2巻発売記念SS、仮装パーティする『344』
シジュさん実家編もう少し続きますが、取り急ぎ記念SSをお納めください。
下町が色濃く残る商店街、その先に大きくはないが綺麗なビルが建っている。
守衛にチケットを見せれば、案内されるのはスタイリッシュな企業のようなオフィス。迎えてくれるのは事務員らしき女性数人だ。それぞれ魔女のようなコスチュームを身につけている。
そこに出すチケットには『シークレット仮装パーティー344』という印字がされており、そのチケットを持つ人間も何かしらの仮装をしていた。
最近テレビ出演も増えてきたオッサンアイドル『344(ミヨシ)』を皆さんご存知だろうか。
今日はなんと、彼らの所属する事務所で開かれるシークレット仮装パーティーが行われるという。
なぜシークレットなのか、それは売れっ子になりつつ彼らを守るためというのと、迂闊に一般人が入ってしまうと彼らの発するフェロモンに対する耐性がないため色々と危険だというものもある。
今回はそんなプレミアムなパーティに潜り込めた、幸運な一人の女性をクローズアップしてみたいと思う。
「はぅ……緊張する……」
駆け出しのメイク担当の私が幸運にもパーティチケットを入手できたのは、仕事で先輩が行けなくなって譲ってもらったからだ。基本的に譲渡できないらしいんだけど、先輩はわざわざ企画した如月事務所まで問い合わせてくれた。
実は彼らがデビューする前からのファンで、その前にモデルとかやってたミロク王子にずっと注目していたんだ。まさか彼が三十六歳で『オッサンアイドル』としてデビューするなんて、思ってもみなかったんだけどね……。
受付のお姉さんたちからリストバンドをもらって、更衣室になっている部屋で用意してきたエプロンドレスとウサ耳カチューシャを身に着ける。さすがに成人してからの甘々ロリロリなコスプレは辛い。先輩が貸してくれたから文句は言えないけど辛い。
「うう、恥ずかしいけどパーティーのドレスコードだから耐えなきゃ……」
参加条件はチケットを持っていることと、仮装もしくはコスプレすることだ。
恥ずかしいのを我慢しながら、ひとつ上の階にある会場へと緊張しながら歩いて行くと高身長の男性が……。
「いらっしゃい、可愛いうさぎのお嬢さん。後でこっそり僕に血を吸わせてくれるかな?」
アッシュグレーの髪はオールバック、切れ長の瞳に怪しげな光を纏わせて、まるで外国の俳優さんのような体躯は本物の吸血鬼みたいだ。黒いマントに赤と黒でシルクのような素材のベスト、白いシャツにはふわりとした白いタイ、黒のスラックスが脚のラインを綺麗にみせている。
『344』のリーダー、ヨイチさんの大人の色香がすごい! そしてその胸板の厚さもすごい!
「え……え? 血?」
「うさぎのお嬢さんの血は甘いかな? 味見させて?」
「え? えええええ!?」
きっと偽物なんだと思っても、その薄い唇から覗く白い牙と少しだけ覗かせたピンクの舌とのコントラストに、意識が……意識が朦朧としてしまう……はふん……。
「はい、そこで終了。うさっこは一時預かりだ」
すっかり魅了されている私の前に立ったのは、もふもふの赤毛な犬耳と尻尾を持つ男性。少し垂れた目をヨイチさんに向けて「めっ」とするように細めるのは、『344』ダンス担当のシジュさんだ。
くせっ毛に日に焼けた肌と無精髭……元ホストっていう経歴には頷けるチャラさはあるけど、なんていうか……人の良さが滲み出ちゃっているんだよね。親戚の甘えられるお兄さんって感じでたまらないよね。
「悪ぃな。ヨイチのオッサンすっかりノリノリになっちまって」
「ふぁ……いえいえ、大丈夫です。ちょっと意識が持っていかれかけてましたけど……さすがアイドルですね!」
「はは、楽しんでんなら良かった」
どんな仕組みになっているんだろう。耳がピコピコって動いて、もふもふ尻尾はゆらゆら揺れている。まるで大型犬みたいな感じだ。
「あの、シジュさんはオオカミ男ですか?」
「そうなんだよなー。こういうのって女の子がやった方が可愛いのに、うちの王子がこれがいいって言うからよ」
「お似合いです! ……雑誌のインタビューでも弟みたいって言ってますけど、末っ子さんには逆らえないんですね」
「だってなぁ……アイツこういうパーティーしたことねぇとか言うし。そりゃ、何でも聞いてやりたくなっちまうだろ?」
赤毛の犬耳……オオカミの耳がペタンと寝てしまった。シジュさんは困ったような表情の中にも、照れたような笑顔を見せてくるから、もう私はキュンキュンが止まらない。
ああ! だめ! 何この可愛いオッサン!
「それにしても、うさっこは可愛いな。この耳は動かねぇのか?」
「へ?」
「こっちの耳は赤いな……ん? 熱でもあんのか?」
「ふへぇぇぇ!?」
可愛いと思っていたその顔が急に近づいてきて、思わず変な声をあげてしまったところで甘い香りに包まれた。
「こら、シジュさんダメですよ。ここでは捕食禁止です」
肩を抱かれた状態のまま見上げると、その男性に思わず見惚れてしまう。
白い肌に艶めく黒髪は毛先に緩くウェーブがかかっていて、まるで王子様みたいに美しく整った顔を持つその男性は『344』メインボーカルのミロクさんだ。
一度だけ仕事でご一緒したけど、やっぱり甘い香りがするわぁ……くんかくんか……ハッ! いけない! 私ったらハシタナイことを!
「捕食って、してねーよ。耳赤くしてっから熱あるかって心配してたんだろー?」
「それは耳舐めするときの常套句ですよね! 俺知ってるんですよ?」
「んなわけあるか!!」
「痛いっ」
どこから取り出したのか、シジュさんはミロクさんの頭をスリッパですぱこーんと叩く。
「まったく、どこから覚えてくるんだそんなことを」
「子どもは日々成長するんですよ」
「誰が子どもだ!!」
「痛いっ」
再びすぱこーんとスリッパで叩かれるミロクさんが可哀想と思いつつ面白くて、私はつい笑ってしまう。
「あ、笑ってくれた。良かった……可愛いうさぎさんには可愛い笑顔が一番似合うね」
ホッとしたようなミロクさんの笑顔と甘い台詞から、放出されるフェロモンに意識を持っていかれそうになる私。ダメダメ! ここで諦めたらパーティーは終了になってしまう! そう自分に言い聞かせながら、なんとか気力を振り絞って意識を覚醒させる。
彼の衣装をよく見ると、どこかで見たようなマントとマフラーに学生服みたいなブレザー、ストライプのネクタイに黒ぶちのメガネ……もしかして有名な某魔法使い?
「ところで、なんでミロクは魔法使いなんだ?」
「何言ってるんですかシジュさん。俺は魔法使いになれる資格を持っているんですよ」
「はぁ? 資格?」
「男は三十までに経験がないと魔法使い、四十を越えると賢者になるそうです!」
「女子の前で何を言ってやがる!!」
三度目のスリッパに、彼らの会話に注目していた参加者全員の笑い声が会場内に響く。
私もすっかり楽しくなって、久し振りに大きな声で笑った。
ところで経験って何だろう?
今度、先輩に聞いてみようっと。
お読みいただき、ありがとうございます!
皆様の応援により、2巻発売しました。
都心の何店舗かにはサイン本を置いていただいてます。
これからもオッサンアイドルを、三人のオッサンをよろしくお願いいたします!!
もちだもちこ




