252、新しい仕事と美味しいご飯。
「ミロク君、ご飯持ってきたよー」
「おい、ちゃんと風呂入ったのか?」
のんびりと声をかけるヨイチとシジュに、ミロクは少しだけ開けたドアから顔を覗かせると目を輝かせる。
「特製ハンバーグ!!」
「ふふ、今日僕たちが泊まるってフミが連絡して、大急ぎで仕込んでくれたみたいだよ」
「これ美味いよな。牛タンシチューでハンバーグ煮込むとか。マジで神レシピ」
「ちょっと散らかってますけど、どうぞー」
以前のようにミロクの部屋は、床に布団を敷き詰めている状態にされていた。隅に乱雑に置かれた小説本とジャージが、散らかっていた部屋の名残を見せている。
「ちょっとパソコン借りるね」
「どうぞ」
「ミロク、お前そう簡単にパソコン貸すなよ……ピンクのフォルダ見られるぞ?」
「ピンクですか? デフォなんでピンクにはしてないですよ。フォルダのアイコン」
「ミロク君はシジュと違ってピュアだから、そんな特殊フォルダ作ってないでしょ」
「聖人君子かよ」
あざといくらいに可愛く小首傾げたミロクは、何か思いついたようにポンと膝を叩く。
「R18フォルダのことですか! ああ、すみませんシジュさん用意してなくて……」
「いらねーし! なんかミロクチョイスだと思うと集中できねーし!」
「落ち着こうかシジュ」
「……おう」
キーボードにひたすら何かを入力していたヨイチは、振り向く事なくシジュに声をかけて消火完了させる。さすがスパダリ社長だ。
布団を少し避けてちゃぶ台を置き、そこに夕飯を並べる。できればブラウンシチューに合わせてワインも飲みたいシジュだったが、明日は中止にならなければ雑誌モデルの仕事とラジオの収録があるため控えることにする。
「あ、そうそう。明日のラジオなんだけど、何を話すんだ?」
「舞台ネタはもう古いですよね。だとすると……ヒヨコ騒動ですか?」
「それもいいけど、ちょっとこれ見てくれる?」
ミロクのパソコンの前から、ちゃぶ台の側に座ったヨイチはタブレットを差し出す。そこに表示されていたのは、とある出版社のホームページだった。
「あん? 話題の小説……ミステリー部門一位?」
「俺、この人知ってます。よくドラマ化してる原作の小説書かれてますよね」
「珍しいねミロク君。ラノベだけじゃなくて、こういうミステリーにも興味あるの? 僕は結構読むけど……」
「この人、ゲームとかも好きでファンタジー小説も書かれているんですよ。何冊か持ってますよ」
「綾部真雪……ねぇ。んで、この人の小説がどうしたんだ?」
「テレビ局の番組改変の時期にドラマスペシャルをやるみたいでね。そこで綾部先生のミステリーをドラマ化することになっだそうだよ」
「まさか……俺たちが出るんですか?」
「それはねぇだろ」
「いや、あるんだよね」
冷めないうちにとハンバーグにナイフを入れて、じゅわりと出る肉汁に切れ長の目を細めるヨイチにシジュは「無駄に色気振りまくな!」と舌打ちをしながら自分も口いっぱいに頬張る。
ミロクは驚いた顔のまま無意識にスプーンを口に運び、その美味しさに蕩けるような笑みを浮かべる。思わず吹き出しそうになる兄二人。
「ゴホッ……まぁ、そんな感じで僕らが出演することになるかもだよ」
「今回はオーディションとかないのか?」
「綾部先生のご指名でねぇ……」
「え……それって、めちゃくちゃ光栄なやつですよね?」
ドラマの原作小説の内容はというと、新米刑事の主人公が有能な先輩とある事件の捜査をしていた。そこで犯人と接触した時に主人公を庇って負傷してしまう先輩刑事。
犯人は捕まり事件は終わったかに見えたが、入院していた先輩刑事が失踪する。残されたメモにあった彼の知人らしき人物を調べるも、彼は数年前に亡くなっているという結果に。
八方塞がりに見えた先輩刑事の行方は、突如現れた探偵の助けと新米刑事の運の良さによって少しずつ解き明かされていくのだった。
「新米刑事はミロク君、先輩刑事は僕で探偵はシジュにしたいみたいだよ」
「新米刑事……主人公って二十代じゃないですか。俺で大丈夫なんですか?」
「ミロクお前、外見が大学生のくせに何言ってんだよ。ヨイチのオッサンは、出番少なくて楽してねぇか?」
「結構あるんだよね。推理の場面とか思い出しの場面とか……」
「やっぱりアレやるんですかね。張り込みでアンパンと牛乳とか」
「いつの時代だ」
やれやれと言いながらフランスパンをちぎり、シチューにつけて食べるシジュ。焼きたてを買ってきたらしく、まだ外のパリパリ感と中のモチモチ感があるのが嬉しい。
「それにしても、こういうドラマのオファーがくるとはね」
「ビックリしすぎて実感がないです」
「俺も」
「だよねぇ……」
食べ終わった食器をミロクはさっさと洗いに持って行ったと思うと、ワインのボトルとチーズとオリーブの盛り合わせを持って戻ってきた。
「食器を洗おうとしたら、早く戻れって追い返されちゃいました」
「くそ! 赤ワインかよ! さっき我慢したのに!」
「相変わらずイソヤさんのチョイスは素晴らしいね」
「父が同じのを二、三本買ってるんで、遠慮せず飲んじゃいましょう」
「まぁ、三人で一本なら……しょーがねーよな!」
シジュが渋々と、それでも口元を緩めながら手慣れたようにコルクの栓を抜いていく。その所作も美しく洗練されたもので、さすが元ホストだとミロクは尊敬の眼差しをしていた。
「んじゃ、乾杯だな」
「何にですか?」
「えっと、ミステリードラマのキャストのオファー記念かな?」
「何でもいいか! 乾杯!」
軽くグラスを合わせただけで綺麗な音を響かせるそれを見て、シジュはなぜか焦った様子をみせる。
「お、おい、このグラス高いんじゃないのか!?」
「え? そうなんですか?」
「……ミロク君、このメーカーだと諭吉さんが数十人は必要かもしれないよ」
「イソヤさん、何者だよ……」
「普通のサラリーマンなんですけどね」
オリーブをもぐもぐしながらワインを美味しそうに飲むミロクに、兄二人は呆れたように顔を見合わせるのだった。
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別連載のフンドシエルフもよろしくお願いしますw




