248、桃矢の気持ち。
遅くなりまして……
「桃矢、いきなり入ってくるなんて失礼だよ。ほら、挨拶しなさい」
「小野原桃矢です。いつも不肖の兄がお世話になっております」
そのまま静かに正座したトウヤは、一礼するとサラリとした前髪が前に垂れる。それを丁寧に横にはらうと、彼は冷たい視線でヨイチの少し後ろに並ぶミロクとフミを見て小さく笑った。
「キヨコさんから話は聞きましたが、これはまたずいぶんと枯れたアイドルですね」
「トウヤ!」
父親であるムツミが声を荒げるも、そよ風でもふいたかのように涼しい顔でやり過ごすトウヤ。思わず反論しようとしたフミはミロクに優しく腕を掴まれ、頬を膨らませて渋々座り直した。
「兄さんはこの家の長男なんです。僕じゃなく兄さんが継げばいい」
「トウヤ! やめなさい!」
「いい加減にフラフラするのはやめてください兄さん。みっともないです。小野原家の長男として相応しい場所に居るべきです」
父親に止められてもトウヤの言葉は止まらない。言われたシジュは微妙な顔で黙ったままだ。フミはさらに怒りを溜めているのか小さな拳を握りしめ、ぷるぷる小刻みに震えている。
穏やかな笑みを崩さぬまま、ヨイチはメガネの位置を直すトウヤに話しかける。
「君は、お兄さんが芸能界にいることに反対なの?」
「もちろんです。相応しくない」
「誰にとって?」
「え……」
「誰にとって相応しくないのかな?」
「それは……兄さんにとって……」
穏やかな雰囲気をまといつつ、その有無を言わさぬようなヨイチの話し方に、聞いていたフミは怒りを引っ込めて首を傾げる。
いつもの口調とは違う。怒っているのかと思えばそういうことでもないらしいと、気持ちを切り替えたフミは叔父の後ろ姿を冷静に見ることにした。隣にいるミロクもホッとしたような笑顔を見せる。
その様子にカチンときたのか、トウヤはミロクを睨む。
「アンタ、何でヘラヘラしてるんだ。遊びに付き合うほど兄さんは暇じゃない。早く帰れ」
「いい加減にしないかトウヤ! この人たちにどれだけ失礼なことをしていると思っているんだ!」
「父さんもこんな茶番に付き合うのは時間の無駄です!」
親子が声を荒げてやり取りする中で、シジュは大きなため息を吐くと一気に部屋の中が静まり返る。
「俺は家を継がねぇよ。それはもうお前が生まれる前から親父に話していたことだ。俺の意志が変わることは一生ねぇよ」
遠くを見るような目でそう言ったシジュに、トウヤは顔をしかめる。
「アイドルなんて馬鹿馬鹿しいことを……」
「ダメです! トウヤさん!」
とうとう我慢できずにフミは口を開いた。
「なぜ、大好きなお兄さんが、大切にしているものを否定するんですか!」
「だ、大好きって、そ、そんなこと僕は言ってないだろ!」
「最初からトウヤさんの言葉は全部、お兄さんに帰ってきてほしいって事ばかりじゃないですか!」
フミの放った言葉で、トウヤの色素の薄い肌がみるみるピンク色になっていく。それはもう見事に指の先まで。
「ふふ、それにトウヤ君は『344(ミヨシ)』についてかなり知ってるよね。俺に対しての敵対心みたいなのが一番だから」
「え? そうなんですか?」
クスクス笑うミロクに、フミがキョトンとして問う。
「ほら、雑誌とかの取材でよく三人の関係性みたいなこと聞かれるでしょ? その時シジュさんが俺のこと必ず『弟みたいだ』って言うから……」
「うるさい! 兄さんの弟は俺だけだ! それに、お前なんか年齢詐称してるくせに!」
「やっぱりヤキモチだよね……って、年齢詐称?」
今度はミロクがキョトンとした顔でトウヤを見る。王子の名に恥じないダダ漏れるフェロモンと無防備な彼の表情に、さすがのトウヤも直視できず目をそらしてしまう。
「お前大学生とかだろ。オッサンとして売り出したいからって無理がある」
「え? 嘘じゃないよ? 俺三十六だけど……」
「はあ!?」
そうだろうそうだろうと頷くヨイチたち。ムツミも驚いたようにミロクを見る。芸能人が年齢を偽ることはままあることだからと、あまり深く考えていなかったようだ。だがその情報が真実であるならば、ミロクの良すぎる肌ツヤが恐ろしく感じる。一体彼の肌年齢はいくつなのだろうか。
「年上……でしたか」
途端にトウヤから、先ほどの粗野な口調がなくなる。どうやら年上には丁寧な言葉遣いをしろという教育をされているらしいが、兄であるシジュにその教育はされていなかったのだろうか。
「さっきまでの話し方でいいのに。同じ弟ポジションなんだからさ」
「うるさい! ポジションとかじゃなく僕は兄さんの弟だ!」
「俺はそういうの面倒で全部放棄してたけど、こう見えてトウヤは素直な良い子だからなぁ」
「やめてください兄さん! もう子供じゃないんですから!」
シジュはため息を吐きながらワシワシと弟の頭を撫でる。文句を言いながらも頬を染めて口元が緩んでいるのだから、十八歳とはいえまだまだ甘えたい盛りなのかもしれない。
「フミ、彼もKIRA君と同種なのかな? ツンデレ?」
「そうですね……もしかしたらこれがマキの言っていた『クーデレ』の方では?」
「なるほど。それはまた素晴らしいね」
「本当にうちの息子たちがご迷惑を……」
「いやなに、あそこまで全身でお兄ちゃん大好きって言われたら、こちらも怒れないですよ」
眉を八の字にして謝るムツミにヨイチは楽しげに笑って返し、横にいるフミもコクコクと頷いて同意する。ミロクとシジュとトウヤがワチャワチャ騒ぐのを眺め、ムツミはホッとしたような顔をした。
「それにしても、楽しそうで何よりです」
「はい。久し振りに息子たちの笑顔を見ました……私もトウヤの思いを知っていたのに、シジュと会おうとしなかったのは良くなかったと思います。」
「トウヤ君の思い?」
「ええ、思春期の息子のベッドとマットの間に挟まれたもの……ウキウキと取り出すとそれが男性向けのファッション雑誌で、表紙がシジュだった時はなんともいえない気持ちになりましたけどね。それほど強く兄を思っていたというのは感じましたが……」
「父さん!? な、なぜ人の部屋を勝手に!?」
「おいトウヤ、俺の出てる雑誌をエロ本扱いすんなよ」
「違います! あくまでもファッションの! 勉強で!」
ワイワイ騒ぐトウヤとシジュを見て、ミロクはいつになく温かい気持ちになるのだった。
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