぁ、いつかは戦わないといけないんだろうなぁと呟くシジュは、そういう相手に巡り会えたミロクを羨ましく思っていた。
「俺には過ぎた夢だな」
「何か言いました?」
「いや、こういう宴会は初めてだから、しっかりと交流しねぇとな」
「ですね! 飲みニュケーションは社会人の嗜みですよね!」
「それはちょっと違うんじゃねぇか?」
元営業のミロクの偏った社会人スキルが披露されるとともに、如月事務所の社員旅行ハイライトである宴会は、粛々と始まるのであった。
早朝。
誰よりも早く起きたミロクは、せっかくの温泉だからと朝風呂と洒落込んでいた。
「はぁ、気持ちいいな。それに綺麗な紅葉だ」
朝靄が微かに残る木々の間をうっすら朝日が入り込み、木々の紅葉を色づかせている。まだ人のいない露天風呂を、ミロクは贅沢にも独り占めしている状態だ。
茶色の湯はこの土地特有のものである。ヒンヤリとした朝の空気の中で、温かい湯に肩までつかって勝手に漏れる声をミロクは存分に出してやった。
「それにしても昨日は、なかなか楽しかったな」
白い肌に茶色の湯を撫でつけ、ミロクはその気持ち良さにほうっと息を吐く。
「あとウコンって初めて飲んだけど、本当に効くんだな」
サイバーチームのしらたま氏からもらった『ウコンパウダー』は、某メーカーのエナジードリンク味だったため美味しくいただいた。すると今朝の素晴らしく快適な目覚めに、ミロクは「ウコンはすごい」と驚いだのだ。
ミロクは湯に浸かりながら、きっとラノベの主人公であればここで女性たちが入ってきて「え? ここって男湯だよね?」ってなるんだよなぁと、かなりどうでも良いことを考えながらザバッと湯から上がると、ちょうどヨイチとシジュが入ってきた。
どうやらラッキースケベは無いようである。
「おはようございます。ヨイチさんシジュさん」
「おはようミロク君。早起きさんだね」
「本当に早いな。そんであのウコンすげぇ効いたな」
元ホストのシジュも驚くほどの効力を持つ『しらたま氏からもらったウコン』は、味も美味しいのでオススメだ。
「さて、今から六甲山に登って、昼にロケ隊と合流しよう」
「神戸のロケじゃないんですか?」
「有馬温泉、六甲山グルメにしてもらった」
「そんなんできるのかよ」
「僕たちが有馬温泉にいるって言ったら、向こうから言ってきたんだよ」
「え! もしかしてもう一泊ですか?」
「温泉とグルメのレポートだから、僕たちだけもう一泊になっちゃうね。社員の皆には先に帰ってもらうことになるかな」
「うちのスタッフに土産をいっぱい買って帰ろうぜ!」
「ですね!」
社員旅行を離脱するような気持ちになり少ししょんぼりとしたミロクだったが、シジュの言葉に気を取り直して笑顔になった。
「あ、山に登るなら登山グッズとか必要じゃないですか?」
「いやいやミロク君、もちろんロープウェイを使うよ」
「え!? そうなんですか!?」
「ミロクお前、体力無いのに登山しようとか思うって、どんな猛者だよ」
「ヨイチさんとシジュさんが登るなら、俺も頑張ろうって思って。だって、せっかくの旅行じゃないですか。一緒がいいですよ」
「ミロク君……」
「ミロク……」
健気な末っ子の言動に熱いパトス?を感じた兄二人は、感動のあまり胸筋サンドイッチ(具はミロク)祭りが開催されてしまう。後から入ってきたサイバーチームが新たな何かに目覚めたとか、血の海に沈んだとか、そのあたりは読者様のご想像にお任せする。
お読みいただき、ありがとうございます。
あと、近々「面白いお知らせ」ができるかもしれません。
よろしくです!




