255、温泉に行こう。中編
ミロクの新たな一面が明らかに?
「チェックインしたから、夕食まで自由行動だよ」
「うう……キツイです……」
「うぇーい」
宿に到着したところで引率の教師のようなヨイチの物言いに対し、しゃがみこんだミロクは情けない声を出している。シジュは新幹線での爆睡から目覚めたばかりで少しボンヤリしているようだ。
有馬温泉駅から宿への道は、急な坂が多くある。山肌に沿うように建物が建てられ、風呂場は高いところに設置されている。
坂道を登った一行はミロクを含め、体力不足の者たちは軒並み崩れ落ちている。サイバーチームの数人はなぜか平気で「体力無き者にイベントはこなせないでござる!」とのことだった。
「おいミロク、これくらいの坂で音を上げてんじゃねーぞ」
「ミロクさん、大丈夫ですか?」
「シジュさんの鬼! それに比べてフミちゃんは天使だ! 女神だ!」
「お、大げさですよ」
甘く蕩けるような笑みを浮かべるミロク。フェロモンをダダ漏れ状態のままフミに迫ろうとして、ヨイチに首根っこを掴まれるとそのまま引きずられていく。
「さぁ、まずは温泉だよミロク君。温泉だ」
「金泉、銀泉ってのがあるらしいぞー」
「ああ……フミちゃんのポワポワ頭を愛でたかったのに……」
「じゃ、私は事務所スタッフさんたちと合流してきますねー」
「フミちゃーん……」
体力の限界であるミロクが抵抗も出来ず連れ去られていくのを、フミは笑顔で見送る。そんな彼女の笑顔も愛らしく、別行動することに寂しいと思っていたミロクの気分はあっという間に回復する。チョロい王子である。
「さすがに風呂までマネージャーを連れて行けねぇだろ。男同士でがっつりとやるぞ」
「が、がっつり……」
「はは、シジュはやる気満々だね」
何をされるのかと怯える王子を笑顔で引きずるヨイチとシジュは、周りからの注目を物ともせずにいざ温泉へと向かうのだった。
女性の事務スタッフと合流したフミは、割り当てられた部屋に荷物を置く。ここに来るまでかなり複雑な道のりだったが、果たしてミロクは一人で迷わずにいられるだろうかと考えるとクスクス笑ってしまう。
「それにしてもすごいですよね。如月さん」
「え? 私ですか?」
「もちろんですよ! あのハイスペックな美丈夫三人に囲まれて冷静に対応できるなんて……」
「私なんかいつも挨拶するだけで、鼻血が出そうになっちゃうのに」
受付や事務作業をしてくれている如月事務所の女性三人は、フミを尊敬の眼差しで見ている。その視線に居心地の悪さを感じるフミ。
「そんなことないよ。いつもいっぱいいっぱいになっちゃうし」
「あんなに王子に懐かれてて、普通に対応できてるのがすごいです!」
「すごいよね! あの色気とか色気とか!」
はしゃぐ女性達に苦笑するフミだったが、ふと今の状況を分析していく。
「確かに三人の魅力はすごいけれど、社長は身内だし、シジュさんは前からの知り合いだし」
「え? シジュさんと知り合いだったんですか?」
身を乗り出した女性は『344(ミヨシ)』ではシジュ推しらしい。
「おじ……社長の通うスポーツジム仲間だったから、顔を合わせるくらいなんであまり詳しくは」
「ああ! 私もあのスポーツジムの会員になれてればー!」
「あそこって会員の空きができないと入会できないもんね」
フミは会員ではないため、あのスポーツジムのシステムはよく分かってはいない。ただ社長であり叔父であるヨイチが何か手を回しているのは分かっている。
(今のミロクさんが平穏でいられるんなら、それが一番だよね)
早速温泉を堪能しようと、はしゃぐ女性スタッフに笑顔で了承するフミだった。
息を切らすミロクは、もどかしげに帯を解いて自らの肌をさらけ出す。日焼けしづらい彼の白い肌は少し汗ばみ、まだ始まってもいないこれからの熱を予想させるかのようにうっすら赤みを帯びていた。
グッタリした状態のミロク。その彼と同じ行動をしたはずのシジュは、息を切らすことなく腕をつかんで支えてやっている。
「はぁ……シジュさん……」
「お前、まだ入ってもいねぇのにヘロヘロだな。大丈夫か?」
「ちょっと……息が……」
「ミロク君、僕のだけど飲む?」
「もらいます」
コクコクと喉を鳴らし、美味しそうに飲むミロクをヨイチは目を細めて見ている。
「ぷはぁ、やっぱり水が美味しいですね」
「六甲山の麓だからなぁ」
「それにしても、ミロク君にとっては災難だったよね」
「本当ですよ。さっきの宿までの坂道と、今の風呂場までの山登り……なんの嫌がらせかと思いました」
「ミロクは体力無さすぎなんだよ。しっかり鍛えろ」
そんなに美味いのかと、シジュも備え付けのウォーターサーバーで水を補給する。温泉に限らず、風呂に入る前に水分をとることは必要だとヨイチは言った。
数人の先客はいたものの、入れ替わりに三人が入ったために貸切状態となった。美丈夫三人の迫力に、なぜか先客の男性たちはタオルで前を隠しながらそそくさと出て行く。
「ちょうど出るところみたいで良かったですね」
「ああ、まぁ、そうだな」
「露天風呂もあるみたいだね。楽しみだなぁ」
シジュは思った。
自分のことはよく分かっているつもりだが、高身長で褐色の肌に無精髭とくれば穏やかな印象ではないだろう。さらにソフトマッチョのヨイチに、色香ダダ漏れのミロクが並べば……。
「まぁ、時間帯を選べばいいか」
考えてもしょうがないだろうと、洗い場でシジュはミロクの横に座ってギョッとする。
「お、おい、ミロク……」
「なんですか? あ、温泉とかスパによくある炭の洗顔ソープって、なんで異様に肌がつるつるになるんですかね」
「いや、そうじゃなくってだな」
いつになく歯切れの悪いシジュの物言いに、ミロクを挟んで向こうで静かに体を洗っているヨイチが口を開く。
「シジュ、いいから」
「え? いや、でも」
「シジュ」
「わ、分かったって。殺気出すなよオッサン」
ミロクが首を傾げるが、兄二人は何事もなかったかのように体を洗っている。
後に、何かにつけ「こう見えて末っ子は最強なんだ」と言う二人が見られるようになったという。
お読みいただき、ありがとうございます!
会話多めだったかも……情景描写を頑張らねば。




